③-2 打ち明けてもらうには
住み慣れた家は灯りが付いておらず、まるで無人の家のようだった。
マリアは不安な気持ちを抑えられず、玄関のドアをノックした。
応答は無い。ドアは鍵が掛かったままだ。
わざと音を立てながら、ドアの鍵を開ける。
「私よ、マリアよ。 ……ティニア、いる?」
リビングは薄暗く、誰の姿も無かった。人の気配はあり、ティニアの部屋の扉は開いている。
「居るんでしょ?」
ティニアは自室に居てくれたものの、その姿は安心とはほど遠い不安にマリアを駆り立てた。ティニアは床に座り込み、膝を抱えたままうずくまったまま動かない。
「ティニア、大丈夫……?」
応答は無いものの、呼吸に合わせて肩が揺れている。呼吸はゆっくりとしているものの、酷く浅いように感じられた。
「……何か、あった?」
ティニアは短く頷いただけで、顔を上げる気配がない。手には、大切そうに懐中時計が握られている。普段から哀しげに見つめている、懐中時計だ。懐中時計は傷だらけで、年季が入っているのがわかる。
何年か前に話していた。
とても大切な人からもらったのだと――。
「声、……掛けられたの?」
ティニアは呼吸を止めると、そのまま体制で激しく首を横に振った。
金髪の柔らかな髪が大きく揺れた。
「知り合い、なの?」
「……わからない」
聞きなれた彼女の声。震え、絞り出したかのようなそのか細い声は聞いたことがない。
それでも、問いを投げかける気にはなれなかった。
アルベルトの言う、ドイツのポツダムに居たという、ティニアと似ているようで違う、知り合いの男。
レイスではなく、それはティニア本人なのではないだろうか。
そして、彼女はポツダムからこの地へ、事情を抱えて避難してきたのではないか、と言うこと。
目の前で塞ぎ込む女性は、ドイツから来たのではないか。
ドイツへの思い入れも、他の者よりもずっと強い。
「……わからないというのは、身姿が変わってしまったと言うこと? それとも、誰なのかわからない、と言うこと?」
「よくわからない」
「ティニア……」
アルベルトは嘘などついていないようだった。教会を訪れたのは、ティニアを探していたからかもしれないが、偶然かもしれない。
どんな男にも靡かず、器用に躱していくティニア。彼女なら大丈夫であるという、大前提の憶測は外れてしまった。
マリアは勝手な解釈をしていたのだと思い知った。
マリアは心の奥底が釘で刺されたような痛みを感じた。
ティニアのことを、知ろうとしてこなかったと気付いたのだ。
ティニアの手作りである、くまちゃんのぬいぐるみが、二人を眺めている。
ティニアの好きなくまちゃん。その理由さえ、何も知らない。
マリアとて、レイスに似た人を前にしたとしたら、抑えることが出来ただろうか。否、出来ないだろう。
アルベルトと同じだ。
ただ、目の前の女性は、こんなにも怯えている。
少しずつ、彼女の心を溶かすにはどうすべきなのか。
マリアはその場にしゃがみこむと、ティニアをゆっくりと抱きしめた。




