④-2 距離
シュタイン・アム・ラインはまだ明るいが、夜に変わりはない。
それでも辺りは薄暗くなり、黒みがかった群青色の空が、辺りを覆い隠していく。
食事を終え、当たり前のように皿を重ねて運ぶティニアを、アルベルトは呼び止めた。
「皿くらい運ぶから、洗い出していいぞ」
「え、あ。……うん」
「どうした。俺が洗おうか?」
「えっ……。ううん。へーき」
ティニアは何か言葉を伝えようとしたが、そのまま大人しく皿洗いに戻ってしまった。マリアは、ティニアとアルベルトをぼうっと見ていた。
アルベルトは皿を重ねだした。カチャカチャと静かに鳴る食器の音は、アルベルトと皿を洗うティニアから聞こえてきている。
「お前は本当に、単純だな」
「…………」
アルベルトは皿を重ねたまま持ち上げずに、マリアの返答を待っていた。
なんとなく悔しい、みじめな気分で恥ずかしさが込み上げてきた。
「別に貶してるわけじゃないぞ」
「貶してるじゃない。どうせ私は単純で世間知らずよ。手伝おうともしない、ね」
「だから、貶してないって」
横目でマリアはアルベルトを見つめていると、視線が重なってしまった。マリアは気まずさ故に、また項垂れた姿勢へ戻ると、頭を抱えテーブルに突っ伏した。
アルベルトは少し困ったような表情を浮かべ、皿から手を離してマリアの隣へ座った。特に何も言葉を発するわけでもなく、そのまま隣で座り込んでしまったのだ。
観念してマリアが顔をあげると、男は思いつめたような表情で遠くを見ていた。
「悪かった。お前の反応が面白いから、つい言いすぎてしまった」
「……え?」
あっさりと謝罪するアルベルトからは、軽い感じは見られない。
アルベルトは手を組むと、視線を下へ向けた。言葉を選ぶかのように、口を開いては閉じることを繰り返し、眼が泳いでいく。何故謝られたのか、マリアには見当がつかなかった。
「俺は、これが当たり前だっただけだ。相手の顔色をいちいち伺って、ご機嫌取りして。失敗すれば食事は無し。ぶたれるからな」
「…………」
恐らくそれは軍隊や軍学校での事ではなく、孤児院での話だろうか。アルベルトは尚も遠くを見ており、瞳はより暗く歪んだ。
静かになった部屋には、ティニアが食器を洗う音だけが聞こえてくる。
「そうやって、いちいち色んな事に反応して。感情的になって。自問自答して。ああすればよかった、こうすればよかったと思うんだろうな。普通は」
青く、赤く、そして金色の空が窓の外に広がっている。カーテンは開いたままであり、その様々な色はアルベルトの心を表すかのようだ。
「あんたは違うの?」
「そうだな。常に悪いのは自分自身であり、それが理で、普通だったんだ。正しい事をしたところで、相手がご機嫌を損ねたのなら、それは失敗なんだよ」
アルベルトは、吐き捨てるように言った。
「アルベルト……」
マリアは無意識に男の名を口にしていた。
マリアは過酷であった、幼少期を思い出していた。
レイスや所長、アウローラの仲間たちは優しかった。
家族であると、胸を張って言えた。
その家族が、優しさが、アルベルトの幼少期には無かったのだ――。




