②-2 不穏な足音
ティニアと孤児院の前で別れたマリアは、ラーレだった時の記憶を思い返していた。
傭兵団であるアウローラの拠点で暮らしていた。
未だにアウローラや仲間たちの情報はなく、まるで闇へと消えてしまったかのようだ。
無力な幼い少女に過ぎなかったマリア。少女は生活のすべてをレイスに頼り切っていた。
隣で共に闘える、背中を預けられる存在になりたかった。
その我儘は、レイスを血で染め上げた。
あの時の行動は正しかったのか、今でも自問自答を繰り返してしまう。
その上で思い出すのは、やはりアルビノの少年のことであった。
一体自分は何であるのか。
断片的に見える、紫がかった青空の景色は何なのか。
奴らの狙いがマリアなのは、何故なのか――。
それを言葉にしてしまえば、何かが終わる気がしていた。
「ふう」
花屋ぺラルゴの店内で、花の水替え中にマリアは特大の溜息をついた。店内に客はおらず、一緒に働いている女店主ミランダ・ミュラーは、振り返らずに耳だけをマリアへ向けた。
「どうしたの? 考えごと?」
喋りながら、ミランダは植木鉢の手入れを器用にこなしていく。
店内には、枝を剪定していく軽い音が響いている。
マリアもため息をついて入るものの、手の動きは止まっていない。
「うん。花のことを考えていたの」
「そう。花は美しいから罪ね」
それでも、今はもう違う。
花の名が花によって異なるように、今をマリアとして生きている。
マリアは、カートに乗せる植木鉢を並べてみた。
一つとして同じ植木鉢はなく、それぞれが違う植物だ。
ティニアはレイスによく似ている。だが、それは誤解だった。
「手入れをすればするほど、まるで似ていないね」
独り言のような言葉を、ミランダは黙って聞いていた。
雨が降り出したのか、窓ガラスに雨粒の当たる音が聞こえてきた。
不意に、マリアの動作が止まる。
「あまり一人で出歩かないで欲しい。散歩したいなら、私が出勤するときに遠回りしたっていいから」
「そうね。ティニアがいくらしっかりしていても、こればっかりはね」
「男について、本当に思い当たらないの?」
「うーん。知らなかったみたいだけど……」
「赤毛の長身男らしいわね」
「……うーん」
不審者の話をした時、ティニアは返事をせず、指先で服の端をつまんでいた。
雨だけではなく、風までもが強くなってきた。
あれからティニアは普通に過ごしているが、マリアの心配が消えたわけではない。
強引に肉料理を食べに連れ出した翌日から、マリアとティニアの間にある壁は無くなっているように感じられた。
その距離感が縮まったと感じているのは、自分だけではないだろうと、マリアは思った。
「帰ったら、またゆっくり話せばいいんだわ。だって、一緒に住んでいるんだもの」
無意識に呟いたことに気付き、照れ笑いを浮かべながら、マリアは花の水替えをしていった。
心のざわめきを、振り払えないまま――。




