⑨-3 家具職人、シュタイン親分
「とはいえ、さすがにもう午後の業務も始まってるから急ぐね」
ティニアは何事もなかったかのようにそう言うと、再び歩みだした。先ほどよりもゆっくりとした歩調だった。
「午後の業務? って、おい。休まなくていいのか」
「今休んでたよ」
「何処に行くんだ」
「知らないで追いかけて来たの? 家具職人さんの所だよ」
「か、家具職人?」
思わず立ち止まったアルベルトを追い越し、ティニアはすたすたと先へ進んだ。アルベルトは小走りで追いかけ、隣に並ぶ。
「うん。孤児院の椅子やテーブルを発注したくてね」
「な、なるほど……」
「? まあ行くよ」
ティニアはアルベルトとの距離の近さに驚き、一瞬たじろいだ。そのままアルベルトの視線から逃れるように、ティニアは歩んでいく。
◇◇◇
家具店兼工房は橋を渡ってすぐであり、中からはコンコンという音や、ガリガリといった木材を削る音が心地よく轟いている。木材の薫りが立ち込め、工房前の玄関までが自然の薫りに包まれている。
「こんにちはー」
「おー、嬢サン。どうした、遅いじゃないカ。昼飯は食っちまったゾォ」
奥からは群青色の帽子を被った紳士が、ハンマーを片手に軒先まで出迎えにきた。
白髪混じりの栗色の長い髪を、無造作に髪を首元で束ねている。
「あ、こんにちは」
「おォン? こんにちワ」
慌ててアルベルトがお辞儀をすると、紳士は大笑いした。語尾が独特に訛っている。
「なんだァ、嬢サン。身を固めて新居の家具の発注か? ダブルベッドかァ? いや、それともお子様ベッ……」
ティニアは大切そうに抱えていた本で、男の頭を軽く叩くと、そのまま発注書を手渡した。
「全然違うからね」
「どうも、初めまして。俺はアルベルト・ワーグです。……この調子で、なかなかに難しくてね。」
「やあ、これはどうもご丁寧ニ。どうもどうモ! おらァ、アデライド・ティエリーってもんだァ! 家具専門職人シュタイン一家、って言えば通るゼェ! 知ってっかァ!! 兄ちゃんヨ!」
アルベルトの腰をバシバシ叩きながら豪快に笑う、如何にも棟梁のような出で立ちだ。顎髭は濃く、不精だ。
「す、すみません。知らなくて、……ガフッ」
「そうかそうカ、知らないかァ! ガッハッハ!! 俺たちもまだまだだなァ! オレのことは兄貴、もしくは親方と呼ぶと言いィ!! いちいちうるさい、シュタイン親分たァ俺の事ヨ‼」
今度はアルベルトの肩を掴みながら、笑い掛けた。シュタイン親分の身長は二メートル近くあり、アルベルトと並ぶと親子のようであった。
「まァ入ってくれェ!! 茶はお嬢ちゃんが淹れてくレ! ガッハッハ!!」
「はいはい。台所借りるよ。書類を見てて」
慣れたように、適当にあしらうとティニアは台所でお湯を沸かし始めた。
アルベルトはシュタイン親分が椅子に座らなかったため、立ちつくしてしまった。
その様子に気付かないまま、シュタイン親分は書類に目を通していく。シュタイン親分は真剣そのものであり、唸りながら顎に手を当て、髭をじゃりじゃりした。
アルベルトは視線を周囲へ向けた。目に入るのは木材であり、それは椅子として切り出された滑らかな曲線だった。
「兄ちゃん、そいつァ一木から削り出した椅子だぜェ。いいだロ!!」
「……なるほど。曲線が滑らかなのですが、これはどうやって?」
「そいつは余った木材を使ってノ、組み立て式ダ。低コストで作れるんだガ、組み立てとなるとやはりオレにとっては不安なんだよなァ」
「ノックダウン式だと、不慣れな方が組み立てた場合、様々な甘さから歪むことで怪我につながりますからね。それにしても、いい木材だ」
「…………」
「ここは湿度が高い地域ですが、風通しが非常にいい。広い天井が、それを可能にしているのか……。なるほどな」
「………………」
「日光だけでなく雨にも当たらない。あれか、乾燥炉の性能か。薪はどこで管理を? あ、あそこか……。こ、この木屑、なんて綺麗なんだ」
ブツブツと呟きながら、アルベルトは木材の下に散らばった木屑を拾い上げ、熱心に木屑を見つめるとパキッを折り曲げている。
「兄ちゃん、産業スパイか何かなラ、もっと隠したほうがいいゼェ……」
「えっ!? 違いますよ、ただ単に興味があっただけで……。あ、勝手に木屑を割ってしまいました。申し訳ありません!」
「ガッハッハ!! そんな堂々とした産業スパイが居てたまるかよォ! 真面目なやつだな、おイ! ……ところで。お嬢サン、茶はまだカ?」
台所に、ティニアの姿はなかった。
お湯の蒸発音だけがしゅわしゅわと聞こえていた。
「おーイ、お嬢サン! どうしたんダ」
「まさか……」
アルベルトが血相を変えて台所へ駆けつけた。
「ティエリーさん!」
「どうした、兄ちゃン」
アルベルトの尋常ではない声を聞き、すぐにシュタイン親分も駆け寄った。そして、顔色を一瞬で青く染め上げたのだ。台所では浅い呼吸を繰り返し、顔は青白く、唇の色が変色したティニアが、アルベルトに抱えられていた。
「ど、どうしたんダ。ガスカ!? いヤ、一酸化カ!?」
慌てるシュタイン親分だったが、風通しもよく、おかしな匂いも無かった。すぐにアルベルトがティニアの右足を確認すると、血だらけの包帯が巻かれていた。アルベルトはその足に触れると、苦い顔をした。
「熱を帯びてる。折れてないにしても、ヒビが入ってるかもしれない。添え木までしてたなんて……。歩き方がおかしかったが、ここまで悪いだなんて」
「ぅ……ハァ……ハッ…………」
ティニアは苦しそうに喘ぎながら、何かを話そうとしていた。アルベルトは必死の形相で動揺を隠しきれない。
「俺が診療所へ運ぶ。抱えて走ってった方が早い」
「診療所っテ、橋の向こうじゃねえカ」
「主治医の方がいい。こいつの荷物頼む」
「いヤ、おイ、待テ!!」
シュタイン親分の制止も聞かず、アルベルトはティニアを抱きかかえて駆けだしていった――。




