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⑦-4 スバらしさをシらない

 アルベルトは窓の向こうを見つめた。風が出てきているようだが、日差しは明るい。天候が回復する兆しの風なのだろうか。


「……橋を渡ったところのホテルだ。今は仮住まいしているんだ」


 風は全てを運ぶ。

 運命も風が運ぶのだと戦場で教えられたが、それは歩兵学校でもそうだった。


 銃撃だろうとも。

 風は、戦場でもいつもそばにあった。

 見えない死神のように。

 荒々しく、けたたましく、そして神々しく兵士を守る。


 窓へ視線をそらした男へ、ディートリヒは姿勢を崩さずに訪ねた。


「うん? ホテル住まいなのか」

「そう。監視も兼ねてたんだろうな」


 風の姿は気まぐれその者だ。

 海だろうが空だろうが、陸地だろうが山脈だろうが、関係なく存在する。


「監視ぃ? ……面倒臭いな、聞かなかったことにしよう」

「いや、冗談だよ。いい物件が見つからないだけだ」

「なんだ。其れなら早く言えよ。俺はミュラー不動産の大旦那だぞ?」

「そうだったのか。うーん、しかしなあ……」

「水臭いぞ。今更だろう? それとも過度に馴れ馴れしく為過ぎたか」


 ディートリヒは気の良い奴だ。それがまずの第一印象だった。お人好し、世話過ぎ、世間話好き、社交的。アルベルトには無いもの全てが揃っている。


 それはティニア然り、マリア然り、そして出逢ったばかりの神父アドニスも。よそ者の怪しい奴相手に、何も警戒などしていないかのような、気遣いの効いた警戒心。優しさとは自己犠牲でしか無いというのに。


「おい、どうしたんだ。本当に訳ありでティニアを口説いてたのか?」

「……否定はしないさ」


 目の前の二人はアルベルトを心配している。放っておいても関わってくるだろう。居心地がよかろうと、それだけは絶対に許されない。なにより、アルベルト自身が許さないのだ。


 ティニアは探し人の男ではなかった。ひどく、痩せ細った男だった。そして、ティニアは女性だ。性格も気丈に振舞い、そして愛らしい。


「目的の、探し人じゃなかったんだ、ティニアは。その、俺も事情があって好き勝手に動けなかった。貴女方を巻き込むつもりは無いんだ」


 アルベルトはコートの内側に閉まっていた紙に包まれた物を取り出すと、本をマリアに差し出した。


「二冊ある。一冊は、世界中の農園や花市場と契約し、花の商売をするという業界の動きを纏めたんだそうだ。金さえ払えば海外へ花束を届けられるシステムの詳細が書いてある。移民だろうと、金さえあれば利用出来るらしい」


 マリアが包装紙を丁寧に剥がすと、そこには新品の薄い冊子があった。写真がかなり多そうだ。


「え。これ、ディートリヒさんの奥様が勉強に行ってる事の本なの?」

「な、なんだって!?」

「ディートリヒさん、前のめりだけれど、奥様は出てないわよ。ねえ、いいの? これ高かったんじゃ無い。写真も多いし、元は英語だったよね、これ」

「それは知らないが。英語の雑誌記事を元にしたドイツ語版らしい。読めるだろ?」

「ありがとう、凄く嬉しい。イタリアの花屋も載ってる。凄い嬉しい」


 もう一冊はまだ包装紙のままだが、マリアはそれを剥がす気は無かった。


「二冊目はティニアへ?」

「いや、ティニアというか。それ、絵本だから」

「絵本?」

「なるほど、孤児にか」


 ディートリヒの頷きに、アルベルトも頷いた。丁寧に包装されている為、中身はまだわからない。


「たまたま貰ったんだ。最初はヘッセの書籍にしようと思ったんだが、既に読んでそうだったんでな。その時それが目について。開けて貰っていい、要らないなら持ち帰ろう」

「開けて良いの? 内容が過激じゃ無ければ喜ぶわよ」

「それなら良かった。多分有名だろうから」


 マリアは先ほどよりも慎重に紙を捲っていくが、すぐにタイトルより先に執筆者の名が眼に入った。


「サン=テグジュペリ……。あっ、星の王子さま?」

「お、当たりだ。良く知ってるな」

「流石に私でも知ってるわよ! 失礼だわ」

「しっかし、これは……。高かったろ」

「……そうなの?」

「そんなでもないさ」


 アルベルトはそういうと、そのままドアに手を掛けた。外は天気が回復しており、晴れ間が見えている。


「なんだ、本当に帰るのか? 物件はどうする」

「ミュラー不動産だろ、俺でも場所くらい知ってるよ。機会があればこちらから尋ねる」

「そうかい」


 アルベルトは振り返ると、マリアだけではなく、ディートリヒにも一礼した。


「知り合ったばかりなのに、楽しかったよ。また機会があれば」

「ああ」


 静かにドアが閉められ、最後まで気遣いを欠かさない。もう脅迫などされていないはずだ。


「監視か……」


 マリアの淹れた珈琲を飲みながら、ディートリヒは呟いた。マリアは聞こえない振りをするので精一杯だった。

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