表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第一章|異物

後味悪い作品書こうと思ってます

好みじゃないよって方はバックをお願いします

教室に入ると、音が一段落ちる。


話し声が止まるわけではない。笑い声も続いている。ただ、こちらに向かっていた流れが、ほんの少しだけ角度を変える。その変化は微細で、誰かに説明しようとしても、たぶんうまく言えない。


最初は偶然だと思っていた。


転校してきた初日。自己紹介を終えて席に着いたときも、休み時間に机の上を整理しているときも、周囲の会話は途切れなかった。ただ、自分の存在を避けるように、音だけが滑っていった。


それが自分のせいだと気づいたのは、三週間ほど経ってからだった。


黒板の前に立つ担任は、毎朝ほとんど同じ調子で出席を取る。名字を呼び、短く返事が返り、次へ進む。一定のリズム。安心できるくらいの単調さ。


自分の名前が呼ばれるときだけ、そのリズムが一瞬だけ乱れる。


乱れるのは声じゃない。教室の空気だ。


返事をしても、誰もこちらを見ない。見ないというより、見る必要がないものを見る目を、全員が同時に忘れたような顔になる。


それが毎朝続く。


窓際の席からは、校舎の裏に広がる田んぼが見えた。季節は春で、水が張られたばかりの田が、空をそのまま映している。風が吹くと、表面が細かく揺れて、空が砕ける。


この景色は嫌いじゃなかった。


前の学校では、校舎の外は住宅ばかりで、視線を外に逃がす場所がなかった。ここでは、授業中にふと顔を上げると、遠くまで何もない。


何もない、というのは、少し楽だった。


休み時間になると、クラスの生徒たちは自然に机を寄せ合う。誰が合図をするわけでもない。気づくと、輪がいくつかできている。


自分の机は、いつも輪の外に残る。


誘われないわけじゃない、と思おうとした。声をかければいいだけだ。そう思って、何度か、タイミングを測ったこともある。


けれど、どの輪も完成してしまうのが早すぎた。


椅子が引かれ、机が寄り、話題が始まる。その速度についていけない。割り込む隙がない。気づくと、立ったまま時間が過ぎている。


結局、トイレに行くふりをして教室を出る。


廊下は静かで、足音がやけに大きく響く。窓から差し込む光が白すぎて、目が痛い。用もないのに手を洗い、鏡に映った自分の顔を見る。


特別変なところはない。


髪も、制服も、全部同じだ。転校生だということ以外、違いはないはずだった。


それなのに、教室に戻ると、また音がずれる。


昼休み、弁当を広げるときも同じだった。周りの机には、母親が作ったらしい似たような弁当が並ぶ。色合いも、詰め方も、どこか似ている。


自分の弁当だけが浮いている気がして、ふたを開けるのが遅れる。


誰も見ていないはずなのに、見られている気がする。


箸を動かしながら、会話を聞く。話題は昨日のテレビ、部活、近所の犬。知らない名前がたくさん出てくる。どれも、この町では共有されているらしい。


知らないのは、自分だけだ。


午後の授業では、ペアを作る指示が出た。


一瞬、視線が交差する。けれど、すぐにそれぞれ別の方向に向かう。結果として、教室の真ん中に、自分だけが残る。


担任は少し困った顔をして、近くの生徒に「一緒にやってやれ」と言う。


言われた生徒は、短くうなずく。悪意はなさそうだった。ただ、机を寄せる動きがぎこちない。必要最低限の距離だけ縮めて、視線は合わせない。


作業は黙々と進む。終わると、何も言わずに机を戻される。


それでいいのだと、教室全体が納得している。


放課後、校舎を出ると、空気が一気に冷える。山から吹き下ろす風が、まだ冬の名残を運んでくる。


バス停には数人しかいない。全員、同じ学校の生徒だ。少し離れた位置に立ち、スマートフォンをいじる。話しかける理由は見つからない。


バスが来るまでの時間、田んぼを眺める。


水面に映る空は、朝よりも濁って見えた。雲が広がり、輪郭が曖昧になっている。


ここでは、誰も悪いことをしていない。


笑われたわけでも、殴られたわけでもない。無視されている、と言い切るには、証拠が足りない。


ただ、自分だけが、少しずつ、ここから外れていく。


その感覚だけが、日に日に重くなる。


バスが来る。ドアが開き、エンジンの音が響く。


乗り込むとき、誰もこちらを見ない。それが、なぜか一番安心できた。


少なくとも、この瞬間だけは、期待しなくて済むから。

ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ