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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode6「前奏曲 変ニ長調 作品28 第15番」
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⑥-4 診療所

 『アドニスが帰宅した』と呟くまで、ティニアのピアノは続いていた。そして何事も無かったかのように、神父を呼びに行ってしまった。

 彼女の演奏は、そこで途切れた。


 神父アドニスはティニアと共に教会に姿を現した。ティニアが説明したのだろう、特に警戒している様子はない。アドニスは丁寧に謝罪をするアルベルトを受け入れ、というよりは困惑した様子だ。


 ティニアは複雑な表情を浮かべ、二人を置いて教会を後にしようとした。アドニスは慌ててティニアに声をかける。


「もう行くのですか?」

「うん。もう少しで約束の時間だからね」

「約束?」

「診療所。定期健診だよ」


 ティニアはそれだけ言うと、そのまま教会を出ていった。アルベルトはティニアの出ていった教会の扉ではなく、ピアノの鍵盤へ視線を移した。


「どこか、悪いのか」


 アルベルトは眉をひそめた。アドニスは一瞬戸惑ったが、正直に説明することにした。


「……悪いところがないかを調べる。そういう健診ですから」

「そうか」


 アドニスはティニアの飾った花瓶に近づくと、その花を見つめた。花はスミレであり、孤児院の花壇で育てられた花だ。茎が折れてしまい、ティニアが切り取って飾ったものだ。


「神父は、ティニアとはどういうご関係で?」

「……腐れ縁、と言ったところですよ」


 アルベルトはアドニスからの回答に不満を感じたものの、それ以上言及する気にはなれなかった。



 ◇◇◇


 土曜の旧市街は朝から空が薄暗く、生憎の雨であった。今は小雨になり、滴り落ちる程度である。それに気付かず傘をさし続ける人達が数人、往来している。


 ティニアは傘をささずに旧市街を歩くと、診療所の扉を叩いた。すぐに白衣の女性が出迎えると、ティニアを奥へ案内した。


「こちらでお待ち下さい」


 そばかすのある看護師が、丁寧にお辞儀をすると、奥へ下がっていった。診療所の奥には病棟があるが、簡易的なものだ。

 大きな衝突音と、小さな悲鳴が聞こえたところで、病棟のカーテンをめくって眼鏡を直す男が顔を出した。


「ティニア、さん?」

「……うん、ティニアだよ」

「良かった。診察室へ行きましょう」


 男は白衣に身を包み、カーテンレールを慎重にくぐった。


「痛ッ」


 診察室へ入る前に、再び頭をぶつけると、特にそれ以外の動作もなく診察室へ入っていった。


「結構痛そうだね、レオン先生」


 天井を眺めながら呟く患者へ、眼鏡の医師レオンは苦笑いを浮かべた。


「なかなかに低めの設計ですよね、ここは」


 うんうんとうなずく患者を前に、レオンは眼鏡の向きを直した。


「ティニアさん、簡単な事から伺うのですが」

「アドニス神父が手渡してきた様子観察書みたいなのと、その神父が話したままなんですよ」


 レオンが言い終わらぬうちに、ティニアは前かがみになっていた。その様子からは焦りというよりも、早く終わらせて帰りたいという様子が垣間見える。


「うーん。記憶障害や心理的な症状も考えられますが、曖昧な記憶は今も戻りませんか?」

「戻っていないね。気付いた時には皆が驚いてたっていうか」

「ふむ……」


 レオンは腕を組むと、首をかしげながら思案に入った。その様子を見るとティニアは座り直し、椅子の背もたれに寄り掛かった。


「その後、その症状は?」

「今はまだ無いです」

「うーん。ちゃんと休めてはいますか?」

「休めています」

「うーん」


 レオンは再び腕を組んだが、目線はアドニスから手渡された紙を見つめる。ティニアはほとんど覚えて居らず、周囲に居た者の方が現状を把握できる状況だ。


「軽く、検査だけはしますが。宜しいですよね」

「うん」


 レオンはテーブルのベルを鳴らし、すぐに看護師がやってきた。

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