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蜃気楼の見える街

 照りつける太陽が容赦なく焼き上げたアスファルトを歩いている少年がいる。少年の向かう先に伸びる熱せられた道にはあるはずのない水たまりが見えていた。


 ピーーヒョロロロー


 鳥が鳴いていた。少年は額の汗を拭いながら空を見上げると、澄み渡った空にトンビが優雅に弧を描いていた。


「すっかり夏だな、しかしこれを印刷所に入稿するまでは僕に夏は来ない」


 なんとなくカッコイイ風のセリフをつぶやいたが目の下にしっかりクマをつけてやつれた顔をしていてはまったく格好がつかない。少年はしょぼしょぼした目をこすりながらかばんに入ったUSBメモリを確認した。同人作家の夏の祭典に向けた原稿を印刷所に入稿しにいくところだ。オンライン入稿も可能なのだが寝ぼけながら操作してミスをしてもつまらないため、印刷所が歩いていける距離にあることを幸いに直接出向いているのだ。やはり対面での対応はいろいろと助かる。


 みーみー


 公園の前を歩いているところで可愛い鳴き声が聞こえた。少年が公園の植木のあたりを見回すと子猫が1匹で泣いていた。親とはぐれてお腹をすかせているようだ。少年はかばんとは別に手に下げていたコンビニ袋からパンと白黒のクマのぬいぐるみを取り出して子猫の側に置いた。


「今はこれくらいしかないから勘弁してな。食べられそうなら食べて遊んでよ。ありがた迷惑かもしれないけど、さっきコンビニに寄って良かったよ」


 そう言って、少年は立ち上がった。徹夜で作業をしていて何も食べてなかったのと家を出た瞬間の暑さにやられ自宅から数mのコンビニでパンと最近流行りのアニメのクジが新入荷で挑戦しないことが許されず、クジを引いてぬいぐるみをゲットしていた。どうやらそれが功を奏したらしい。

 公園を立ち去った少年は特にトラブルに巻き込まれることもなく印刷所に到着し原稿を入稿した。USBメモリの中が空っぽだったということもなかったようだ。「お願いします」と告げて印刷所から出てくる少年は実に清々しい声だったが、表情も動きもいつ倒れて寝てしまってもおかしくないくらいにヨレヨレだった。

 ふらふらしつつも無事に夏が来た少年は帰宅の途中で先ほどの子猫のことを思い出し公園をのぞいてみた。すると今度は小さな女の子が泣いていた。

 少年が近づき女の子の前にしゃがんでからゆっくりと「どうしたの?」と問いかけた。しばらくして落ち着いたようで女の子が応えた。


「あのね……、あそんでたおにんぎょうさんと、ぱんがなくなったの……」


 よくよく聞いてみるとおままごとをしていて少し目を話した隙に人形とパンがなくなってしまったそうだ。


「よし、お兄ちゃんと一緒に探そうか」


 少年は今にも眠ってしまいそうだったが女の子が困っているとあってはほっとけない。不安そうにしている女の子の手を握り立ち上がった。

 周りを見回した。やはり、パッと見える範囲には無いようだ。女の子の手を引いて少し公園の植木の側をのぞきながら歩いていた。少し進むと木々が途切れ海が見渡せる場所にでた。

 そこから見渡す海には街が浮かんでいた。冬だと比較的簡単に見られるが真夏には珍しい。蜃気楼との意外な遭遇に少年は見とれていた。女の子とつなぐ手に力が入れられ少年は探しものをしていることを思い出した。女の子を見るとどうやら一緒に蜃気楼に見とれていたらしい。海に浮かぶ街に興奮したのか手に力が入ったようだ。


「もしかして、お人形さんはお弁当もって不思議なあの街にお出かけしちゃったのかな?」

「うん、そうかもしれない」


 ものすごくその場しのぎのことをしてしまったなと少年はバツの悪い顔をしたが女の子はどこか納得したような表情だった。女の子は少年の手を放しじっと海上にゆれる街を見ていた。その姿に少年は母親に言われたことを思い出していた。蜃気楼を見せるとすごい喜ぶ子供だったと、泣いていても直ぐに泣き止んだと。あの不思議な街は子供を惹きつける何かがあるのだろうか? そんな変な子供は自分くらいだと思っていた少年は少し嬉しくなった。


 にゃー


 少年が顔をほころばせていると茂みから突然猫が現れた。猫はさっと少年の横を通り過ぎて後ろへ回り込んだ。追いかけるように振り返るとそこには猫の親子がおり2匹が一声ずつ鳴いて去っていった。その場には少年一人が残された。

 少年は目をこすり周りを見回したが少年以外は誰もいなかった。神秘的な街は海上をただよい遥か彼方へ消え去っていくところだった。


「もしかして、お母さんが迎えに来たのかな」


 世の中には不思議なことがあるものだと少年は伸びをするように空を見上げた。澄み切った空には誘拐犯らしきものが優雅に弧を描いていた。確証はないが間違いないだろうと少年は考えていた。


「コンビの誘惑に負けて買ったものも時には役に立つってことなのかな。これからも無事でいてくれると良いけど」


 現実はそれほど優しくはなく次も大丈夫な保証はない。しかし、今日の出会いに感じるものがあったのか少年は何やら嬉しそうな顔をしていた。


「もしかしたらこれは噂に聞く伝説の恩返しってやつをしてもらえたりするのかな? それじゃあ猫の恩返しってことでネタを頂いて……女の子がさらわれた人形を探して蜃気楼の街に冒険をするってお話を今度は描いてみよう」


 真夏に起きた一瞬の軌跡をものともしない少年の妄想力もとい創作意欲だった。


お題に「鳥」「蜃気楼」「伝説の恩返し」ジャンル「ミステリ」で書いた三題噺的なものです。

小説関係で言うミステリだと推理ものっぽいですがちょっと無理目だったので不思議系でお茶を濁した感じになってしまったので登録ジャンルはファンタジーにしました。一応不思議系なら言葉的な意味ではミステリのはず……。

お付き合いありがとうございました。


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