プロローグ
初投稿作品で、練習作品になっています。生温かく見守って頂ければ幸いです。
俺は一体何をしているんだろう……
机の上に所狭しと積み重ねられた書類の山にうんざりとしていた。
正面の扉をぼんやりと眺めながら【魔王】の仕事とは何だったかと考える。
【魔王】
魔族と呼ばれる俺達の中で、昔から力ある者に与えられる呼称。
だから一人でもなく、王といっても必ずしも国を治めているという訳ではない。
そういう【魔王】もいるとは聞くが、俺は拠点を持ち多数の部下がいる程度だ。
始まりは生まれた村を襲った強盗団を仲間と返り討ちにした事だった。
そこから数々の戦いを経て、いつしか俺は【魔王】と呼ばれるようになった。
戦いの中、戦利品として手に入れた最大の物が……俺が今住んでいるこの場所。
【魔王城】
地下に広がる大規模なダンジョンになっている。
無数の階層構造で、防衛に関する設備や施設だけでなく居住施設、訓練施設、農業区画、商業区画、医療施設、娯楽施設等々自給自足に必要な施設は揃っている。
元々はただの大きなダンジョンで、防衛には適していても住みやすいとは言えない場所であった。そこで部下達が
「種族ごとに住居を分けるのと、適した環境にして下さい」
「防衛強化のためにトラップを増設致します」
「集団訓練ができるように区画を広げてもよろしいでしょうか?」
「場所借りて食物を育てたいんだな。お願いするんだな」
「商売を始めるので許可ください!」
「殺風景なので弄ります」
等々、文字通り建設的? な意見を次々と出してくれたのだ。
部下の自主性を重んじる俺としては片っ端から許可を出していった。
決して面倒だったわけじゃない!
その結果【魔王城】は、元がわからないぐらいに拡張され変化していった。
この流れは今も続いていて、目の前の書類の山にも様々な申請書は多い。
ここで俺は考えるのをやめた。
「えっと、次はこっちの書類だな……」
眺めていても終わらない、と思いなおして手近な書類を手にとった。
『第611区画において床の補修作業終了。転移魔法陣の制限を本日付で解除。全作業完了と致します』
確かオーガ同士の喧嘩が原因で床の一部が凹んだ所だったか、と少し前の作業申請書の内容を思い出しながら、確認のハンコを押した。
「しかし、611区画ってどこだ?」
拡張工事の繰り返しで、魔王城は元の構造から横にも縦にも広がった。
区画が細分化され、各所への行き来には【転移魔法陣】を使わないと目的地に辿り着けない事すらある。
魔王城における転移魔法陣とは、特定の魔法陣同士を繋ぐ移動手段の事だ。
仮にA⇔B⇔Cと3箇所があったとする。
AからCに行きたい場合、Cに直接は行けない。
面倒でも、A、B、Cと魔法陣を乗り継ぐ事になる。
一つの区画に複数の魔法陣が設置されている場所もある。
例外として一部の上級役職者は、目的の場所へ直接繋がる臨時魔法陣を作る事ができるアイテムを持っている。
俺自身はそんな便利なアイテムを持っていないが……魔王なのに……。
「必要であるというのでしたら、魔王様の業務上必要な理由をこちらの申請書に記入して提出して下さい」
何回も申請書を出し、俺の秘書様に全てが却下された苦い記憶が蘇る。
思い出して折れかけた心を立て直しながら、次の書類に目を通す事にした。
『オレ達の給金あげてクレ -ゴブリン一同-』
「上げる理由が無いのに上げたら……財務担当に怒られるのは俺なんだよ……」
魔王城における予算は、相次ぐ拡張工事で決して豊かではない。
部下達からの献上品や商売の利益によって賄われており、収益が大きく改善されるか、他を納得させられる程の成果でもないとこういった要望には応えられない。
悪く思うなと呟きながら書類に『却下』とサインする。
『食堂のメニューに変化が無くて飽きてきました。メニューの増加を検討して頂けませんか?』
「あぁ……確かに三ヶ月ぐらいのローテーションだものなぁ」
魔王城内には共用の食堂があり、格安で日替わりメニューを提供している。
ただ、予算の関係もあって充実しているとは決して言えない。
実際他の飲食店も多数あり、食堂が嫌ならそちらで空腹を満たすのも可能だ。
俺自身もたまに隠れて食堂以外へ食べに行くしな。
『要検討』とサインして引継ぎの箱に放り込む。
『ラミアの子を好きになったのですが、どう声をかけたらいいのでしょうか?』
「いつからここは恋愛相談所になったんだ……」
これも魔王としての仕事なのか?
頭を抱えながら『保留』と書かれた箱に放り込んだ。
実際の所、魔王の仕事とは、こういった報告や申請を確認し処理していく事だ。
戦っていれば良かった日々が遠い昔のように思えた。
勝敗が紙一重の戦いや生死の境を彷徨った事、罠を仕掛けてきた相手を罠ごと食い破った事、戦いの後に仲間や部下達と夜通し酒盛りをした事、圧倒的多数を相手にぶつかっていった事……今思い返しても充実していた。
俺はあの頃に戻れないのだろうか?
「もう嫌だ! こんな仕事漬けじゃなくて、あの充実した日々に戻る!!」
毎日書類としか戦わない日々に決別すべく俺は立ち上がる。
この日が、自由を求めて戦う日々の始まりになった。