⑥-2 孤児院の日常
孤児院の土曜日は比較的自由だ。とはいえ、それは学校へ通わない子供達のことである。特に今日は職員の数が少ないため、外出も孤児院と教会の間の中庭のような場所だけだ。
今日は雨模様で、外に出たがる子供は少なかった。
ポツポツと落ちていた雨は、いつの間にか窓を叩く音に変わっていた。
雨音は、静かな背景ではなくなった。
元々孤児たちは学校でもあまり活動的ではなく、課外活動もあまりない。午後になれば、孤児院へ帰ってくる。
孤児に対するイメージは、いまだ良いとは言えない。
孤児たちの健康状態を知ることもさることながら、イメージを少しでも変えようと、ティニアは定期的に診察を受けさせている。
カタカタ、と窓が鳴る。
子供たちが顔を上げた。
ガチャリ。
孤児院のドアが開き、先ほど所用で出掛けたティニアが戻ってきた。
傘を畳む彼女の右肩は、雨に濡れていた。
話しながらタオルで雨粒を拭き取っていると、すぐに子供達が囲んだ。
お湯を片手に書類を見ながら、首を傾げるティニアの周囲は、幼子たちで溢れている。皆がティニアの真似をし始めた頃、シャトー婦人が広間へ戻ってきた。
「どうしたの? ティニアさん、何か悩み?」
「うーん。机や椅子が、もうちょっと欲しいなって思って。この際、作製を全部お願いしようかな?」
シャトー婦人のスカートの裾にしがみつく女の子が三人ほどおり、皆がシャトー婦人お手製リボンを髪に結っている。
「ああ、この間からそう言ってましたね」
「ま、そのうちアドニスがいい案出してくれるでしょう」
ティニアが書類をまとめて奥へ下がると、子供達がシャトー婦人に集まってきた。数人の子が寄付された本を手にしている。シャトー婦人が読む本を選んでいると、孤児院の扉がノックされた。
「お客様かな?」
ティニアの声に、子供達が玄関を見つめる。怯えた子はティニアの後ろに隠れた。人見知りや虐待によって、見知らぬ人を怖がる子供たちは多い。
「ちょっと待ってね。私が見てみるわ」
違和感を感じたシャトー婦人が扉を開けると、そこには赤茶色の髪の長身でコートを羽織った男が立っていた。
シャトー婦人が驚いて閉めようとすると、男は抵抗するのではなく、扉が閉まってから声をあげた。
「誤解ですって、もうちゃんと話はしましたよ!」
シャトー婦人は、男の危険は去ったと思っていた。知り合いのアンナから、浮いた話になったと聞かされていたからだ。
面白がった子供達が、奥から棒や本を持ってシャトー婦人の後ろに布陣したところで、ティニアが声を上げた。
「なーになになに、籠城戦ですかね!」
「なんでそんな嬉しそうなの! ティニアさん、あの時の男だよ」
「え」
「その声、ティニアか! 良かった。誤解を解いてくれ」
「あ。ああ~。君かあ」
狼狽えるシャトー婦人を横目に、ティニアは真顔で首をかしげた。
訪問者はアルベルトだ。
アルベルトはドア越しに不安を感じた。更にドアの前には子供たちが集まり、騒ぎ始めた。
「何? 攻め込むのに、随分と荒っぽいんだねえ。基礎がなってないよ。正々堂々は無理だって。奇襲するなら、門番に硬貨を握らせないとね」
「今はお道化けるタイミングじゃないだろ。後で聞いてやるからさ。なあ頼むよ。それに、俺はここに用事はないんだ」
「なに、じゃあどうしたの?」
腕を組んで会話するティニアを前に、シャトー婦人は目を真ん丸にして呆然と立ち尽くした。ティニアは困っているアルベルトのことを楽しんでいるかのようだ。ティニアはそれでも、扉を開けようとはしなかった。
「今教会に行ったが、仲の良さそうな老夫婦がいるだけだった。アドニス神父は、こっちか……?」
「ちょちょっと、ティニアさん。大丈夫なの?」
「あ~。うん、多分大丈夫だよ」
ため息と共に勘弁してくれという情けない声が聞こえた。子供たちは大騒動を予感していたが、大したことのない訪問者だと感じ、引き上げていった。その様子を見ながら、ティニアはようやく扉を開けた。シャトー婦人は驚きながらも、現れた男――アルベルトを上から下まで吟味した。
「や~。その後はちゃんと帰れたの?」
「帰ったよ。で、アドニス神父は?」
「告解部屋じゃあないだろうから、教会に居ないなら買い物じゃないかな。待ってたら帰ってくると思うけれど、神父は買い物の片づけが遅いからなぁ。帰宅してから教会に戻るのはその更に後かも。急ぎ?」
「急ぎといえば急ぎだが、都合が悪いなら出直すよ。あ、ご婦人。俺はアルベルトといいます。ティニアとは無事に知り合いになれましてね」
「は、はあ……」
あんぐりと口を開けたシャトー婦人に対し、ティニアはニヤニヤすると適当に話し出した。
「アンナさんの専用の、荷物の配達人だよ」
「えぇ~?」
「それは皆が本気にするから、お道化けるのはタイミングを見てくれ。後で聞くから……」
子供たちは気になるのか、チラチラとアルベルトを見つめた。だがすぐに興味は薄れ、子供たちは絵本を読み漁っていった。
「ふふふ、ごめんね。ちょっと行ってくるね」
ティニアは笑うと、シャトー婦人に孤児院を任せた。
傘をささずに、雨を避けるように小走りになるティニアの後を、アルベルトは慌てて追った。




