⑦-5 夕刻の暁
ティニアがその日に帰宅したのは、夕方だった。
アルベルトの言う通り、待っていればズルズルと居座り、また泊まる事になったであろう。
監視されているのなら、尚更だ。
「おかえりなさい、遅かったじゃない。心配したわよ」
「ごめんごめん。診察終わった後に、午前中に診療所で働けないか直談判してたんだよ」
「なにそれ。前にちょっと話してた薬剤調合の話って、本気だったんだ」
「まあね。その方が安心だろうし、何かあればすぐに孤児院へ行けるからね。診療所は近いし」
ティニアはマリアが夕食の準備をしていることに対し、驚かずに微笑んだ。
「ありがとう。僕も手伝うよ」
「ねえ、先生はイケメンだった?」
「ふふふ。好きだねえ」
ティニアはエプロンをかけると、マリアの横に立った。
「豆も美味しそう。茹で具合も丁度よさそうだね」
「うん、ありがとう」
ティニアはマリアの切った不ぞろいの具材を鍋へ放り込んでいく。具材が不格好で恥ずかしいが、ティニアは歯ごたえがあって上手いと褒めた。
「そうだ。昼間、アルベルトが家具の片づけに来たわよ」
「ああうん、片付いてるもんね」
「それで、絵本を。テーブルのその絵本。孤児院の子供たちへ、だって」
「へえ、ありがたいな~。昼間会ったとき、そう言ってくれたらいいのに」
マリアは手元の動きは止め、静かに頷きながらティニアに向き合った。
「ティニア……。その、朝のことなんだけど。私、怖かったの。受け止めきれないって思って。無理をしてでも全部を受け止めなきゃって思っていたの。でもそうじゃないのよね」
マリアは手を止めると、ティニアへ向かった。ティニアも手を止めると、マリアを見つめた。視線が合わさったことにより、マリアはティニアの手を握った。
「アルベルトに言われたの。周りが代わりに抱えることはできない。全部を抱えてやろうだなんて思うからダメなんだろって」
「…………」
「一気に全部を抱えようなんて思って身構えてるから、ダメだったの。私、ティニアが好きだから。でもティニアは、全部抱えてほしいとも、分けたいとも思ってないよね」
ティニアは直ぐに微笑むとマリアの手を優しく包んだ。
「あいつ、そんなこと言ったんだ」
「うん。ティニアの事、ちょっと話しちゃった。ごめんなさい」
「……別にいいよ。悩ませちゃって、ごめんね」
「ううん。これからもよろしくね」
「うん。よろしく!」
ティニアは嬉しそうに微笑むと、珍しく鼻歌を歌った。何かのクラシックの音であったものの、マリアにはその曲名がわからなかった。曲名を尋ねることは出来ただろうが、それでかわいい鼻歌を止めるのは忍びなかった。
ワンフレーズ鼻歌を終える頃には夕食も盛り終え、席に着くと、ティニアはゆっくりと語り出した。
それはお伽噺のような、懐かしい日々を語るかのような。
友との出会いと、別れの話を――。




