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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode10「Nocturne-Arpeggio」
68/72

⑩-1 長い待ち時間

 1950年五月。

 思い詰めた表情のマリアは、診療所の待合室にいた。

 同じく診療所に駆けつけていた神父アドニスは、マリアの背中を優しく撫でながら、ソファーの隣へ腰をおろした。


 マリアの同居人ティニアが足の怪我で、緊急手術を受けている。

 突然のことであった。


 午前中を診療所、午後を孤児院。無理をしていたのではないだろうか。診療所では調合や雑務をこなし、孤児院では子供たちの世話。それでも有意義な時間であったはずだ。その彼女が、怪我を負って担ぎ込まれるなど――。


「マリア、自分を責めても、ティニアは心配するだけですよ」

「……うん。わかってる」

「レオン先生を信じましょう」

「主に祈るんじゃないのね」

「それだけ言い返せるなら、結構結構」


 今日の午前中も、診療所(ここ)で仕事をしていた。

 アドニスは膝の上で手を組むと、マリアへ優しく微笑んだ。怪我が発覚したとき、しばらく姿を見せていなかったアルベルトが一緒だったという。アルベルトは激しく動揺していたものの、ティニアを診療所まで担ぎ込んだと聞いた。


「アルベルトが共に居たとのことですからね。それでも、何も言わぬティニアの好きにさせていたそうですから」

「うん。ティニアが悪いわ。怪我をしているなら、言ってくれたらいいのに……」


 ポツリと呟いたマリアは軽くスカートを掴むと、そのまま項垂れ涙を零した。


「私のこと、まだ信用がないのかな」

「そんな事はありませんよ」

「……ティニアが死んじゃったら、どうしよう」

「マリア……」


 アドニスは細目をさらに細くすると、尚も微笑んだ。苦笑いのようにも見える。


「ティニアが話していましたよ。昔の話を、君にしたのだと」

「ああ……。勇猛果敢な辺境伯と、そのお父さまの話なら」

「そうですか。ティニアは信頼できる者にしか、その話をしません」


 アドニスは席を立ち、待合室の窓へ歩み寄った。静かな五月の日常は、脆くも崩れ去ってしまった。生暖かい風は、違和感を強調させてしまった。恐怖を煽るその暖かさと静けさは、多くの物を不安へと突き落としていく。

 友人の事を話すティニアは得意げに、楽しそうだった。楽しい記憶の思い出しに、マリアは涙が溢れないように気合を入れる必要があった。


 その時、ガチャリと音がして、ティニアの処置室とは別の扉が開いた。酷くゲッソリとした男は待合室へ入ると、音を立ててソファーへ座った。

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