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魔王城からは逃げられない  作者: 野良灰
1章 生まれからは逃げられない
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魔王印の品評会

「それでは魔王様……開催にあたっての挨拶をお願い致します」


 秘書のヒナに促されて俺はゆっくりと壇上に上った。


「皆のもの、よく集まってくれた! そして、急な開催にあったにも関わらず出店してくれた者達に感謝する!」


 普段から市場で店を構えている大きな所から、たまに露店を出しているだけの者等、規模として大小様々な店がおおよそ百店程が参加してくれている。

  おかげで集団演習場としても使える大型区画に、所狭しと店が並んでいる光景が壮観だ。


「会場内は主に扱っている商品ごとに分けてある。また、複合的に扱う大型店や品揃えが豊富な店は別に集めてあるので見てまわる際の参考にしてもらいたい」

 

 参加費は無料だが、別料金で広いスペースを提供する事もできるようにした。

 すると市場で大きな店程、宣伝と自分の店の力のアピールのためにこちらの制度を使ってくれた。

 

 中小規模の店の客をなるべくとってしまわないように、会場の一角にこの制度を使った大型店だけを集めるように配置してある。


「今回のイベントで皆が良き品に巡り合う事ができる事を願っている。それでは皆楽しんでいってくれ!」


 手短に挨拶をして俺は壇上を下りた。ヒナがその後投票についてや諸注意を読み上げているが、俺はこの後の準備のために控え室へ向かった。



――――――


  

「こんな……ところか……うむ、大丈夫そうだな」


 鏡の前で自分の姿を念入りに確認する。今の俺は金属製の体全体を覆う鎧を身に纏っていた。


「それで変装のおつもりですか?」


 戻ってきたヒナが開口一番、渾身の変装準備に厳しい一言を投げかけてくる。


「服装として俺は普段鎧なんてつけてないから印象は変わるだろうし、顔の部分は幻覚で犬型の獣人に変えるから大丈夫大丈夫」 


「幻覚を見破る魔法だってあるのですから……念の為こちらもお付けください」


 ヒナは用意した小道具入れから二つの変装道具を取り出して、有無を言わさず俺に装着させる。


「幻覚の下に身につけておけば、仮に見破られた場合でも正体を知られる可能性を少しは下げられるでしょうから」


「それはわかるが……なぜこの組み合わせなんだ?」


 ヒナが選んだのは目元を隠す仮面と……立派な逆への字型の口髭だった。

 仮面はわかるよ……しかし何故にこの髭……

 髭を触りながら「ふぉっふぉっふぉっ」とか言うと似合いそうなやつだ。


「魔王様は普段髭なんてありませんから印象変わりますよ」

 

 どことなくヒナが楽しんでるような表情をしている。


「もしかして……こういう髭が好きなのか?」


「…………内緒です」


 冗談ぽく聞いてみたら意味深な答えが返ってきたよ。意外な趣味だ……。


「楽しまれるのも良いですが、目立つ行動はお止めくださいね。それでは私は見回りの指示を出してきますので」


「ふぉっふぉっふぉっ……宜しく頼むよ」


 髭を触りながら言ってみた。ヒナからの視線がうっとりしたような熱っぽいものだった気がするが……気のせいだなきっと。うん。



――――――



「さぁさぁ見ていってよー! どれも一級品の剣ばかり、持てばあんたも一流の戦士の仲間入りだ!」


「そこのあんた、横の彼女にこのネックレスはどうだい?良く似合うと思うよー」


「竜人兵団ご用達の槍はいかが? 鎧でも盾でも一突きだよー」


「本日限りで全商品割引やってまーす。この機会に是非お試しくださーい」


「敵でも野菜でも何でも切れる包丁はいかが~?」


「お客さん寄ってって~、見ていかなきゃ損だよっ」



 会場を周るとそこかしらで賑やかだった。

 真剣な顔で剣を選ぶ者や、装飾品を楽しそうに選ぶ恋人同士。謳い文句通りなのか試させろと言って店員を困らせてる者等々。

 普段の市場の喧騒とは違う、祭りに近い賑やかさに溢れていた。

 

 しかし周囲の賑やかさとは切り離されたようにひっそりと埋もれている店もある。

 ネーファが出している店だった。

 

「調子はどうだ?」


「……え? あ……いらっしゃいませ……」


 彼女は消え入りそうな声で返事をした。

  

「俺だ俺……ほら、一瞬だけ幻覚を解くからよく見ろよ~」


「……おひげの……ま……おう様?」


 幻覚とついでに仮面を一瞬だけ外して見せたらすぐ気づいた。

 

「苦戦しているようだな。いくつぐらい売れたんだ?」


「えっと……まだ一個も……お客さんがきてくれても、わたしどうしたらいいかわからなくて……」


 予想通りだな。声を出して呼び込む事もできず、並べている商品を見てくれる人がいても多分黙ったままなんだろうな。

 こういう場が苦手なのがわかってて参加を強制させた張本人は俺なわけだけど。

 このまま何もできず、一個も売れないまま終わると俺の意図とは違ってしまう。


「よし、俺も手伝おう! まだまだ時間はある。ここから反撃開始だ!」


 そう、そのために変装までして来たんだしな。


「え、そんな……そこまでしてもらうわけにはいき――」


「却下!」


「ふぇぇぇ……」


 遠慮しようとするネーファの返事をばっさりと却下し、何から取り掛かろうか考えていると聞いた事のある声がしてきた。


「ふん! 本当に参加していたとは……」


「おじ様……」


 やはりナーヴの声か。わざわざ姪が心配で来た……って事は確実に無いな。

 にしても嫌味を言うために来たとしたら、かなり暇なんだな。ご愁傷様。


「いらっしゃいませ。ネーファさんのお知り合いの方ですか?」


 とりあえず初対面を装う。変装してるし、こいつにだったらバレないだろう。


「店員を雇う金があったとは驚きだ。まぁこの店に似合いの間抜け面だな」


「生まれつきこういう顔なもので……。さてどのようなご用件で?」


「ドヴェルグの半端者が、恥ずかしげもなく店を出していると聞いてな。まさかここまで恥知らずだったとは」


「申し訳ありませんが雇い主を侮辱する行為はやめてもらえますか――」


 ナーヴを思い切り睨んでやった。思い切りやったら気絶してしまうだろうし、周りにもばれてしまうからかなり力を抑えて……だけどな。


「し、しつけのなってない店員だ……」

 

 腰が引けてるぞ。後ずさりしながら、強がった台詞を言う姿が笑いを誘った。


「大体、魔王様も案外見る目が無い。このような大掛かりなイベントをせずとも、我等ドヴェルグの商品は全て一級品である事はわかりきっている」


「そろそろ自分の店に戻られたらどうですか? はっきりいって商売の邪魔です」


「店はお前のような間抜けな店員とは違う、優秀な店員を雇っているから問題ない。しかし……商売と言っても誰も客などいないじゃないか――」


「いいからとっとと失せろ! 頭ごと噛み砕くぞ!」


 周囲の空気が冷たくなった。あぁ……やり過ぎたか?


「ふ、ふん! どうせ放っておいても半端者が作った物等一つとして売れる事はないだろうよ」


 小物らしい捨て台詞を吐いて逃げるようにナーヴは去っていった。

 次来たら本気で頭を砕いてやろうか、とか考えていると。


「揉め事が起きているというのはこちらですか?」


 またまた聞いた事がある声が、と思ったら……。

 騒ぎを聞きつけて秘書様がご来店となりました。

ヒゲはカイゼル髭が大好きです

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