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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode6「前奏曲 変ニ長調 作品28 第15番」
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⑥-1 孤児院の朝

「おはようございます」


 シャトー婦人の丁寧ながら大きな声は、土曜朝六時半に厨房へ大きく響き渡る。孤児院の厨房は食欲を誘う香りで満ちており、自然と子供達を身支度に誘う。

 シャトー婦人は隣の教会へ礼拝に来ている常連の婦人であり、ボランティアで食事作りを手伝ったり、子供たちと遊んでくれる優しいご婦人である。


「おはよ~」

「今日はやけに暗いわね~」

「そうだねえ。寒いし、あんまり天気は良くならないかもねえ」


 慣れた手つきでエプロンを胸に当て、腰のリボンを結ぶのは金髪碧眼の女性、ティニアだ。

 シャトー婦人が丁寧に刻んでいた野菜が、湯気が溢れ出る鍋で煮込まれている。


「あとどれくらいで残りを入れるの?」

「ええ、それは入れないよ。トッピングだからね。……お芋の柔らかさはどうだい」

「見てみるよ」


 ティニアは話しながらミトンを手に、大鍋の蓋を動かした。寒い厨房には食欲をそそる湯気が立ち伸び、鍋の中身が見えるまでしばし時間がかかった。


「あれ! これ、 ”ごった煮” じゃない!!」

「ええ? 神?」

「ああ、あだ名だよ。これ、アイントプフじゃないの?」

「あぁ」


 シャトー婦人は、またかやれやれと彼女の元へ近づくと、鍋の蓋を開け、中身を見るように促した。


「よく見なよ」

「ああ。これ、ベルナープラッテか。ベルンの料理の」


 ティニアは鍋の横に用意されていた陶器の平たい皿に、スライスされた厚みのあるじゃがいもにフォークを指した。


「お芋、丁度いいね。取り出すよ」

「それはいいけど……。ベルナープラッテはスープをかけず、具材を主に食す料理。アイントプフは、……ドイツの家庭料理でしょ?」

「…………」

「ティニアさん、それ。気をつけなさいよ」

「ごめん」


 そういう彼女に悪びれる様子はなく、シャトー婦人は首を左右に揺らす。ティニアは皿に半分の芋を移すと、もう一枚の皿に残りを移動させた。


「……大丈夫? 今朝もやたらと早かったけれど、ちゃんと休めてるの?」

「うん。休んでるよ」


 シャトー婦人はティニアからじゃがいもが大量に乗った皿を受け取ると、手早く盛り付けに取りかかった。今朝はまだ寒い、すぐに移し替えなければ冷めてしまう。

 もうすぐ、腹をすかせた子供たちが皿を受け取りにやってくるだろう。

 ティニアは別の大皿に厚切りにスライスされたソーセージを入れていく。その後でインゲン豆を別の皿に移した。


「ねえ」


 シャトー婦人は慣れた手つきでじゃがいもを入れ終えると、ソーセージの皿を手に取った。


「なに?」


 ティニアはインゲン豆を出し終えると、休ませていたパンを皿に乗せ始めた。小ぶりではあるものの、よく噛んで健康を保つ目的として、ライ麦を多く使っている。


「昨日、アンナさんに会ったんだけど」

「あれ、アンナさんまだこの町にいるの? ミランダの見送りに来てたけど」

「ううん、昨日は急遽入った仕事だって言ってたけど……」

「そうなんだ」


 シャトー婦人は、アンナから文字通りの“ティニアの浮いた話”を聞いていた。

 しかしティニアには色恋沙汰に悩んでいる素振りはなく、シャトー婦人はアンナの目論見が外れたことを悟った。


「……残念だわ」

「?」


 シャトー婦人は溜息をついた。それでも、心の中では安堵していた。ティニアの周囲に現れていたという不審者情報が、安全になったからである。とはいえ、油断はできない。ティニアの止まってしまう症状は、今も続いているからだ。

 やがて子供たちの足音が聞こえだし、孤児院は賑やかになってきた。


「おはよう。ティニアおねえちゃん、シャトーさん」

「おはよう。ああ、先にティニアからパンを受け取って、順番よ。パンのお皿にはチーズを乗せてからよ。その後にこっちの皿を持ってって。まだ駄目よ、これからインゲン豆を乗せるの。インゲン豆の乗ってるお皿から持って行ってね。ちょっと順番だって言ってるでしょう」


 すぐに子供たちはティニアの列に並ぶと、その通りにしては調理場を後にしていった。その様子を楽しそうに眺めながら、ティニアは子供たちにパンを渡していく。

 シャトー婦人もまた忙しそうに皿へ移し終えると、台所にティニアを残して子供たちの元へ向かった。

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