第六章|欠席
その日は、少しだけ教室がざわついていた。
朝の会が始まる前、担任が出席簿をめくりながら言う。
「今日は一人、欠席です」
名前は呼ばれた。いつもと同じ順番で、特別な言い方でもなかった。理由は添えられなかったが、誰も不思議には思わない。
体調不良だろう、という空気が自然に流れる。
そのまま、朝の会は進んだ。
黒板に今日の予定が書かれ、連絡事項が読み上げられる。生徒たちはノートを開き、鉛筆を走らせる。いつもと同じ光景だ。
窓際の席が一つ、空いている。
誰もそこを見ない。
一時間目の授業が始まる頃には、欠席のことを覚えている人はほとんどいなかった。授業は滞りなく進み、当てられる生徒もいつも通りだ。
空いた席は、ただ空いているだけだった。
昼休み、席の近くを通る生徒が一人、ちらりとそちらを見る。けれど、すぐに別の話題に気を取られる。
弁当の時間は短い。
午後の授業でも、欠席について触れられることはない。先生は淡々と板書をし、ノートを取る音が教室に広がる。
その日は、それで終わった。
翌日も、同じだった。
担任は出席を取り、同じ名前を欠席として処理する。理由は変わらない。「体調不良」。
数日続いても、説明は増えない。
「まだ治らないのか」
誰かが小さく言う。それ以上の会話にはならない。
席替えは予定通り行われた。空席は、そのままにされる。配置を変えるほどのことではない、という判断だった。
授業のペアを作るとき、担任は一瞬だけ名簿を見る。それから、何事もなかったように指示を出す。
「今日はこの組み合わせで」
名前は呼ばれない。
呼ばれないことに、誰も違和感を覚えない。
放課後、教室にはいつもより早く人がいなくなる。部活に行く者、バスに乗る者、それぞれが帰っていく。
空いた席の机の中には、何も入っていない。
ノートも、教科書も、上履きもない。
担任がそれに気づいたのは、週の半ばだった。机の中を確認し、少しだけ眉をひそめる。
「……持って帰ったのか」
独り言のように言って、扉を閉める。
そのまま、週は終わる。
週明け、担任は朝の会の前に短く言う。
「しばらく欠席が続いています。各自、授業に集中するように」
それ以上の説明はない。
集中する、という言葉で、話は終わった。
数日後、掃除の時間に机が移動される。邪魔だから、という理由だった。空いていた場所に、新しい机が置かれるわけではない。
空白は、詰められる。
教室の配置は、また整う。
誰かが「そういえば」と言いかけて、やめる。理由は分からないが、言わないほうがいい気がしたからだ。
その感覚は、全員が共有していた。
名前は、もう呼ばれない。
出席簿のページはめくられ、次の月に進む。そこに書かれていた名前は、欠席の列からも消える。
説明はない。
必要がないからだ。
教室は、問題なく回っている。
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