表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode2「金色に出会うまで」
26/72

②-6 お節介

 アンナは不機嫌そうに男を睨みつけたが、その表情は一瞬で緩んだ。

 目の前には、整った顔立ちの長身男が凛々しいコートを羽織って佇んでいた。

 アンナは頬を赤くし照れながら、男を足元から顔までじっくりと眺めた。


「なんだい……、こっちは取り込み中だよ」

「申し訳ありません。貴女のスーツは今話題のあのブランドのものですね。美しい貴女にとてもお似合いですよ」

「……あ、あらまあ。ありがとう。よく知ってるわね」


 一見紳士のような振る舞いと褒め言葉に、アンナは照れた表情を浮かべた。言葉には発言のような軽さはなく、感情がこもっていたためアンナは逆に罪悪感を抱いてしまった。


「あの、大変申し訳ないのですが」

「? どうしたんだい?」


 男は、アンナの背後に手のひらを広げた。アンナが振り返ると、先程まで会話をしていた金髪碧眼の女性の姿が消えていた。


「あれ? ……ティニア?」


 慌てて辺りを見渡すアンナは、一瞬男の存在を忘れた。


 女性の名を聞いた男は、一瞬、時が止まったかのように固まった。

 そして、心当たりを探すかのように小さく呟いた。


「ティニア、と仰るのですか」

「……あの子、何処へ」

「申し訳ありません。美女たちの談笑を邪魔してしまい」


 男は申し訳ないと言わんばかりに、胸に手を当てると、丁寧なお辞儀をして見せた。


「やめとくれ、美女だなんて! あの子は判るが、さすがにあたしは……」

「いえ、貴女は大変美しいですよ。その麗しの瞳がそれを物語っています。大変お優しい心を御持ちとお見受けします。ところで、先程の女性なのですが……」

「あ、ああ、ティニアね。ティニアは綺麗だろう?」

「ええ、綺麗ですね」

「だろ? 浮いた話はとんと無いんだが、まああの子は見た目とは違う性格をしていてねえ」

「違う……、性格ですか」


 男は頷きながら、ティニアのいた方角を見つめる。気配すら残らない空虚を見つめたまま、何かを考えているようだった。

 すると男は、思い出したかのようにアンナを見下ろした。

 アンナは口元を緩ませると、男へ向かった。


「そうなんだよ。見た目じゃ清楚な感じに見えるんだろ。でも男に声を掛けられたって、適当に言いくるめて、お道化てやってね。要するに、更に心を奪っていっちまうんだ」

「なるほど。物静かで淑やかそうに見て、近付いた卑しい下心のある男相手に、無邪気に返してやった上に愛らしく微笑んでしまうと」

「そこまでは言ってないけど。まあ、そうさね。そういうことさ」


 少し考え込んだ男は、アンナに一つの質問を投げかけた。


「ティニア嬢がどちらに向かったのか、ご存じではありませんか?」


 アンナは分かりやすい程のしたり顔を作って見せた。


「なんだいあんた、ティニアに惚れた口かい」

「ええ、そんなところですよ」

「なるほどねえ」


 男は少し照れたように口元に触れた。


 アンナは仕事で使う目利きの眼をフルに使い、男を上から下まで分析した。アンナのスーツは知り合いの新作であり、布も最高品質だ。広告用のスーツなのだから、当然である。

 しかし、男のスーツもまた品質は良く、何よりデザインから高価なものと見て取れる。余程の金持ちであろう。


「言っておくけど、あの子を落としたいなら、それ相応の身分や金なんてまるで意味が無いからね。どこぞの王様だろうと、あの子は口説けないよ」

「なるほど。周囲の男が愚かで助かりました」

「へえ、言うじゃないかい」

「お眼鏡に適いましたでしょうか」


 男は胸に手を当て、アンナを見つめた。何かのオーラを感じ、アンナは眩しそうな仕草をして見せた。

 周囲の若い娘の何人か男を見ている。アンナはかけてもいない眼鏡を整えると、目を細めた。

 男はアンナの目が光ったように感じられた。


「あんた、スイス人じゃないね」

「ええ、そうです」

「怯まないんだねえ。このご時世で」

「ええ。ここでは、男が女性に声を掛けるのは珍しいようで、隠してもすぐにバレてしまう様でね。反応がとても新鮮で愛らしいのですよ」

「へえ、言うねえ」


 アンナは自分の勘を信じてみることにした。

 その予測結果は不十分であったが、アンナは気にしない。

 手に持っていた本を見せるように持ち上げて見せると、アンナはあくどい顔をした。


「実は、この本をあの子に贈ろうと思ってたんだよ」

「ふむ。話題のヘルマン・ヘッセですか」

「おや。あんたわかるのかい」

「わかりますよ。特にその本は詩集ではありませんでしたから、ずっと未読だったのです。実は偶然にも、昨晩読み終えたところです。ただ最近になって急に……」


 男はそう言いながら、胸ポケットから薄い書籍を取り出した。著者は偶然にもヘルマン・ヘッセである。


「おお、あんたも好きなんだねぇ。急に皆して、読むのをやめちゃったんだからびっくりだよ。あの子はヘッセが好きだから、そんなことは気にせず読みたがるだろう? だから、わざわざ持ってきたんだよ」

「そうだったのですね。それは大変失礼致しました」


 アンナはおよそ五十年後の東国の島国にあふれる貴婦人のごとく、男をバシバシ叩き出した。男は体勢を崩すことはなかったが、多少驚いていた。


「そこで、だよ! あんた、この本を届けてくれないかい?」

「……私が、ですか?」

「そうさね。私はこれから友人と会わなくちゃ行けなくてね。それで友人を早く解放してやらなきゃ、友人の旦那がごねちゃうんだ」

「それは構いませんが……。彼女が何処へ行ったのかを、私は知らないのですよ」


 男の紳士のような態度を前に、アンナは当然のように本を手渡した。


「あんた、土地勘はあるかい?」


 アンナは男を手招きした。

 不思議に思いつつ、男が身をかがめた。アンナはこれまで以上のしたり顔を作ると、男に耳打ちした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ