①-9 再び日常は欠ける
孤児院ではすぐに昼食の準備となり、子供たちは手を洗いにいったり、年少の子供たちを席に座らせたりと、慌ただしく動き始めた。
不安に駆られたマリアはその場に残った。子供たちが食事をする時間になると、連絡していたミランダが駆け付けてきた。
ミランダは財団に属しているのか、孤児院へもよく出入りしている。
そのままマリアも子供たちの食事に付き添ったが、ティニアの姿はなく、アドニスの姿もない。
片づけがひと段落したところで、シャトー婦人がミランダとマリアを呼んだ。その表情は硬い。
「二人とも、助かったわ。ありがとう」
「構わないわ。それより、ティニアはどうしたの?」
「……。マリアさん、一緒に暮らしているって聞いてるけど、ご自宅でティニアさんの様子はどう?」
「どうって、別に何も……」
「正直に話すと、過去にもそうなっていた時があったの。でも、二月に入ってからは特にね。……彼女、時々動かなくなってしまうのよ」
「動かなくなる……?」
ミランダとマリアは同じ反応をしてしまった。ミランダは旦那と共に、財団の関係者だ。そのミランダさえ知らないことに、マリアの胸はざわついた。
「なんていうか……。こう、表情が固まってしまって、眼の焦点が定まってないような感じでね」
「それは、さっきのような?」
「……そうなの。気を失っているわけでもないのだけど、会話が成り立たないというか。後から聞いても、誤魔化しちゃってね」
「え。そんな様子、全然無かった……」
マリアがショックを隠せないことに気付き、ミランダが優しく声をかけた。
「ティニアの事だから、うまくやっていたんだと思う」
「心配なんだけど、それは別としてさ」
神妙な面持ちのシャトー婦人は、マリアとミランダの顔を交互に見た。
「二週間前から、変な人が教会に来るのよ」
マリアもミランダも、隠すことなく不機嫌な表情を浮かべた。当然話そうとしているシャトー婦人もだ。
「神父の話では、前から祈りに来てるだけの人らしいの。二週間前くらいから、名前を訪ねてきたり、どんな人なのか聞きだそうとしていてね」
「完全な不審者じゃない。アドニスさんは、何をしていたのよ」
「アドニス神父も、ずっと適当に交わされていたのだけど。……一昨日の話よ、以前ティニアに町で出会って、声をかけたっていうじゃない」
「は?」
「最近のティニアさん、すごく疲れている感じがしてね……。実はさっきも、教会にそいつがいたのよ」
「はあ?」
マリアの声はかなり大きくなり、こちらを見る子供たちまで現れた。
「ちょっとマリア、抑えて」
「どうやっても抑えられないんだけど、なるべく努力するわ。……それで?」
マリアは身を乗り出すと、そのまま食いつくように前屈みのまま話を聞き続けた。
「えっと、別の人が話しかけて足止めしてくれてたから、私が孤児院に行って声をかけようと思ったの。そしたら、ティニアさんはすぐ外にいるじゃない。だから慌てちゃって。そしたら、ティニアさんが動かないから……」
心配そうに腕を組むと、シャトー婦人はそのまま回想するかのように上を見上げた。
「変に思って、アドニスさんが出てきてくれて、ベールで隠してあげたってことなのね」
「そうだと思う……」
「そいつ誰なの? 男なんでしょ? はぁ、許せない」
「だからマリア、抑えて、ね? ちょっと最近怒りっぽいわよ」
「抑えられるものかい。ミランダさん、私もマリアさんと同じ気分なのよ……」
「私にもわかります。こういう時に、周りに頼れそうな男がいないのね」
そして、調理場に頼りなさそうな男、アドニスが現れた。慌てた様子のアドニスはモノクルをかけなおしながら、駆け寄ってきた子供たちを振り切った。
「ティニアはこちらにいませんか!?」
「は?」
二者の婦人は呆れたようにアドニスを睨み、マリアは怒りを露わにして彼を睨み返した。アドニスは頭を抱え、顔面蒼白だ。
「私の部屋まで連れていって、お茶を入れてくると目を離したら、いないんですよ!」
「ちょっと神父、なにしてるんですか?」
「どさくさに紛れて、部屋に連れてった?」
「あなたそれでも聖職者なの?」
「なんでそうなるのですか!!」
三人の女性に詰め寄られ、それでも尚言い返したアドニスは更に頭を抱えた。
マリアは不意に人影を感じ振り向くと、そこにはティニアがいつも通りの笑顔で立っていた。




