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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode3「混ざり合う糸」
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③-7 なんて悪い冗談を

「な、な、な………………ッ」


 夕食の買い物に出ていたマリアは、帰宅したとたんに奇声を上げた。紙袋からは林檎が転げ落ち、床を転がっていった。その林檎を拾い上げたのは、長身の赤毛男だった。想像の斜め上を突破し、月まで到達してしまう勢いだ。


「なんで、あんたがここにいるのよ!!」


 マリアはわかりやすい程、震える人差し指で遠慮なく指をさした。男は出会った時と豹変しており、かなり気の抜けた服装で、住み慣れた彼女たちの住処にソファーに座り、寛ぎながら読書をしていたのだ。


「あ~、なりゆき。ですかね」

「適当なこと、言ってんじゃないわよ。どうやって入ったの? 衛兵呼ぶわよ!?」


 男、アルベルトは特に視線を合わせようとはせず、その瞳はゆっくりと文字を追って横へと動くと、次のページをめくっていた。


「うーん。別に呼んでもらっても、構わないですよ。困るのはそちら、かと」

「はああ!? ちょっと待って、あんた本当にアルベルトなの?」

「ええ、そうですよ。ちゃんと、アルベルトさんですよ」

「うそでしょ、だって…………」

「あ~、ティニアが言ってましたよ」


 尚も目線を合わせず、口元だけニヤつかせる男に対し、怒りと恥ずかしさだけがこみ上げる。


「貴女は、ちょっと世間に疎くて、危なっかしくて、そしてちょろいって」

「んなッ……」

「ああ、丁度。彼も言ってますね」

「………………」

「ヘッセも、女友達が当たり前のように依存してきて、重たいってさ」

「ちょ、そんなわけないでしょ! よくもまあデタラメをペラペラと……、あなたねえッ」

「あれ、マリア。おかえり~!」


 台所からエプロン姿のティニアが顔を出すと、ボールで何かを混ぜているところだった。特に変わった様子もなく、いつも通りの彼女だ。マリアを確認すると、すぐに料理台へ戻ってしまった。


「お、おかえりじゃないでしょ!? なんなの、こいつ……!!」

「あー、うん。そう思ったんだけどさ。なんか、ついてきちゃったんだよ」

「ついてきちゃった、じゃないでしょ!? 犬じゃないのよ!? どーすんのよ!!」


 文字通り慌てふためくマリアに対し、アルベルトは思わず吹き出した。


「俺は一応ワーグだから、北欧神話でいう魔狼としたら……。少しはイヌ科に含まれるかもしれないな」

「えー、なに君、犬宣言? 勘弁してよねえ~。犬は飼えないよ」


 ティニアはフライパンの音を響かせコンロに置くと、いい音を立てて肉団子を焼き始めた。音の後から香ばしい香りが部屋を包み込む。横の鍋はおそらく、彼女得意のグラーシュ、煮込みシチューだろう。


「お前さあ」


 やはり読書したそのまま喋り出す男に、マリアは無言で男を睨みつける。すると、気配に気付いた男がニヤニヤと見つめてきた。


「男だろうが女だろうが、重たい人は嫌われるぞ」

「はぁ!?」


 失礼なことを平然と言ってのける男は、マリアを見つめたまま含み笑いを始めた。男は素で、隠し事をしている様子もない。しかし、そのからかい方には、なんともトゲがあった。

 マリアは以前ミランダに言われた、怒りっぽいところを恥じていた。そして、ティニアへの依存を振り切ろうとしている今、男の言っていることは心にグサリと突き刺さる。


「いくら何でも、構いすぎだろ。心配しすぎだ。なんでもそうだが、限度っていうものがあるだろ。過度な干渉や依存は、信頼に亀裂を生むだけだぞ」

「なんなの、さっきから……。この畜生イヌ……!!」

「あーそれ、ティニアを前にしても言えるかな」

「なんですって!?」

「ちょろいネコさんだなあ、お前」

「ふざけないでよ! ほんと、なんなの?」


 すると、アルベルトは吹き出すと腹を抱えてひとしきり大笑いし、目からは涙がこぼれた。男が最初に語っていたように、とても三十歳には見えないのだ。寧ろもっと年若く、十代のようにも見える。無邪気に笑う、この男の変わり身に困惑していると、ティニアが台所から二人に呼び掛けた。


「仲がいいのは別にいいけど、なんで二人とも当たり前のように手伝おうとしないんだよ?」


 ティニアはじゃがいものすり潰しを丸め始めていた。肉団子を焼いている最中に、じゃがいもの団子、クロースを作るつもりのようだ。


「仲良くお喋りしてるのはいいことだと思うけれどね」

「ああ、すぐ行くよ」


 アルベルトはすぐに本に栞を指し、当たり前のように台所に向かおうとした。マリアは慌てて男を追い抜くと、男に鞄を投げつけた。


「その鞄、ティニアからの贈り物なの。雑に使ったら嫌われるわよ」

「お前、投げて寄越した癖に……」


 マリアは振り返り様に、アルベルトへ舌を出して見せると、そのまま台所へステップを踏みながら駆けていった。


 久しぶりだった。

 アウローラの皆を探す日課も忘れ、和やかな日常が戻ってきたかのようだ。

 壊れかけの時を、疑うこともなく――。

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