⑩-3 邂逅
「すみません。……あの、引き止めてしまって」
「いえ。こちらも取り乱してしまいまして……」
レオン医師は目線をアルベルトに合わせない様に歩んでいった。アルベルトはソファーに腰を下ろすと、膝の上で手を組んだ。レオンはボサボサの栗色の毛を整えながら、アルベルトの隣へ座った。
「先生は休まなくて、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。休みながら話しますので」
「そうですか。あの、本当にありがとうございました。お疲れさまでした」
「はい。アルベルトさんも」
外は夕暮れの夕焼けが広がり、赤紫の幻想がより美しい旧市街を中世へと誘っていた。レオンは眼鏡を掛け直すと、照れくさそうにした。
「あの、何処かでお会いしました?」
「貴方もですか?」
「レオンさんも?」
視線が合った。しかし、レオンは気まずそうに視線をゆっくりとそらした。それを見て、アルベルトも目線を逸らした。
「すみません。感じが悪いとは思いますが、その。……申し訳ない気持ちが込み上げてきて」
「え? ティニアのことで、ですか?」
「いえ、そういうわけでは……。そうか。君はティニアさんの事が、とても大切なんですね」
レオンは咳払いした。アルベルトは照れくさそうにすると、病室の扉を見つめた。
「……ティニアさんは、幸せ者ですね」
「先生は、その……。ティニアに気があったのか?」
「……はい? あ、いえ。違いますよ。そこは安心してください」
「そうですか」
ギシリと音が鳴り、奥の病棟の扉が開いた。黒髪の看護師、マナが病棟から出てきた。マナはアルベルトに一礼すると、レオンにカルテを手渡した。
「先生もアルベルトさんも、無理なさらないで下さいね。先生が起きているなら、私は少し仮眠を頂きます」
「そうして下さい。マナ看護師、ありがとう。おやすみなさい」
「マナさん、ありがとうございました」
マナ看護師は会釈すると、仮眠室へ向かった。病棟からは子どもの話し声や男性の咳込みが聞こえるものの、静かな病棟へ戻っている。ティニアもまだ麻酔から目が覚めてはいないようで、病室はとても静かだ。
「……御二人は、以前からお知り合いで?」
「いや。春からだ。あ、馴れ馴れしくすみません」
「構いませんよ。僕は敬語が性分なだけですので、お気になさらず自然にどうぞ」
アルベルトは座りなおすと、小さく咳ばらいをすると頷いた。
「僕のことはレオンで構いませんよ。僕も君のことはアルベルトと呼ばせてもらいますし。なんだか、知り合ったばかりの他人の気がしませんね」
「……そうなんだよな。孤児なりに、他人との距離を取りがちなものの、なんだろうな。レオン、改めてティニアの事、本当にありがとう」
「いえいえ」
微笑みながら握手を求めるアルベルトだったが、すぐに手を引っ込めてしまった。
「いや、さすがに馴れ馴れしかった」
「そんな事はありません。僕も同じですよ」
レオンはアルベルトに向き直ると、アルベルトを見つめながら手を差し出した。共に握手を交わしつつ、アルベルトは呟くように囁いた。前もどこかで、レオンに似た人と握手を交わした不思議な感覚に陥った。それが何なのかはっきりしなかったが、今はそれでもいいと思えた。
看護師の仮眠休憩が終えるまで、談笑は続いた――。




