因果応報
「ーーごめんなさいっ!ごめんなさい、お姉ちゃんっ‼」
目の前で泣き崩れる妹の姿に私は茫然とするしかなかった。
隣には自身の婚約者が春香を支えるように座っていた。
「すまない直美。春香は悪くないんだ。俺が全部悪い」
頭を下げてひたすら私に謝ってくる。
「ーー彼女と結婚したいんだ」
時間が止まったように感じた。妹の泣き声がいっそう強く響く。
ーー彼。真一とは大学で知り合い、交際を始めた。趣味も合い順風に五年付き合った私達は自然と結婚する流れとなった。親に挨拶も済ませ、彼の両親もとても歓迎してくれ幸せの絶頂にいた。
そんな中、幼い頃から私の背中を着いて回っていた妹の春香はとても喜んで、家にもよく遊びに来るようになり、三人で出掛けることも自然と多くなった。春香は真一にひどく懐き、人見知りの激しい妹の姿に驚く。妹の成長に驚きながらも嬉しく感じていた。
結婚をするという安心感からか、仕事が忙しくなりながらも、結婚式の準備に追われて彼を放置していたのがいけなかったかのか、彼と妹の変化に気がつかなかった。
だんだん窶れていく春香。私とは真逆なはにかんだような笑顔が可愛い春香のその様子に両親も私もとても心配した。
ある日、妹の春香と真一に呼び出された。妹は今にも倒れそうな真っ青な顔をしながらも、真一との子供ができた事を伝えられた。
彼は必死に妹を庇うように自分が悪かった。直美とは結婚は出来ないと言っているようだったが、頭には何も入ってこなかった。
両親の怒鳴り声や彼の両親の謝罪。私との結婚は中止となり、急遽妹との結婚となった。
両親は真一に怒りを感じながらも、妹の彼を愛してる、子供も堕ろしたくないという言葉にどうしようも出来ないと感じたのであろう。最後は結局反対出来なかった。
妹はいつもと違う強い意思で、私の顔を見れないがらも変えることはなく、彼、真一と結婚した。
それから暫く部屋に篭って茫然としていた。妹と彼の裏切りにショックが大きすぎて頭がうまく回らなかったのだ。両親に宥めらるようにして流されたのもそのせいだろう。
ーーふと、目が包丁に留まった。ゆっくり手がのびる。
何もかも煩わしかった。周りの同情的な視線も、両親が自身のためを思ってしてくれたであろう行動を裏切りと感じるこの気持ちも全て煩わしくなったのだ。
包丁を固定して、ゆっくり身を沈めていく。深くーー深くーーそのまま意識は真っ暗になった。
目を開けると、窶れたように痩せた女の姿が目にはいる。何故か不快な気持ちになり眉を潜めた。此方に迫ってくる女から逃げようと身をよじろうとするが、上手く体が動かず抱えられてしまった。その時、疑問を感じた体を見下ろすと小さくぶくぶくした体が目にはいる。自分の体はこんなに小さかっただろうかと違和感を覚えながらも、とにかく逃げようと暴れる。それが駄目だと分かると涙がでてきた。必死に声を張り上げて叫ぶ。胸に込み上げてくる不快感に気持ち悪くなり、一層泣き叫んだ。
高校生になった。この頃は頭痛が酷く、貧血で倒れることもしょっちゅうだ。頭を抑えながらも待ち合わせ場所に向かおうと足を動かす。今日は私の誕生日ということもあって、両親が直接迎えにきてくれている。自然と足の歩みが遅くなりながらも、必死に仮面をつけようと気持ちを切り替える。
昔から両親の事が好きになれなかった。中のいい二人を見ると不快感が込み上げ、年に何回か必ず泣き出す母を見ると仄暗い愉悦感が浮かんでくるのだ。自分が可笑しいのかと思い、愛そうとしても愛そうとしてもそれは出来なかった。むしろ、一層に冷め切っていく心に愛すことを諦めた。
学校の前にシルバーの車が止まっている。にこやかな顔をした両親に手をあげながら仮面を被った。
ーー夜。頭痛が激しく襲ってき、あまりの痛さに身を起こす。
「いったぁっ…」
耳鳴りまでしてきた。薬を飲みに行こうとドアを開けると泣き声と宥めるような声が聞こえてくる。あぁまたかと思いながらも、静かに声がする両親の寝室に近づいた。隙間から除くと、やはり母の春香が泣いていた。自然と口角があがる。
「……ぐす、やっぱり耐えれないわ。あの子を見ると」
ピクっと耳が動く。
私のことを言ってるのだろうか?
「春香、我慢しなさい。一香の前で泣いて、何て言うつもりなんだい?」
「だって!真一さんっ…あの子はあんまりにも……お姉ちゃんに似ていて!私はあの子が私を見るたびに責められてる気持ちになるのよ!」
ーードクン
胸が跳ねた。
(お姉ちゃん……?)
「……確かに、あの子は一香は直美に似てる。だけど、元々春香と直美は姉妹なんだから似ていても可笑しくないだろう?」
「そういう問題じゃないわ!真一さんは、お姉ちゃんが死んだことを何とも思ってないのっ!」
「そうは言ってないだろう!」
ガタンッ
二人は顔を見渡す。入口には一香の姿が立っていた。
「あっ…ああ、一香起こしてしまったかい?」
そのまま真一は娘の肩に触れようとする。
その手を一香は思いっきりはじいた。
「なっ」
「一香!何をしているの!」
一香は何も答えず、肩を震わす。
「……っふ。っふふ、あはは。あははっ二人揃って相変わらずだなー」
いつもと違う様子の娘の姿に二人は青ざめる。
「ーーねぇ春香」
春香の顔に怯えが混ざる。そんな春香を守るように支える真一の姿。
「ああ、相変わらず泣き虫は治ってないんだ。あの時も泣いてばっかりで真一さんに抱きついて謝るだけだったしね。ーーねぇ、どうだった二人して私を裏切っていた気分は?あの時はショックのあまり何も聞けなかったしね。春香を抱いたあとに私も抱いたこともあったの真一さん?ていうか、高校生の春香によく手が出せたねえ〜。二人して黙り?何も言わないの?」
震えながらも春香が口を開いた。
「おっお姉ちゃんっなの?」
一香、否直美はにこりと笑う。
「そうだよ。驚いたよ私も。私が自殺する根源でもある春香の娘として生まれてたみたいだし」
自殺という言葉に春香の顔はくしゃりと歪む。
「何が目的だ?どうやったら一香の身体から出て行く!」
今まで黙っていた真一の言葉に直美は首をかしげる。
「私を幽霊か何かと勘違いしてるの真一さん?私は一香として生まれてきたんだよ。それなのに出ていけるわけないでしょう」
二人して愕然とした顔をする。そんな様子に直美は眉をひそめながら、ベランダに出た。
(ーーああ、月が綺麗だな)
マンションの上階だけあって風が涼しい。
「残念だったわね春香。私を裏切ってまで欲しかった可愛い可愛い娘が私で、さぞかし辛い思いでしょう。でもね、私はもっと辛かったの。信じてた二人に裏切られたんだから」
「ごめんなさい!ごめんなさい!お姉ちゃんッ!」
柵に身を乗り出す。
「もうごめんなさいは飽きたの私。だからあなた達の可愛い可愛い娘の命でお終いにしてあげる」
二人の悲鳴があがる。
「やめて!やめてちょうだいっいやよッいやぁ」
「頼む直美!何でもするからやめてくれっ!」
嗤いが止まらない。私はあの時から壊れてしまったの。彼等のことは絶対に許さない。
「ばいばい。パパ、ママ」
ひらひらと手をふって体を傾ける。
ーー落ちる、堕ちる、暗闇に
「いやあああぁぁーーーー」
仕方ないよね、因果応報だもの。