第二章(2)
三つの大牧場に囲まれたザックたちの住む街【ロウェルス・バール】を説明するには、欠かすことのできない3つの要素がある。
ひとつ、この街には一年間にロデオ祭・ハロウィン祭・収穫祭という3大祭りがある。
ひとつ、この街にはヴァ―スファミリー・オロネーロファミリー・メルインファミリーという3つのギャングファミリーがある。
ひとつ、この街には西部を、いや大陸を代表する3人の超天才発明家がいる。
特に、発明家たちの功績には素晴らしいものがあった。
数年前までは北方の鉱山と牧場で支えられた中規模な街であったロウェウス・バールは、3人の発明家の一人が牧馬に変わる新しい動力、蒸気機関を発明したことで、一気にその賑わいを増していた。
西部でも辺境の地であったロウェルス・バールと大都市との間に蒸気機関車が走り、交易は一気に拡大。交易が拡大すれば、おのずと人も増える。街を十字に区切る大通りは、今日も涎が止まらない匂いを放つ食べ物や、あやしげなアクセサリーを並べる露店やらがひしめき合っている。少し前までは白人以外は珍しかったが、今では異国人が歩いている光景も見慣れたものだ。
時刻は午後3時過ぎ。露店のにぎわいは最高潮。絶え間ない売り手の客引きに、ケンカ寸前の値段交渉。往来は今日もすこぶる賑やか。そこかしこで、はぐれた友人を呼ぶ声が響いている。
だから、こんな人と面白い物の溢れた大通りで、好奇心の塊のようなビィービを見失ったのは、きっと仕方ないことなのだ。
「テニファー、ビィービそっちにいたか?」
「いない。んもう、どこ行ったのよビィービ」
腕に落ちてきたオーバーオールの肩ひもを直しながら、テニファーが「もう嫌だ」と言わんばかりに顔を顰める。汗が滴る顎を顕わにして空を仰ぐと、自慢の茜色の髪がエリファーの背中で大きく揺れた。
顎に滴る汗を袖で拭うザックも、まったくもって同じ心境だ。今日は快晴。町の大通りは炎天下。少し走り回ればすぐに汗だくになるし、朝飯・昼飯もあまり食べていないザックにしたら、正直この場でぶっ倒れたいぐらいだ。
だからというわけじゃないが、ついついザックの愚痴が漏れた。
「やっぱり、ちゃんと手を繋いどけばよかったな……」
「何? 私が悪いっているの!?」
ヤバい、とザックは後悔したがもう遅い。
さっきまでの疲れはどこへやら。
エリファーは弓なりに逸らした身体を勢いよく戻すと、人目も憚らず大声でザックを怒鳴りつけた。
「確かに、手を離したのは悪かったけど。しょうがないじゃない。ビィービ、あんなちっちゃいのに凄い力で握ってくるんだから。見てよ、ほら。赤くなってるじゃない」
ザックの目の前に、エリファーが手を突き出す。牧場仕事で豆だらけになった手から伸びる細い指には、人差し指と中指に圧迫されたような赤痣が残っていた。イタそうな痣だ。いや、実際痛かった。鏡映しの痣が左手にも残っているので、ザックにもよくわかる。
ザックとテニファーが、手を繋ぐ代わりにビィービに自分たちの指を握らせていた結果がこれだ。
ザックも誤解していた。そして、甘く見ていた。ビィービはドラゴンの子供だ。手を握るというそんな簡単な力加減から教えてやらなければ、手を繋ぐだけで怪我人が続出する。ザックも危うく、指の骨を折られるところだった。
目の前に突き出された手の平をやんわりとよけながら、なるべくテニファーを刺激しないようにザックは顔を苦い顔を浮かべて答えた。
「別に、誰が悪いなんて言ってないだろ。ただ、手を繋がないにしても、他になんか方法を考えときゃよかったな、って思ってよ」
「うわっ! ビィービの首にロープを括りつけるって言うの? サイッテー。人でなし。見損なったわ。仲間の首にロープ? カウボーイの風上にも置けないわね」
「誰がそこまで言ったか!? てか、ビィービの首にロープなんてつけたら、冗談抜きで保安官に捕まるぞ」
「幼女虐待でね。即絞首刑決定。おめでとうございま~す」
エリファーが三つ編みにした茜色の髪を首に回し、おどけるように舌を出す。
いやいや。冗談にしても、笑えない。
まぁ、そうやってふざけられる分には、機嫌が直ったのだろうが。
それにしても……
「ほんと、お前って。もったいない性格してるよな?」
「え? なんで? どういう意味?」
心底不思議そうに、エリファーが首の三つ編みを解きながら、首を傾げる。その拍子に、軽く整えられた前髪がさらりと流れ、エリファーの大きな双眸にかかった。
「いや、お前はそれでいい。それでいいんだ」
エリファー……というより自分に言い聞かせるように呟きながら、ザックが心の中で大きく嘆息する。
正直に言えば、エリファーはかなり可愛い。表裏の無い性格も、ザックにしてみれば付き合いやすい上、肩肘を張る必要もない。ザックの牧場仲間のカウボーイで、エリファーに告白した奴は、実はけっこういたりする。告白する気持ちもわかる。
が、この性格だ。その上、エリファーは仕事第一。恋愛なんて二の次だと、告白者を全て返り討ちにしたのは有名な話だ。ザックは告白したわけじゃないが、大体展開は読める。それに、エリファーは仕事上で組むことの多いザックの相棒だ。ザックも生活が掛かっている。恋愛感情で突っ走り、その上玉砕。さらに、いや、エリファーにかぎってないと思うが、仕事にまで余波が出てくるのはどうしても避けたい。
まあ、今の心地よい関係を崩したくないというのが、本当の理由なのだろうが。
「変なザック」
興味を失くしたように肩を竦めたエリファーが、疲れを吹き飛ばすように大きく背伸びをして、背筋を伸ばす。
ザックも腰の後ろを手で押しながら背筋を伸ばし、大きく息を吐きながら、完全に目的から脱線していた思考を切り替えた。
「さて、どうっやってビィービを探す? なんか、いい手は……」
と、ザックが西側の通りに目を向けた、まさにその時。
食材を扱う露天商が軒を連ねる通りから、一条の雷が天に向かって駆け昇っていた。
「見たか?」
「見た……」
「だよな」
「他にないでしょ」
お互いに確認しながら、ゆっくりとザックとエリファーが顔を見合わせる。
「いたな」
「うん」
全てを諦めたように見詰めあったザックたちは、次の瞬間、弾かれたかのように雷が駆け昇っていた咆哮へ駆け出した。
「ああぁぁぁ~んもっ! 人前で雷禁止って約束したばっかりなのに!」
「満面の笑みで『たぶんわかった?』って言った時点で、俺はかなり不安だったけどな」
「ちゃんと指きりげんまんもしたわよ!」
「お前と指きりしてすぐ、俺に小声で『これ、何のおまじない?』って聞いてたぞ」
「一緒にいる間、ずっと『雷はダメ、雷はダメ、雷はダメ』って囁いてたのに」
「ああ、なにぶつぶつ言ってるのかと思ったら、そんなこと言ってたのか。俺はてっきり、暑さで頭がおかしくなったのかと思ったぞ。ちなみに、ビィービは少し怖がっていた」
「じゃあ、どうすればよかったのよ!?」
「それはビィービに聞いてくれ」
丁寧にザックが答えてやると、エリファーは沸騰したヤカンの如く顔を真っ赤にして加速した。道行く人が、暴れ馬のように突っ走ってくるエリファーに気づいて、慌てて道を開けてゆく。もちろん、ザックはエリファーのお陰で走りやすくなった道を、少し距離を置いて、他人のふりをしながら馬の尾っぽのように揺れる茜色の三つ編みを追いかけた。
ビィービはすぐに見つかった。あんな容姿の子供が一人でいれば、いやでも目立つ。
ただ、まさかようやく見つけたビィービが道端で苦しそうに倒れているとは、ザックも、もちろんエリファーも完全に予想外だった。
「え……?」
地面に広がる黄金の髪。散らばった果物。苦しそうな少女の顔。すぐ近くの露天商では、若い青年が腰を抜かして怯えていた。
目に飛び込んできた光景に、ザックの思考が停止する。
「ビィ、ビィービ……。ビィービ!」
胸が締め付けられるような悲鳴を上げたエリファーが、野次馬を掻き分けビィービへと駆け寄った。ビィービの小さな肩を掴み、激しく揺さぶりながら「ビィービ、ビィービ!」と声を掛ける。ガクガクとビィービの小さな頭が危険なほど大きく揺れたが、目立った反応は返ってこない。
「ちょっと、冗談はやめてよ! ビィービ! ビィービ!」
涙目になりながら、テニファーがビィービの名前を連呼する。
「おい、マジかよ!?」
ようやく我を取り戻したザックも、テニファーに続きビィービに駆け寄ろうとする。だが、その途中で目に飛び込んできたものに、ザックの動きはピタリと停止した。
箱詰め込んだ果物を売る露天商。その店先で腰を抜かす青年が握っていたのは、ザックがビィービに渡しておいた薄レモンの小さな麻袋。ザックが財布代わりにビィービにあげたものだ。中身は、ザックがエリーナから受け取っていた餞別。もちろん全部渡すのは危ないので、4分の1だけ渡していたが、今はそんなことどうでもいい。
重要なのは、その麻袋がビィービではなく、この幸薄そうな青年が握っていることだ。
「てめぇ!」
「ひぃっ」
ザックの恫喝を浴びた青年が情けない悲鳴を上げ、顔を引き攣らせる。何とか必死にザックから離れようとするが、腰が抜けた上に力が入らないのか、地面を押す手の平は虚しく滑るばかりだ。
「た、助けて」
青年が両手で頭を抱えて懇願する。
しかし、ザックは止まらない。止まるはずがない。
ザックはその青年の襟首を掴むと、有無を言わさず無理やり青年を立たせ、鬼の形相で問いただした。
「おい、こら、てめぇ。うちのビィービに何しやがった!?」
「ぼ、僕は何もしてません」
「嘘つけ。じゃあ、なんでてめぇがビィービの金を持ってんだ。無理やり取ったんじゃないのか?」
「ちがう、ちがう。これは、代金で。果物の。その子が買った」
酸欠の魚のように口をぱくぱくさせながら、青年が必死にザックに何かを訴える。だが、どうにも要領を得ない説明で、まったく意味不明だ。
青年の態度に、ザックがいよいよ眉を吊り上げた、その時
「うっ、ん……」
「ビィービ、ビィービっ! ザック、ビィービが」
ビィービを見守っていたテニファーが、慌てた様子でザックを呼んだ。
「起きたか!?」
ザックが慌てて振り返ると、テニファーに抱かれたビィービが、何かに耐えるように身体を丸めていた。まるで赤ん坊のように膝を抱いたビィービは、顔を顰めていて、一目で苦しんでいるのがわかる。
「どうした、ビィービ!?」
ザックが青年から手を離し、ビィービに向けて駆け寄ろうとした、その時。
「うっ……んにぃ~~~~~~~~っ!」
バイオリンの弦を無理やり弓で引いたような甲高い声で、ビィービが唸った。目をぎゅっと瞑り、テニファーのオーバーオールを皺になるほど握りしめ、ビィービが何かに耐えているのか必死の唸り声を上げる。
唸り声は徐々に細くなり、ついに聞こえなくなった。あたりに静寂が立ち込める。
誰もが固唾を飲む中、それは突然目覚めた。
何の前触れもなくビィービが目をカッと見開き、テニファーから飛び退く。そして、膝を抱いていた手を天に向けて突き上げ、
「すっぱあああああぁぁぁぁぁいいいいいいいい!」
天にまで届きそうな声で叫んだ。
「はぁ? す、すっぱ……い?」
ビィービの奇声に、ザックが首を傾げる。ビィービのすぐ脇にいたテニファーはお尻を地面に落とし、完全に呆気にとられていた。
「あ、ザック! テニファー!」
二人に気が付いたビィービが、嬉しそうな声を上げる。どうやら、今ようやくザックとテニファーがいることに気が付いたらしい。
ビィービは満面の笑みを浮かべると、傍らにいたテニファーに、手に持っていたものを突き出した。
「テニファー。これこれ! すっごく酸っぱいんだよ。 すっごいんだよ! こんなの初めてビィービ食べたの! びっくりして雷出ちゃった! ビィービが悪いんじゃないよ。これがすっごく酸っぱいのが悪いの。でも、おいしいんだよ。テニファーも食べて食べて」
目をキラキラさせながら、ビィービが手に持っていたものをテニファーの口の中に突っ込んだ。思考が停止しているテニファーの口に、ビィービの突き出したものが抵抗もなく突き刺さる。
次の瞬間、テニファーの身体がぶるっと震え、続けて電撃でも駆け巡ったかのように飛び上がった。
「ふっふぇあ~~~~い!」
「でしょ、でしょ、でしょ」
思った通りの反応で嬉しいのか、ビィービが両手を振り上げながら飛び跳ねる。一方、テニファーは涙目になりながら、口を塞いでいたソレを引っ張り出した。
ソレは、外皮に付いた水滴から瑞々しさが容易に想像できる、今がちょうど食べごろのレモンだった。
「すごいでしょ。ねぇ、すごいでしょ!」
テニファーのオーバーオールを引っ掴みながら、ビィービが同意を求める。
その金色の髪が綺麗に生え揃った小さな頭を、涙目になったテニファーは問答無用で引っ掴んだ。
「ビィ~ビ~! 何すんのよ! 酸っぱいでしょ!」
「でしょでしょ! すっぱいでしょ!」
「だから、酸っぱいって言ってんの!」
「すごいよね! すごいよね! ねぇねぇ、テニファーも雷出そう? 出そう?」
「出ないわよ! 出るのは涙だけ! あ~んもう、酸っぱかった~」
目じりに浮かんだ涙を拭いながら、テニファーが今度は逃がさないようにテニファーの手をがっちりと掴む。ビィービに自分の手を握らせると折られかねないが、これなら大丈夫だろう。
というより、初めからこうしておけばよかったのだ。ザックは心底後悔した。もっと早く気づいていれば、こんなメンドクサイことにもならなかったのに。
「店の兄さん、完全に俺の勘違いだ。わるかった。立てるか?」
ザックは心底申し訳なさそうに露天商の青年に頭を下げると、未だ尻餅を付いたままの青年を引っ張り起した。
「本当にすまないことしたな。それで、ビィービが買ったのはあのレモンだけか?」
「え、あ、いや。あと、リンゴ3つと、バナナ3房と、洋ナシ6個を……」
――どんだけ食ってんだよ!
指折り数える青年に、ザックが顔を手で覆う。完全に、ザックがビィービに渡していたお金を超えていた。
「悪いな、兄さんちょっとその財布貸してくれ」
「あ、はい。どうぞ」
おずおずと渡された袋を受け取り、ザックが袋の中身を手の平に落とす。零れ出てきた硬貨の枚数を確認したザックは、次に自分の財布を取り出し、一番大きな紙幣を三枚ほど追加して青年に手渡した。
明らかにビィービが食べた果物よりも大きい金額を手渡され困惑する青年に、ザックは一番手近にあったリンゴが詰まった木箱と、その隣にあったレモンの詰まった木箱を順に叩いた。
「これをココの住所に届けてくれ。――迷惑代と……」
苦笑いを浮かべながら、ザックがさらさらと牧場の住所を手持ちのメモに書き込む。
ただし、ザックはメモの最後に一文だけ追加した。
“know nothing(何も知らない)”
メモを渡されて困惑する青年に、ザックが微笑を浮かべながら真剣な顔で呟く。
「お兄さんは何も見てない、ってことで頼むわ」
ザックが何を言いたいか、青年も理解したんだろう。青年は両手で口を塞ぐと、慌てて首を縦に振った。
ドラゴンの部位は高値で売れる。ビィービがドラゴンであることに気付くことはないと思うが、雷を吐く少女なんて、それこそ見世物屋に売ればいい金になるだろう。危ない火種は決しておくに越したことはない。
必要経費は高くついたが、それはまた後でエリーナに徴収するとしよう。……認めてくれるかどうかは望み薄だが。
ともかく、これで一番近くでビィービを見ていた店の主は懐柔した。
問題は、今ここに集まったギャラリーをどうするかだ。
ビィービとテニファーが馬鹿騒ぎをしたおかげで、ギャラリーはさらに増えていた。さらに、ギャラリーの中にはビィービの雷を見てきた奴もいるだろう。このまま逃げるのは、あまり面白くない。
なにか、他に目を向けさせたい。
そんなザックの願いは、思わぬ形で実現した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいぃぃぃやっほぉぉおおお~!」
ビィービ以上の奇声が響き渡り、ギャラリーが戦慄する。声の方角にいたギャラリーは、われ先にと道を開けるように通りの左右へと散って行った。その判断は正しい、ザックもできればそうしたかった。
なんだかよくわからない木馬に乗って登場した男が、ザックの知り合いでなかったのなら。
「よおぉう、ザックじゃないかあぁぁ!」
細身でインテリの雰囲気満載のくせに、妙にハイテンションで無駄に声の大きな男に、ザックが顔を顰める。
淵なしのメガネに、ぼさぼさでだらしなく伸ばした髪。どこか子供のように憎めない顔立ちに、耳には翡翠色のピアス。医者が着るような白衣を身に纏い、車輪と木材で出来た不細工な木馬で登場したのは、ロウェルス・バールが世界に誇る天才科学者の一人であり、ロウェルス・バールのトラベルメーカー、マルス・レーンその人だ。
ビィービと同じ、いやそれ以上に好奇心に双眸を爛と輝かせながら、ビズマルスは勢いよく木馬から飛び降り……いや、落馬した。
「ふむ、やはり乗り心地に問題ありだな」
冷静に分析しながら、マルスがゆっくりと立ち上がる。
マルスは、まるで獲物を求める鷹のように周囲を入念に見渡した。彼が視線を向けるたび、ギャラリーが大きく割れ、いくつもの悲鳴が生まれる。みんな、マルスには相当苦労させられているのだ。ちなみに、その苦労を一番受けているのはザックである。なにがあったかというのは、言わぬが花だ。
探し物が見つからなかったのか、マルスは一瞬落胆したような表情を浮かべたものの、すぐにまた目に輝きを取り戻し、ザックへと詰め寄った。
「ザック。今しがた、この場所で、空に向かってエレキが放たれなかったか?」
「エレキ? ああ、雷のことか。 さぁ、知らないな」
素知らぬ顔で、ザックはマルスから視線を逸らす。マルスにだけは、何としてでもビィービの存在を教えるわけにはいかない。
マルスは三人の発明家の中で、ただ一人電気における発明に妄執していた。仕組みはさっぱりわからないが、マルスが今乗ってきた木馬も電気で動いているらしい。
そんなマルスにビィービの存在が知れるなんて、考えただけでも恐ろしい。
テニファーもその天は重々承知しているはずだ。その証拠に、ザックが指示を飛ばすまでもなく、ビィービが余計なことを言わないように、小さな口に林檎を押し込み栓にしている。
「本当かい? ザック、何か隠していないかい? いや、何か隠しているだろう? いや、隠しているに違いない」
「なんでだよ! 何も知らねぇし、隠してもいねぇよ」
「うむむむむ。こんな時、私が発明した嘘丸々見抜く君を使えば一発なのだが」
「また、妖しげなもんを」
そして恐ろしい物を作っている。マルスの恐ろしいところは、電気と言う未知のエネルギーを使って、時々だがとんでもない物を発明するところだ。今言っている発明も、正直失敗作の気がするが、万が一にでも本物ならばどえらいものだ。
「ともかく、俺たちは何も知らねぇよ。それ以上無茶苦茶言うようなら、お前の家の食糧自給を絶つぞ」
ザックは割と本気目にそう宣言した。マルスは発明家としてはある種の天才だが、私生活が破たんしている。定期的にザックたちの牧場の誰かが世話に行かなければ、おそらく一週間も持たないだろう。
死刑宣告に近い一言に、マルスの顔は面白いように青ざめた。
「待て待て待て待て待て。早まるな、ザック君。話せば分かる。暴力は何も生み出さないぞ。悲しみが増え、私の腹が減ってしまう」
「だったら、これ以上無駄な詮索は止めろ」
「ぐぬ、仕方がない。では、これにて失敬するとしよう。だが、覚えておけ。すべての真実は私が解き明かすのだ。ハッハハハハハ~」
なぜか悪役風な笑い声をあげ、木馬によじ登ったマルスが、来たとき同様嵐のごとく去っていく。
「はぁ~、ひとまず落ち着いた、な」
後に残されたギャラリーは、マルスが何の問題も起さなかったことに安堵し、もうビィービのことなどすっかり忘れていた。徐々に散っていく人の流れに、ザックが肩の力を抜いて息を吐く。
そんなザックの袖を、この騒動を引き起こした張本人が、クイクイッと引っ張った。
「ねぇ、ねぇ。ザック、ザック」
「ん、なんだ。ビィービ」
「お腹すいた」
「…………」
純粋無垢。ただただ欲望のままに上目遣いで懇願してくるビィービに、ザックは思わずその額に正義のデコピンを叩きつけたのだった。