⑧-2 偵察
『――サーチ。……ゲートを確認。ゲート、開放を指示。直ちに我の命に従え』
マリアは目を閉じ、その言葉を心の中で唱えた。
体が青白く呼応したように光りだした。
『――我、汝の地に降り立つ。許可を受諾せよ』
全身から力が抜け、意識体となってマリアの体を眺めた。
『うーん。不可視化だと、よく視えないのよね』
マリアは久しぶりに、日課だった偵察を試みた。
更に意識を集中し、不可視化させる。
マリアの意識は、一瞬でスイスの上空に漂った。
地図を目安に、イタリア方面へと意識を送る。
やがて意識はイタリアのシチリア島上空に差し掛かる。
次の瞬間には、マリアの意識はシチリア島に降り立っていた。
行き交う人々が、マリアを通り抜けていく。まるで、その場に居ないかのようだ。
人々の会話が聞こえてくる。が、景気の良い話ではない。イタリアも敗戦国となったと聞いているが、マリアにそれ以上の情報はない。
マリアの意識は海沿いに到着した。確かに聞いた通りの廃墟群だ。
そして、あの女性客マリアの言った通り、孤児院と思われる建物が朽ちていた。当然だが、人影も見当たらない。
『べ、別にアルベルトのためじゃないし……』
私的な偵察をしている気がして、マリアは正当性を探した。
気を散らせていることに気付き、首を振った。
『集中しなきゃ……』
無惨な孤児院の劣化は、戦争影響もあるだろう。
マリアは足音もなく、廃墟の孤児院へと足を踏み入れた。
中は荒れ放題で、瓦礫や剥き出しの鉄パイプが散らばっている。
静寂の空間が不気味に広がっていた。
『引き出しはあるけど、引き出されたままね。略奪されたのかしら、それとも……。何かを調べた後……?』
ざわざわという不安は、心の中で大きくなりつつあった。
不意に、何かの写真が目に入った。
朽ちた床板に、一枚の写真が落ちている。
『――拡大』
ブレる視覚に全神経を集中させる。
拡大した目の前には、子供たちの集合写真が広がっていた。
写真には歳も身長もバラバラで、男女も関係ないようだった。
子どもたちは幼く、表情は恐怖に染まっている。
子供たちは一人一人、顔が分かるように並べられているように見える。
『まるで……、売り物の展示写真……』
思わず言葉が漏れた――アルベルトは売られ、買われたと言ってた。
これが、その現実なのだろうか。
ここでマリアは、アルベルトの姿を探していることに気付いた。
マリアの知るアルベルトは青年であり、少年時代の姿は分からない。
更に言えば、視界は不鮮明な上、思うように写真を見ることは出来ない。
マリアは歯がゆさを感じた。
写真を掴もうとするものの、それは虚空を撫でた。
この不可視化状態では、地面に伏せている紙一枚拾うことは出来ない。
他はいくつかの机が無造作に破壊されており、目立ったものはない。
『……何?』
風の音が響き、違和感が伝わって来た。
全身が危険信号を発し、警戒レベルを最大限にまで上昇させる。
マリアは周囲に人の気配がないことを確認した。違和感を覚えつつ、マリアの意識は廃墟の外へ出た。
鳥肌が全身を覆っていく。
音がしたわけではない。ただ、視線を感じるのだ。
周囲に目を凝らしたものの、近くには生き物の姿すらない。
見えるはずがないのに、見られている感覚。
気付けば、その違和感は薄れていった。
一瞬の出来事だった。
もう一度、廃墟となった孤児院を見つめた。
最初は気付かなかったが、孤児院の看板が落ちている。
――聖マリア孤児院と、書かれていたようだった。




