①-10 それでも平和にしがみつく
「え。何の騒ぎ?」
声の主は、落ち着いていた。何のことか見当もつかず、首をかしげた。
「え!?」
「なに? どうしたの?」
ティニアはマリア達を見つめていたが、すぐに子供たちに囲まれた。じゃれつく子供の頭を、柔らかい微笑みで撫でていく。
「ちょっと、ティニア。あなた、大丈夫なの?」
「え? なに、ボクやばいの!? 物理法則でなんとか超えられないかな」
「おねえちゃん、やばいの!? ぶつりほうそく、こえちゃうの!?」
「やっばーい!」
子供たちとお道化てみせるティニアは普段と変わらず、余計に不気味さを感じる。
「ちょっと、ティニアこっち来て!」
「おわっ」
マリアはティニアの腕を掴み、子供たちにウインクしながら物陰に連れ込んだ。しかし、ティニアは普段通りであり、素のままであった。
きっと疲れが出たのだろう。だとすれば、必要なのは休息である。
「もう! 一気に物事が起こりすぎよ!」
「え! ごめん、なに! え?」
「もう、あなたって本当に。……はぁ、仕方ないわね」
「え?」
ティニアは真っ直ぐマリアを見つめている。彼女の青い瞳は透き通っているものの、彼女本来の意志の強さそのものだった。その瞳は、逆に心配してマリアを見つめている。両者の身長差はほとんどなく、自然と目線が合わさる。
マリアは物陰から顔を出すと、皆に向かって公言した。
「あの! 本日はティニアを連れて帰ります! これは、私のワガママです! また明日、ごきげんよう!」
「ふええ!?」
「ほら、ティニア! 二人で久々に、そうだ! 肉でも食べに行こう!」
「ふええ……!?」
はてなマークを頭の上に浮かべているであろうティニアに対し、マリアは照れ顔で呟いた。その様子を見て、アドニスや夫人たち、子供たちの表情も和らいでいる。
外に出たところで、マリアはティニアを抱きしめて叫んだ。
「もー、本当に! いつも、わけわかんないのよ。まじ!」
「??????」
朱色の髪を靡かせ、かつて少女だったラーレはマリアとして、呆けたティニアを引っ張っていった。
例え、同じ青い瞳がレイスと異なるとしても、今のマリアには関係ない。ティニアの少し癖毛で短めの金髪が、レイスのストレートで風になびく毛並みと似ても似つかぬとしても。
既にマリアの中に芽生えてしまったティニアへの想いが、感情が、レイスへ向けたものと異なるのも当たり前のこと。
レイスは確かに、姉であり、母だった。
ティニアは、命の恩人であり、今を共に生きる友人。
比べること自体が、一番許せない。何に囚われ、何に執着していたというのか。
懐かしい思い出に浸るだけの、無知で無力なラーレとは違う。
そんなくだらないエゴで、大切な二人を比べようなど、おこがましいとしか思えない。
「自分で自分が、一番自分が許せない」
マリアはティニアに聞こえてもいいように呟いた。手を一方的に引かれたままのティニアは、呆気にとられたままだった口を開けていた。が、確かにその呟きを耳にした。
ティニアは肩の力を抜き、僅かにゆっくりと呼吸すると、静かに微笑んだ。そしてマリアに歩調を合わせ、隣に並ぶと手を繋いできた。
マリアは少し照れた表情を浮かべながら握り返すと、二人の足取りは、先ほどよりも軽やかに弾んでいった。




