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第二章(1)

 ドラゴン

 強大な身体に圧倒的な力。天を覆う翼、万物を噛み砕く牙と強靭な鱗を携え、その一歩は大地を揺るがす。

 性格は極めて獰猛で、一つに懐くことは稀である。

 ドラゴンはその身体に強力な魔術の力を持っており、火や毒、氷や雷を吐くことがある。

 主に西洋、極東の山奥などに生息し、群れを作ることが多い。その血は万病薬であり不老不死の薬ともなる。牙は剣に、鱗は盾に。ドラゴン一体で、子孫7代は遊んで暮らせる金が手に入るほど、その価値は計り知れない。

 また、ごく稀に人に姿を変える個体も確認されている。

 だが、ハンターによってドラゴンはほとんど狩りつくされたと言ってもいい。

 絶滅した幻獣の王。

 彼の暴雄をこの目で見ることが、筆者の心からの夢である……



「うさんくせぇ~」

 カウボーイ仲間から借りてきた本をベッドに放り投げながら、ザックは素直に呟いた。

 水浴びの後で濡れた髪をタオルで拭い、カップを手に取る。荒挽きで入れた恐ろしく苦いコーヒーを平気な顔を啜り、ザックが深い溜息をつく。

 ――ドラゴン? あの、ビィービが?

 人畜無害で惚れ惚れするほどのー天気なビィービの顔を思い出し、ザックは鼻を鳴らした。バカバカしい、あの子供がドラゴンなわけがないだろうに。ちょっと、雷と一緒に空から降ってきたくらいで。ちょっと、牛一頭を丸々一頭平らげたくらいで。ちょっと、口から雷を吐いたくらい……

「って、そんな人間いるかーっ!」

 全力で叫びながら、ザックは首から下げていたタオルを投げつけた。水気を吸ったタオルが壁に当たり、ベチャッと音を立てて床に落ちる。

 その時、ガチャリとドアノブが回り、部屋のドアが開いた。

「ザック。入るわ……よ……」

「あ……」

「……あ」

 髪と同じ茜色のシャツに空色のオーバーオールを着込んだエリファーが、ドアを半分開けて固まっていた。その腰ぐらいの位置から、クルミ色のワンピースを着たビィービがひょっこりと顔を覗かせている。

 ちなみに

 水浴びをしてそのまま部屋に戻ったザックは全裸だ。最後の防護壁、首に巻いたタオルはドアと反対側の床を濡らしている。

 今のザックは完全にノーガード。

 よせばいいのに、エリファーの視線がゆっくりと下に移動する。

「――ひっ」

 静まり返った部屋に、短い悲鳴が上がった。

 顔を真っ赤にしたエリファーが慌ててビィービの顔を手で覆い、物凄い勢いでドアを閉める。バシンッと大きな音が響いて、部屋全体が一瞬揺れた。ぱらぱらと、天井の誇りが部屋に降り注ぐ。

 大声で叫ばれなくて本当によかった。こんな状況を他のカウボーイ仲間に見られたら、弁解のしようがない。

「と、とにかく服切るか」

 扉の向こうに届くよう、わざと大きな声を出しながら、ザックは最短距離でクローゼットに駆け寄った。取っ手を引っ掴み、思いっ切り扉を開く。

――ヤベッ!

 と思った時には、もう遅かった。扉を開いた瞬間、適当に押し込んでいた服が雪崩になって溢れ出してきた。

「あ~、くそ。どこのどいつだ、メチャクチャに入れやがって!」

 床に積もった服の山から、急いで服を引っ張り出す。パンツを履き、破れた膝を何度も修復したズボンを引っ張り上げ、薄い藍色のシャツに袖を通す。いつでも仕事に戻れるように、ベルトの後ろには束ねたロープを付け、左腰に使い慣らしたナイフを差し込む。軽めのカウボーイジャケットに愛用のカウボーイハット。机の上に置いていた、エリーナの選別の銭袋をポケットに押し込んだザックは、壁掛けの鏡を前にバチンと両手で顔を叩いた。

 鏡に映った自分の顔。エリーナ曰く、資産家のガキが薄汚れたらこうなる、と言われた顔。言い得て妙だ、顔立ちはどこか品があるみたいだが、ざっくばらんに切った髪と、カウボーイのキツイ仕事に鍛えられたキツイ目つきが、全てを台無しにしている。

 いや、そんなこと今はどうでもいい。とりあえず今考えるべきは、どんな顔をしてドアを開けるかだ。

 歯を食いしばり、ザックが頭を抱える。さんざん悩んだ末、ザックは半ばやけくそに叫んだ。

「着替えたぞっ! もう大丈夫だ!」

 いったい何が大丈夫なのかよくわからないが、いや、なにも大丈夫じゃないが、これ以外に言うことがない。

 シーンと静まり返る室内。

 ドゴンッ!

 蝶番が吹き飛び、ドアが轟音と共に蹴破られる。

 破壊神がそこにいた。

「あ~ん~た~ねええぇぇぇぇぇぇ!」

 顔を羞恥に真っ赤に染め、若干涙目になったエリファーは、部屋に入るや否やザックの腹を殴り飛ばした。猛牛にタックルを喰らったような衝撃が腹を突き抜け、ザックの身体が吹き飛ばされる。ザックは後ろにあったクローゼットにジャスト・IN。フワッと散らばった衣類を巻き上がった次の瞬間、クローゼットの扉がザックを受け止めた衝撃でバタンと閉じた。

 一瞬の静寂。

 ゆっくりとクローゼットの扉が開き、中から肩や頭にパンツや靴下を乗せたザックが転がり出てきた。

「うごぉぉぉ~、キい……あだっ!?」

 腹を押さえて呻き声を上げるザックの後頭部に、情け容赦ない靴底が落とされる。

 はぁはぁはぁと、荒い息を付く声が、顔面で床にキスをするザックの耳に届いた。

「馬鹿ザック! なんてもの見せんのよ! 目が腐るじゃない! あ~もう、最悪!」

 身震いする身体を抑えようと、エリファーが両手で自分の身体を抱く。

 ザックは何とか首を横に向け呼吸を確保すると、自分の頭を踏みつけるカウガールに猛然と抗議した。

「てめぇ! いつまで踏みつけてんだよ! てか、人の部屋のドアを壊すんじゃねぇ」

「あんたが変な格好してるからでしょう!」

「裸のどこが変な格好なんだよ? 人間、生まれた時はみんな裸だぞ!」

「あんたは生まれたばかりの赤ん坊じゃないでしょが!」

「赤ん坊じゃなくても水浴びぐらいするだろうが! お前は水浴びの時に服着てんのかよ?」

「着てるわけないでしょ。でも、部屋に帰ったらすぐに下着ぐらい付けるわよ!」

「嘘つけ!」

「何を根拠に!?」

 ザックとエリファーが、お互いを睨みつけながらマシンガントークを交わしていると、部屋の入り口でちょこんと中を見守っていたビィービが、トコトコとザックの方へ駆け寄ってきた。

「ねぇねぇ、ザックザック。ザックのお股に付いていたアレ何? ビィービに付いてないよ?」

 ビィービの純粋な質問に、ザックとエリファーのマシンガントークは完全にジャムを起した。

「ああああ、あれ? アレは……まぁ、アレだ。なぁ、エリファー」

「なんで私に話を振るのよ!」

「お前の方が詳しいだろ。ほら説明してやれ」

「なんで私の方が詳しいのよ!」

 ぐりっと、顔をさらに真っ赤にしたエリファーが、ザックを踏みつけていた爪先を捩じる。髪の毛が捩じれ、ザックの頭にびりびりとした痛みが走った。

「いてててててっ! こら、止めろ。ハゲる!」

「ハゲろ、ハゲろ、ハゲろ、ハゲろ、ハゲろ!」

 ぐりぐりぐりぐりぐりと、エリファーが執拗に爪先をザックの頭に捩じり込む。

 溜まらず目じりから涙を流すザックに、ビィービは不思議そうな顔をしながら、ザックの股間を指差した。

「ねぇねぇ、ザック。あれおいしいの? 食べれる!?」

「食べるなあぁぁぁぁ!」

 どこまでも純粋に食い意地の張ったビィービに、ザックの心の叫び声が部屋の中で木霊した。


               *


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