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約束の日~時の過去~

 感情表現が乏しい。

 それは小さい頃から人と関わることをしなかったから。

 いや、むしろ逃げていたのかもしれない。

『人というものから』

 だからこそ、空想で彩られたお話が好きで、本が好きで、どんどん大好きになって。

 今思えば『本ばかり読んでいたから人と関わらなかった。だからどんどん苦手になった』っていう大まかな理由はわかるけど、それ以上の具体的な理由は覚えていない。

 『覚えていない』、だけど知っている。

 人が苦手。

 特に男の人が苦手な理由を…。


 幼少の頃から両親は共働きで、よく母方の祖父母に預けられることが多かった。

 この二人のことは、小さかったながらとてもお世話になったのを今も鮮明に覚えている。

 祖父母の家は昔ながらな平屋建ての古民家。

 庭には祖母が趣味で行っているガーデニングによって、季節ごとに色々な花達が植えられていた。

 ビビットな色の花や淡い色の花、力強く咲き誇る花や可憐にたたずむ花など、一個人で行っているとは思えない花壇は近所ではちょっとした有名スポットだった。

 花いじりが好きな祖母、そんな祖母をいつも優しく見守りながらサポートする祖父。

 こんな二人を見てきたせいなのか、幼少の頃から『結婚』というものには人一倍興味があった。

 いつの日か、私にもおじいちゃんみたいな王子様が現れるって。

 小さなころから人見知りだった私だが、祖父母の前でだけはおしゃべりだった。

 両親にしないような話も、二人には話せた。

 学校の事、今悩んでる事、今日読んだ本の事、将来なりたい職業とか、理想のお嫁さん像とか。

 今も思う。

 当時の私にとってこの二人の存在がどれほど大きかったか。

 そして、どれほどこの二人を好きだったのか。


 それは突然訪れた。


 祖父母が事故にあったとの電話がきた。

 知らせを受けてすぐ母と車で病院へ向かった。

 動揺を隠しきれない私の耳に、運転する母の口からこぼれた「跳ねられた」という言葉だけが入ってきた。

 車に乗って20分ほどだろうか。

 何度か来たような見覚えのある大きな病院に着いた。

 母に手を引かれ中に入る。

 病院の中は明るい。

 だから余計に、今の自分の真っ黒な不安を顕著に感じた。

 母も同じなのだろう。

 その足はどんどん速さを増していき、子供の私はただただ転ばないようついていくのがやっとだった。

 受付で母が祖父母の事を看護師に尋ねる。

 すると看護師はどこかに電話し、すぐ医者が現れた。

「こちらへ」

 重いトーンながら、医者の放ったその言葉はとても落ち着いていた。

 案内されるがままエレベーターを使い祖父母のもとへ。

 でも降りたその階は薄暗く冷たい印象で、とても命を取り留めるために戦っている場所だとは感じられなかった。

 そして予想は現実のものへと変わる。

 何もない部屋の真ん中にベッドが二つ。

 母は口元を抑えている。

 ゆっくりと近づく私と母。

 医者がベッドの上に乗っている人の顔に被さっていた布を静かに退かすと、青白くなった祖父母の顔がそこにはあった。

 私は目の前にある祖母の手に触れた。

 冷たかった。

 理解できなかった。

 あんなに暖かかった祖母の手がこんな冷たいだなんて。

 頭の中で『プツリ』と何かが音を立てて切れた。

 私は倒れた。


 目を覚ました私の目の前には真っ白な天井が映っていた。

 後で聞いた話によれば、私は丸二日ほど目を覚まさなかったらしい。

 原因は言うまでもなく、大きなショックに対して私の心身が耐えられなかったためだ。

 そのショックは私の脳にまで影響を及ぼしていた。

 それに気づいたのは色々落ち着いてからで、祖父母との記憶のほとんどが思い出せなくなっていた。

 近い記憶はほぼ何も思い出せず、幼くなるにつれ断片的な記憶になっている。

 病院の先生もショックが原因であることは間違いないが、心の問題のため回復するかどうかはなんとも言えないと。

 祖父母のいなくなった生活は私を変えた。

 今まで以上に本へとのめり込んでいった。

 何冊も何冊も何冊も何冊も。

 眼鏡をかけるようになり、漢字はたくさん覚えた。

 でも、言葉を発する機会は確実に減った。

 二人が亡くなってから残りの小学校での思い出は本を読んだ記憶だけ。

 中学に入ってもそれは変わらず、いつも教室の端で本を読んでいた。

「暗い」「キモい」「怖い」

 最初は色々言われたが、次第にそれも無くなった。

 反応が無いからつまらないのだろう。

 それもそうだ。

 私は何も感じなかったのだから。

 そんな中学校生活に変化が訪れたのが二年生も終わりに近づいていた肌寒い日。

 当時違うクラスだった千鶴が私を訪ねてきて言った言葉。

「雁ヶ音に行こう!」

 その一言があったから今の私がいる。

 彼女だけが私を見捨てなかった。

 なんだかんだと理由を言っては、いつも私を気にかけてくれていた。

 あれから少しずつではあるけど私自身や取り巻く環境、その他色々好転していった。

 目標とか以前に、次の一歩すら踏み出せなかった私を、暗闇のどん底から救ってくれた千鶴には感謝してもしきれないぐらい。

 一緒に高校に見学へ行き、受験勉強も頑張った。

 正月には合格を祈願するため、寒空の中近所の神社へも行った。

 周りの子には当たり前のことでも、私にとってはちょっと前まで普通であって普通じゃなかった。

 でも千鶴が手を引っ張ってくれたから今の私がいる。

 改めて私は彼女への感謝を考える。

 いつかこの恩を返せるチャンスがきたら、全力で、全身全霊で彼女を助けるって心に決めて。

 照れくさいから今更口にはしないけどね♪

 彼女がそばにいてくれて、本当によかった。


 ※ちなみに男の方が極端に苦手(嫌い)なのは、千鶴のような間柄の男子がいなかったからという理由ともう一つ。

 あまりに現実と、本の中のキャラクターとのギャップについていけなかったため、気づいた時には男=怖い、幼稚、汚いなどのマイナス面しか見えていなかったためでした。

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