③-4 金色を持つ
ティニアの静かな微笑みは、滅多に微笑まないレイスの微笑みそのものだった。それでも、今は感傷に浸る場合では無い。
落ち着いた表情を見せていくティニアを見て安心したマリアは、聞いたばかりの男の身の上話をゆっくりと話し出した。
「シチリアのね、孤児院で育ったそうなの」
ティニアは押し黙った。
素直に言葉通り驚く彼女に、マリアは違和感を覚えた。
「こ、孤児院って……。え、御両親や、御家族は?」
まるで親しい人の略歴を聞いたかのように、ショックを受けている。
「1928年ごろに孤児院に入ったっていっていたかな」
「1928年……」
「歳も、孤児院に入ったときに調整されたとか、変なこと言っていたわ」
「そうなんだ……」
軽快に言葉巧みに相手を自分のペースに乗せるのが、いつものティニアだった。
押し黙り、何かを真剣に考えているその様は、初めて見る。
本来の彼女の癖なのだろうか。
普段通りの彼女の仕草が、まるで演技のように感じられた。
――演技。
男アルベルトも、実は演技で、全てが偽りなのかもしれない。
それでも、マリアは感じたことを素直に伝える方法をとった。
「嘘をついてるようには見えなかった。多分、後で私がティニアに話せるように、詳細を話したんじゃないかな」
「計算高そうな人だね」
「うん。酷いことしちゃったけど、でも信用できる気がする。……男は名前も名乗ったけど、聞く?」
「うん」
マリアは立ち上がると、ポケットからマッチを取り出し、ランタンを灯した。
「まだ明るい夕暮れ時に、まだ早いけれど。炎って綺麗だよね」
「うん」
それでも、炎を見ると安心できる。そう思ったのだ。
ランタンの炎を見つめるティニアは、どこか懐かしそうだった。
「男はね、アルベルト・ワーグって名乗ったわ」
「…………」
「とにかく、そこまで警戒しなくても良いと思う。私も傍に居るから、ね」
「うん……」
「うん。まずは、ご飯食べようよ。まあ、作らなきゃいけないんだけど。支度したら、台所いくから」
マリアは急いで自室へ戻ると、羽織っていたコートをベッドに投げ捨てた。
着なれないエプロンを身に着けると、そのまま台所へ入った。
ティニアはエプロンを前に、何かを考え込んでいるようだった。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
ティニアはいつものように瞳を輝かせると、自然な笑顔絵を向けた。
無理に笑っているわけではないものの、その姿には不安を覚える。
ティニアはエプロンを手馴れた手つきで付けると、ライ麦粉に触れた。
そして汚れた手を、パチンと合わせた。すると、珍しく神に祈るように手を握り合わせる。
「どうしたの? 主に祈るなんて、アドニスが見たら卒倒しそうよ」
「ふふふ。美味しいパン出来ますようにって祈ると、美味しくなるんだよ」
彼女が話を逸らそうとしたのはわかったものの、今はこれでいいと思い、共にパン生地を練っていった。
◇◇◇
その後は美味しく夕食を食べ、それなりの夜を過ごした。
夕食を終えると、ティニアはすぐに自室に引き籠って、朝まで起きない。
いつものルーティーンだ。
いつも遅くまで勉強をしているマリアだったが、この日はベッドに横になっていた。
ベッドの中で、ティニアの送迎について悩んでいた。必要なのだろうか、と。
朝の散歩を兼ねた通勤時間のお喋りは、二人の距離を縮めてくれる。
だが、ティニアの日課、朝の礼拝をする時間はなかった。
マリアが起きれなかったというわけではないが、ティニアが遠慮をしたからだ。
マリアは目を閉じた。
カリカリと、時計の針の音だけが部屋に響いている。
ティニアの部屋からは、何の音もしない。
いつものことだ。
ぺラルゴが休業しているため、明日は仕事が休みだ。
仕事があればよかったと、ため息をついた。
花に向かい合えたら……。
過去を忘れたいわけではない。
ミランダの渡航、新しく通うメアリーの花露店。
新たな環境が、マリアを待っている。
銃を持たない生活は、レイスが望んだマリアの未来でもある。
「このまま、平和に暮らせたら……」
マリアの意識は、ゆっくりと眠りについていった。
◇◇◇
朝を迎えた。
朝焼けが妙に輝やいていた。
ティニアがいうには今日の天候は良くなるという。
考えた結果、マリアはティニアを孤児院まで送るのを辞めた。
心配だったが、朝にはいつも通りだったティニアがいた。
ティニアは「いってくるね」といって出勤していった。
残されたシェアハウスにはマリアだけが残った。久しぶりの休日に、マリアはうんと背伸びをした。
「よし! フローリストの勉強しよう!」
そう意気込むと、町の花屋を目掛けて駆け出していた。




