第三章|町の文法
この町には、説明しなくても通じることが多い。
たとえば、朝の挨拶。誰が誰の子どもで、どこの家に住んでいるのか。そんなことは、改めて確認する必要がない。話題に出さなくても、全員が知っている。
知らないのは、外から来た人間だけだ。
家庭科の授業で、地域の食材について話す時間があった。先生は黒板に、町の特産品の名前を書いていく。生徒たちはうなずきながら、補足を入れる。どこの家が何を作っているか、誰の親がどの畑を持っているか。
自分だけが、黙ってノートを取っていた。
「分かるよな?」
先生がそう言って振り返る。問いかけというより、確認だった。
うなずくのが正解だと分かっていたから、うなずいた。分からない、と言う選択肢はなかった。分からないと言えば、説明が必要になる。説明は、目立つ。
この町では、目立つことは歓迎されない。
三者面談の日が近づいた頃、担任に呼び止められた。放課後の教室は静かで、窓の外では風が田んぼを揺らしている。
「最近、どうだ」
椅子に座るように言われ、向かい合う。机の上には、成績表と出席簿。名前が並んでいる。自分の名前も、そこにある。
「特に問題はないです」
そう答えると、担任は少しだけ眉を上げた。
「そうか? 元気がないように見えるけどな」
その一言で、喉の奥が詰まる。ここで何か言えばいいのかもしれない。用意していた言葉は、頭の中にあった。
クラスで浮いている気がすること。
話しかけると、会話が終わること。
けれど、それらを一つの文にまとめようとすると、どれも曖昧だった。
「慣れれば大丈夫だ」
担任は、こちらの沈黙を待たずに続けた。
「最初は誰でもそうだ。ここは人が少ないからな。関係ができるまで時間がかかる」
慣れの問題。時間の問題。
それなら、今の苦しさは、まだ未完成な状態ということになる。完成するまで待てばいい。待てないのは、自分の弱さだ。
うなずくしかなかった。
家に帰ると、その日の面談の話が自然に出た。母親は、担任の言葉をそのまま受け取る。
「先生もそう言ってたなら、大丈夫よ」
その言葉に、安心が混じっているのが分かる。安心させてしまった以上、訂正するのは難しかった。
「あなた、少し気にしすぎるところがあるから」
責める調子ではない。むしろ、心配している声音だった。
気にしすぎ。
その言葉は、状況を説明しないまま、原因を自分の中に移す。
それ以上、何も言えなかった。
町の行事があった日、学校の生徒も多く参加していた。顔見知りの大人たちが集まり、笑いながら準備を進める。生徒たちは自然に役割を分担する。
自分は、指示が来るまで立っていた。
「何でもいいから手伝って」
そう言われて、近くにあった道具を運ぶ。やることはある。でも、どこにいればいいのかは分からない。
その様子を見て、誰かの親が言った。
「大人しい子だね」
悪い意味ではない。ただの感想だ。
大人しい、という言葉は便利だった。説明を省ける。輪に入れない理由を、性格にまとめてしまえる。
その日以来、自分は「大人しい子」になった。
学校でも、家でも、町でも、その言葉で整理される。
大人しいなら、一人でいるのも自然だ。
大人しいなら、騒がないのも当然だ。
そうやって、違和感は性格に変換されていく。
夜、部屋で教科書を開く。文字を追っても、内容が頭に入らない。昼間の会話が、何度も浮かぶ。
誰も、間違ったことは言っていない。
それが、一番苦しかった。
間違っていない言葉は、否定しにくい。
否定できない言葉は、内側に残る。
布団に入ると、町全体が静まり返る。遠くで、犬の鳴き声が一度だけ響く。
ここでは、うまくやれていないのは、自分だけだ。
そう思うと、理由を探す気力もなくなった。
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