①-6 稀有な日課
先ほどの子供たちとの和やかな時間とは対照的に、マリアは張り詰めた緊張の中に居た。今回も、誰も気付いていない。
マリアの体は、今もシュタイン・アム・ラインにある。意識を研ぎ澄まし、深く呼吸を繰り返す。それだけで、意識を遠くへ飛ばすことが出来た。
――偵察。マリアはそう名付けている。
異能の力があり、それを使えると知っていたら、レイスを助けることが出来ただろうか。力を使えると気付いたのは、第二次世界大戦が終結した後で、四年前のこと。
この偵察によって、アウローラの拠点の位置が特定出来た。
マリアの意識は遠く離れたイタリア上空までやってきた。
イタリアという国は、他国に侵略したことですでに戦闘状態であったという。
アウローラの拠点があったのは、イタリアにあるシチリア島近くの、この小さな島に違いない。廃墟が続く島だが、その姿は拠点に酷似していた。ティニア達の話が事実であれば、マリアが発見されたのは1936年2月頃だという。年月が、廃墟を更なる廃墟へと変貌させていた。
酷似した場所を見つける度に、マリアには喜びのような高揚感はなく、懐かしくも哀しみに満ちていく。
試しに、レイスの指定した銀の塔を探したが、東はおろか、東西南北全て回っても見つからない。銀の塔は、あの時レイスがついた嘘だったのか。
「レイスを、アウローラの皆を探さなくちゃ……」
本当は誰も生きてはいないのかもしれない。その事実から意識を、目を遠ざけてしまいそうになる。もう、十四年も経つというのに。違う。十四年も経つのに、マリアは何も変わらない。成長したのは、見た目だけだ。それはマリアを焦らせるには十分な理由であった。
「私じゃ、私だけじゃ、ダメなの……?」
焦ったところで、現実は変わらない。確かに彼女たちはここで生活し、生きていたのだ。
「ダメね。レイス、どこにいるの……」
あれだけの襲撃で、多くの命が散ったというのに、世間では何の情報も、報道もなかった。まるで、アウローラや彼女たちが存在していなかったかのように。
冷たいコンクリートの壁。
戦場から逃げてしまい、行き場を失った兵士たち。
戦争によって孤児となった、行き場のない子供たち。
自ら進んで学んでいく知識は、戦いの術だった。
記憶の断片に刻まれた、生きてきた痕跡。
物心気付いた時からアウローラで暮らしていたマリアにとって、紛れもない現実だ。眉唾の幻などでもない。
あれだけ憧れていた、義理の姉レイス。優しくも厳しいその人柄は、マリアにとって誇りでもあった。
アウローラの所長。所長はマリアのことを娘のように愛してくれていた。
あの日に現れたアルビノの少年。そして、眼帯の男。アルビノの少年から滴り落ちるのは、自らの髪の色に近い血液だった。
少年は言った。
「文字にしたり口に出せば、成らぬことも成るもの……」
無意識に、マリアは言葉していた。
「見つかる。皆、見つかる。レイスも、皆生きている」
これは願いだ。
スイスに残してきた体から、涙が滴り落ちた気配がした。
『生きて』
少年は言った。生きて、と――。
「大丈夫、まだ歩ける。走れるわ。自分の足で……!」
眼を開けたマリアの意識は、再び美しいシュタイン・アム・ラインの町へと降り立っていた。慣れた冷たい町の空気が、今は嬉しく感じた。




