第一章|異物
後味悪い作品書こうと思ってます
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教室に入ると、音が一段落ちる。
話し声が止まるわけではない。笑い声も続いている。ただ、こちらに向かっていた流れが、ほんの少しだけ角度を変える。その変化は微細で、誰かに説明しようとしても、たぶんうまく言えない。
最初は偶然だと思っていた。
転校してきた初日。自己紹介を終えて席に着いたときも、休み時間に机の上を整理しているときも、周囲の会話は途切れなかった。ただ、自分の存在を避けるように、音だけが滑っていった。
それが自分のせいだと気づいたのは、三週間ほど経ってからだった。
黒板の前に立つ担任は、毎朝ほとんど同じ調子で出席を取る。名字を呼び、短く返事が返り、次へ進む。一定のリズム。安心できるくらいの単調さ。
自分の名前が呼ばれるときだけ、そのリズムが一瞬だけ乱れる。
乱れるのは声じゃない。教室の空気だ。
返事をしても、誰もこちらを見ない。見ないというより、見る必要がないものを見る目を、全員が同時に忘れたような顔になる。
それが毎朝続く。
窓際の席からは、校舎の裏に広がる田んぼが見えた。季節は春で、水が張られたばかりの田が、空をそのまま映している。風が吹くと、表面が細かく揺れて、空が砕ける。
この景色は嫌いじゃなかった。
前の学校では、校舎の外は住宅ばかりで、視線を外に逃がす場所がなかった。ここでは、授業中にふと顔を上げると、遠くまで何もない。
何もない、というのは、少し楽だった。
休み時間になると、クラスの生徒たちは自然に机を寄せ合う。誰が合図をするわけでもない。気づくと、輪がいくつかできている。
自分の机は、いつも輪の外に残る。
誘われないわけじゃない、と思おうとした。声をかければいいだけだ。そう思って、何度か、タイミングを測ったこともある。
けれど、どの輪も完成してしまうのが早すぎた。
椅子が引かれ、机が寄り、話題が始まる。その速度についていけない。割り込む隙がない。気づくと、立ったまま時間が過ぎている。
結局、トイレに行くふりをして教室を出る。
廊下は静かで、足音がやけに大きく響く。窓から差し込む光が白すぎて、目が痛い。用もないのに手を洗い、鏡に映った自分の顔を見る。
特別変なところはない。
髪も、制服も、全部同じだ。転校生だということ以外、違いはないはずだった。
それなのに、教室に戻ると、また音がずれる。
昼休み、弁当を広げるときも同じだった。周りの机には、母親が作ったらしい似たような弁当が並ぶ。色合いも、詰め方も、どこか似ている。
自分の弁当だけが浮いている気がして、ふたを開けるのが遅れる。
誰も見ていないはずなのに、見られている気がする。
箸を動かしながら、会話を聞く。話題は昨日のテレビ、部活、近所の犬。知らない名前がたくさん出てくる。どれも、この町では共有されているらしい。
知らないのは、自分だけだ。
午後の授業では、ペアを作る指示が出た。
一瞬、視線が交差する。けれど、すぐにそれぞれ別の方向に向かう。結果として、教室の真ん中に、自分だけが残る。
担任は少し困った顔をして、近くの生徒に「一緒にやってやれ」と言う。
言われた生徒は、短くうなずく。悪意はなさそうだった。ただ、机を寄せる動きがぎこちない。必要最低限の距離だけ縮めて、視線は合わせない。
作業は黙々と進む。終わると、何も言わずに机を戻される。
それでいいのだと、教室全体が納得している。
放課後、校舎を出ると、空気が一気に冷える。山から吹き下ろす風が、まだ冬の名残を運んでくる。
バス停には数人しかいない。全員、同じ学校の生徒だ。少し離れた位置に立ち、スマートフォンをいじる。話しかける理由は見つからない。
バスが来るまでの時間、田んぼを眺める。
水面に映る空は、朝よりも濁って見えた。雲が広がり、輪郭が曖昧になっている。
ここでは、誰も悪いことをしていない。
笑われたわけでも、殴られたわけでもない。無視されている、と言い切るには、証拠が足りない。
ただ、自分だけが、少しずつ、ここから外れていく。
その感覚だけが、日に日に重くなる。
バスが来る。ドアが開き、エンジンの音が響く。
乗り込むとき、誰もこちらを見ない。それが、なぜか一番安心できた。
少なくとも、この瞬間だけは、期待しなくて済むから。
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