⑩-1 長い待ち時間
1950年五月。
思い詰めた表情のマリアは、診療所の待合室にいた。
同じく診療所に駆けつけていた神父アドニスは、マリアの背中を優しく撫でながら、ソファーの隣へ腰をおろした。
マリアの同居人ティニアが足の怪我で、緊急手術を受けている。
突然のことであった。
午前中を診療所、午後を孤児院。無理をしていたのではないだろうか。診療所では調合や雑務をこなし、孤児院では子供たちの世話。それでも有意義な時間であったはずだ。その彼女が、怪我を負って担ぎ込まれるなど――。
「マリア、自分を責めても、ティニアは心配するだけですよ」
「……うん。わかってる」
「レオン先生を信じましょう」
「主に祈るんじゃないのね」
「それだけ言い返せるなら、結構結構」
今日の午前中も、診療所で仕事をしていた。
アドニスは膝の上で手を組むと、マリアへ優しく微笑んだ。怪我が発覚したとき、しばらく姿を見せていなかったアルベルトが一緒だったという。アルベルトは激しく動揺していたものの、ティニアを診療所まで担ぎ込んだと聞いた。
「アルベルトが共に居たとのことですからね。それでも、何も言わぬティニアの好きにさせていたそうですから」
「うん。ティニアが悪いわ。怪我をしているなら、言ってくれたらいいのに……」
ポツリと呟いたマリアは軽くスカートを掴むと、そのまま項垂れ涙を零した。
「私のこと、まだ信用がないのかな」
「そんな事はありませんよ」
「……ティニアが死んじゃったら、どうしよう」
「マリア……」
アドニスは細目をさらに細くすると、尚も微笑んだ。苦笑いのようにも見える。
「ティニアが話していましたよ。昔の話を、君にしたのだと」
「ああ……。勇猛果敢な辺境伯と、そのお父さまの話なら」
「そうですか。ティニアは信頼できる者にしか、その話をしません」
アドニスは席を立ち、待合室の窓へ歩み寄った。静かな五月の日常は、脆くも崩れ去ってしまった。生暖かい風は、違和感を強調させてしまった。恐怖を煽るその暖かさと静けさは、多くの物を不安へと突き落としていく。
友人の事を話すティニアは得意げに、楽しそうだった。楽しい記憶の思い出しに、マリアは涙が溢れないように気合を入れる必要があった。
その時、ガチャリと音がして、ティニアの処置室とは別の扉が開いた。酷くゲッソリとした男は待合室へ入ると、音を立ててソファーへ座った。




