⑥-1 孤児院の朝
「おはようございます」
シャトー婦人の丁寧ながら大きな声は、土曜朝六時半に厨房へ大きく響き渡る。孤児院の厨房は食欲を誘う香りで満ちており、自然と子供達を身支度に誘う。
シャトー婦人は隣の教会へ礼拝に来ている常連の婦人であり、ボランティアで食事作りを手伝ったり、子供たちと遊んでくれる優しいご婦人である。
「おはよ~」
「今日はやけに暗いわね~」
「そうだねえ。寒いし、あんまり天気は良くならないかもねえ」
慣れた手つきでエプロンを胸に当て、腰のリボンを結ぶのは金髪碧眼の女性、ティニアだ。
シャトー婦人が丁寧に刻んでいた野菜が、湯気が溢れ出る鍋で煮込まれている。
「あとどれくらいで残りを入れるの?」
「ええ、それは入れないよ。トッピングだからね。……お芋の柔らかさはどうだい」
「見てみるよ」
ティニアは話しながらミトンを手に、大鍋の蓋を動かした。寒い厨房には食欲をそそる湯気が立ち伸び、鍋の中身が見えるまでしばし時間がかかった。
「あれ! これ、 ”ごった煮” じゃない!!」
「ええ? 神?」
「ああ、あだ名だよ。これ、アイントプフじゃないの?」
「あぁ」
シャトー婦人は、またかやれやれと彼女の元へ近づくと、鍋の蓋を開け、中身を見るように促した。
「よく見なよ」
「ああ。これ、ベルナープラッテか。ベルンの料理の」
ティニアは鍋の横に用意されていた陶器の平たい皿に、スライスされた厚みのあるじゃがいもにフォークを指した。
「お芋、丁度いいね。取り出すよ」
「それはいいけど……。ベルナープラッテはスープをかけず、具材を主に食す料理。アイントプフは、……ドイツの家庭料理でしょ?」
「…………」
「ティニアさん、それ。気をつけなさいよ」
「ごめん」
そういう彼女に悪びれる様子はなく、シャトー婦人は首を左右に揺らす。ティニアは皿に半分の芋を移すと、もう一枚の皿に残りを移動させた。
「……大丈夫? 今朝もやたらと早かったけれど、ちゃんと休めてるの?」
「うん。休んでるよ」
シャトー婦人はティニアからじゃがいもが大量に乗った皿を受け取ると、手早く盛り付けに取りかかった。今朝はまだ寒い、すぐに移し替えなければ冷めてしまう。
もうすぐ、腹をすかせた子供たちが皿を受け取りにやってくるだろう。
ティニアは別の大皿に厚切りにスライスされたソーセージを入れていく。その後でインゲン豆を別の皿に移した。
「ねえ」
シャトー婦人は慣れた手つきでじゃがいもを入れ終えると、ソーセージの皿を手に取った。
「なに?」
ティニアはインゲン豆を出し終えると、休ませていたパンを皿に乗せ始めた。小ぶりではあるものの、よく噛んで健康を保つ目的として、ライ麦を多く使っている。
「昨日、アンナさんに会ったんだけど」
「あれ、アンナさんまだこの町にいるの? ミランダの見送りに来てたけど」
「ううん、昨日は急遽入った仕事だって言ってたけど……」
「そうなんだ」
シャトー婦人は、アンナから文字通りの“ティニアの浮いた話”を聞いていた。
しかしティニアには色恋沙汰に悩んでいる素振りはなく、シャトー婦人はアンナの目論見が外れたことを悟った。
「……残念だわ」
「?」
シャトー婦人は溜息をついた。それでも、心の中では安堵していた。ティニアの周囲に現れていたという不審者情報が、安全になったからである。とはいえ、油断はできない。ティニアの止まってしまう症状は、今も続いているからだ。
やがて子供たちの足音が聞こえだし、孤児院は賑やかになってきた。
「おはよう。ティニアおねえちゃん、シャトーさん」
「おはよう。ああ、先にティニアからパンを受け取って、順番よ。パンのお皿にはチーズを乗せてからよ。その後にこっちの皿を持ってって。まだ駄目よ、これからインゲン豆を乗せるの。インゲン豆の乗ってるお皿から持って行ってね。ちょっと順番だって言ってるでしょう」
すぐに子供たちはティニアの列に並ぶと、その通りにしては調理場を後にしていった。その様子を楽しそうに眺めながら、ティニアは子供たちにパンを渡していく。
シャトー婦人もまた忙しそうに皿へ移し終えると、台所にティニアを残して子供たちの元へ向かった。




