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05:友達になりたい



「……」


フィオナは気がつくと誰もいない廊下に立っていた。


「フィオナさん、虚言癖があるそうよ」

「独り言を言いながら徘徊するんですって」


進んでいくとヒソヒソと話す女子生徒二人が現れた。顔は塗りつぶされたように黒くなっていて、誰かはわからない。


(夢……)


フィオナは彼女たちを無表情で見つめながら、夢の中にいることを自覚した。


「ルイス……」


さらに進んだ先にいたのはルイスだった。

フィオナが名前を呼ぶとルイスは振り返り、青い瞳を向ける。その眼光は鋭く、そして冷たかった。


「近づくな……呪われる」



「……ッ」


フィオナが目を見開く。額には汗が滲み、唇は酷く乾燥していた。


「はぁ……」


浅い呼吸を繰り返し、ギュッとシーツを握りしめる。

皺が寄ったシーツをぼんやり見ていると、その奥にハンガーに掛けられたブラウンの制服が映った。


「夢……」


フィオナは胸の鼓動を押さえつけるように手を当て、ゆっくりと上体を起こす。

小さな窓から見える空は灰色の雲に覆われていた。



***



「?」


フィオナが寮の部屋を出ると、二人の女子生徒が目の前に立っていた。


「ごきげんよう」

「……おはよう」


一人がブロンドの長い髪をサラっと後ろに流す。垣間見えた耳には大振りの宝石がキラキラと輝いていた。

挨拶はしたが、その瞳も声色もどこか高圧的だ。


「ゴミ捨ては当番制で、今日はフィオナさんの番よ」

「……わかった」


茶髪のポニーテールの女子に言われて、フィオナは小さく頷いた。その反応に、二人はニヤりと笑う。


「ゴミは玄関の前に出してあるわ」

「頑張って〜」


上機嫌で去っていく女子たち。その背中を見送ったあと、フィオナも階段を降りて寮の出口に向かう。


「……」


玄関の前には確かにゴミ袋があった。その数は五つ。どれだけ溜め込めばこの量のゴミが出るのか、不可解に思える程だ。


(ゴミ捨て場はどこだろう)


フィオナは辺りを見渡す。アカデミーに来たばかりの彼女は、ゴミ捨て場の場所さえ知らなかった。


「……あの、」

「い、急がなくちゃ!」


ちょうど寮から出てきた女子に声をかけるが、彼女はフィオナから不自然に視線を逸らし、小走りで行ってしまった。

一人取り残されたように佇むフィオナは、無表情のままゴミ袋を見つめ、そのうちの二つを持ち上げた。


(裏庭に行ってみよう)



***



(涼しい……)


女子寮から裏庭にまわるとすぐに例の池が見えた。

風に揺れる草木の音と朝の澄んだ空気を楽しみながら、フィオナはゆっくりと歩く。


「おい根暗!」


穏やかな空気を裂くように、荒い声が飛んできた。


(あれは……)


池から少し離れたところに人影が三つ。そのうちの一人がルイスであることに、フィオナはすぐに気がついた。


「お前養子なんだろ?」

「元は平民か?」


ルイスと対峙する男子生徒二人がニヤニヤと尋ねる。


「そうだけど」


ルイスは淡々と答える。

その答えを聞いて男子たちは顔を見合わせ、意地の悪い笑みをさらに深くした。


「じゃあ俺たち貴族に敬語使えよ」

「そーだそーだ!」

「やだ」

「「!」」


ルイスはふたりの態度に一切物怖じすることなく、はっきりと断った。


「ここはそういう場所だ」


イメンスアカデミーの校則の第一条には、"学問に身分の差異なし"と書かれている。

これは学びの場において身分による差別はするべきではない、という創設者の意志が込められていて、アカデミーでは爵位はもちろん、ファミリーネームを名乗ることさえ禁止している。


「それが気に入らないなら俺と関わらなければいい」


ルイスは毅然とした態度を貫いた。


「こ、このやろう……!!」


男子たちは怒りで顔を歪め、一人がルイスに向かって拳を振りかざす。


「あ……!」


フィオナは思わず口を開く。両手からするりと抜けたゴミ袋が地面に落ちた。


「なっ……!?」


ルイスは簡単にその拳を避けてみせた。


「やめとけよ」

「う、うるさい!」

「二対一じゃ勝ち目ないもんなぁ!」

「……」


もう一人がルイスの後ろに回り込む。挟みうちにされ、フィオナの目には絶対絶命に映ったが、ルイスは至って落ち着いていた。

その時――


『あーーーうるさいなぁ』


フィオナの背後から気だるそうな声が聞こえた。続けて、人影が風のように横を抜けていく。


(あの時の霊……)


くすんだ藍色の癖っ毛には見覚えがあった。アカデミーに到着した日、池の水面を歩いていた霊である。

霊の青年が右手を挙げる。その途端、草木がザワザワと揺れた。風で揺れるにしてはあまりにも大きな音だ。


『カァカァ!』


指先が男子生徒たちを向いた瞬間、木の枝に潜んでいたカラスが二羽、勢いよく飛び立った。


「うわ、なんだこのカラス!?」

「いてっ!」


カラスたちは男子たちの頭を執拗に突っつく。男子たちがいくら振り払っても、不思議なことにカラスは逃げようとしない。


「何しやがった!?」

「俺は何も……」


腕で頭を庇いながらルイスを睨みつける男子。


「なんかヤベーよ、行こうぜ……!」


やがてルイスへの疑念は畏怖へと変わり、男子たちは逃げるように去っていった。


「何だったんだ……?」


取り残されたルイスは呆然と木へと戻っていくカラスを見つめる。


「……」


そしてその視線はフィオナの姿を捉えた。


「……パシリ?」

(パシ……?)


フィオナの足元に大きなゴミ袋が二つあるのを見てルイスが聞くが、フィオナはその言葉の意味がわからずに首を傾げる。


「ゴミ捨ては当番制って言ってた」

「いや、ゴミ捨ては個人でやる決まりだよ」


ゴミ捨ては個人の義務らしい。確かにルイスが持っているゴミ袋は小さく、一人分のように見える。

つまり女子たちは嘘をつき、フィオナにゴミ捨てを押し付けたことになる。


「……そうなんだ」


フィオナは特に悲しんだり怒ったりするわけでもなく、その事実を冷静に受け止めていた。


「ゴミ捨て場どこか知ってる?」

「捨ててやるの?」

「うん。別に嫌じゃないから」

「ふーん……」


平然とゴミ袋二つを持ち上げるフィオナに、ルイスはもの言いたげな視線を向けつつ歩み寄る。


「一個持つよ」

「ありがとう」

「こっち」


そしてゴミ袋を一つ受け取り、北門の方へ向かう。


「……あ」


その後に続いたフィオナがすぐに足を止めた。


「どうした?」

「女子寮の前にあと三個あるから、もう一個持ってくる」


空いた手でもう一つゴミ袋が持てると考えたようだ。


「マジかよ。女子えげつねーな」

(えげつねー……?)


この大きなゴミ袋があと三個も用意されてるという事実に、ルイスは驚きつつも口を開けてケラケラと笑った。


(笑った……)


その笑顔をじいっと見つめるフィオナ。

視線に気づいたルイスは少し照れくさそうに咳払いをした。


「どうせ往復するなら一緒じゃん。とりあえず行っちゃおうぜ」


当然のように出てきたルイスの言葉に、フィオナは目をパチパチと瞬きする。


「一緒に往復してくれるの?」


往復してまでゴミ捨てを手伝ってくれるとは思わなかったようだ。


「いや、まあ……普通誰でもそうするだろ」


視線を泳がせながらルイスが答える。


「……ありがとう」


フィオナは薄く笑みを浮かべ、ルイスの隣に並んだ。



***



ガラガラ


ゴミ捨てを終えたフィオナとルイスが揃って教室に入ると、生徒たちの視線が二人に集中した。


「何で一緒に……?」

「ルイスってさ……」

「ヤバくね?」


とりわけ男子たちが何やらどよめいている。

ルイスはそんな騒然とした雰囲気をものともせず、まっすぐと一番後ろの席へと歩いていった。

ルイスが通りすぎる瞬間、周囲の生徒たちはサッと距離を取る。


「おはようフィオナ」

「おはよう」


生徒たちの反応を不思議に思いつつ、フィオナもレナルドの隣に座る。


「フィオナさん、ルイスに近づかない方がいいよ」


すると、後ろに座っていた男子が身を乗り出して声をかけてきた。


「……どうして?」

「ルイスに近づくと呪われて、カラスが襲ってくるんだって」


どうやら今朝の出来事がもう噂話で広まってしまったようだ。


「あれは……」


しかし実のところ、カラスが男子を襲ったことにルイスは関与していない。

真実を知っているフィオナは口を開いたが、「霊のしわざだと思う」だなんて言えるはずがなく口を噤む。


「それに元々平民だし」

「友達は選んだ方がいいよ」

「……」


フィオナは眉をひそめ、視線を前へ戻した。するとちょうど言語学の教授が教室に入ってきて、生徒たちはピタリとお喋りをやめた。


「今日は王国語の成り立ちについて。みなさん辞書は持ってますかね」


白髭を蓄えた教授が教壇に立ち講義を始める。

フィオナは机の上に置いていた辞書を開き、指先でページを送る。


(友達……)


そしてふと手を止め「友達」という単語を探してみた。


"親しみを持ち、共にいて安心できる相手"


辞書にはそう書かれていた。


(レナルドは……友達)


フィオナはチラリと隣を見上げる。

レナルドはすぐにフィオナの視線に気づいて笑みを向けた。

その笑顔が友達であることを肯定してくれているようで、フィオナの表情も自然と柔らかくなる。


(ルイスは……)


フィオナはもう一度辞書の文字に目を向ける。


(私のこと、そう思ってくれるかな……)


教授の声をぼんやりと耳に入れながら、フィオナは「友達」という二文字をそっと指で撫でた。



***



「あ……数学の教科書忘れた」


講義が終わってすぐ、レナルドが呟いた。


「一緒に見る?」

「うーん……書き込みたいし、寮まで取りに行ってくるよ」


そう言って席を立ったレナルドを見送ってから、フィオナは後ろを振り返る。


「あ、フィオナさ……」


ちょうど後ろにいた男子生徒が顔を綻ばせる。フィオナに話しかけるが、フィオナの眼中に彼はいなかった。

フィオナはまっすぐ、教室の後ろ側へと向かう。


「ルイス」

「……ん?」


一番後ろの席に座るルイスの前に立つと、フィオナは指先をそっと重ね、視線を落とした。


「あの……わ、私……」


歯切れの悪い言葉に、緊張で赤く色づく頬。


「え……まさか……」

「嘘だろ……!?」


まるで愛の告白をするかのようなフィオナの雰囲気に、教室内がざわめく。


「ルイスと友達になりたい……!」

「……は?」


しかしフィオナの口から出てきたのは予想外の言葉だった。教室内は静まり返り、ルイスはぽかんと口を開ける。


「ダメ……かな……?」


フィオナの瞳が不安げに揺れる。愛の告白ではなくても、"友達をつくる"という行為はフィオナの人生において初めての挑戦だったのだ。


「いいよ」

「!」


ルイスが承諾した瞬間、フィオナの表情がパァッと明るくなる。

感情が読めないことの多いフィオナだが、今は見開いた目がパチパチと瞬きする度に喜びが溢れ出ているのがわかった。


「うれしい……ありがとう」


フィオナの唇が柔らかく弧を描く。

ルイスと目を合わせられなかったり、髪を耳にかけたりする仕草から少しの気恥ずかしさが窺える。


《か、かわ……っ!!》


その姿に教室内の全男子が悩殺された。


「友達くらいで大袈裟だな」


ルイス自身も照れくささを隠すように後頭部をかく。


「レナルド以外で初めてできたから」

(エッ、俺らは!?)

(友達としてカウントされてない!?)


フィオナの何気ない返答に数名の男子が傷を負ったのだった。




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