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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第4章:ロートレック伯爵家
31/37

30:帰る場所



「本当にありがとうございます〜!」


揺れる馬車の中、ダフネが目を輝かせて言う。

ルイスとブローン伯爵夫妻の算段通り、ダフネは侍女としてフィオナの帰省に同行することとなった。


「本当に私の家でいいの?」

「はい!!」


フィオナには、「ドレスのお詫びにダフネに働く場所を提供してほしい」と伝えてある。

しかし本来の目的はフィオナの護衛だ。

いざという時のために、ダフネのワンピースの下には短剣が隠されていた。


「うち、兄弟が四人いて、私が稼ぎ頭なのでとっても助かります!」

「四人もいるの?」

「はい! みんな男で、一番下は十三歳です」


目を丸くするフィオナに、ダフネがにこにこと話す。

十三歳、と聞いて、フィオナはアンリの姿を思い浮かべた。


「私の弟も、十三歳なの」

「まだまだ可愛いですよね〜」

「……うん」

(弟との関係は、悪くはなさそう……)


フィオナの控えめな笑顔にときめきながらも、ダフネは考えを巡らせていた。

ルイスから受けたもう一つの指示――


"フィオナの家の問題にどこまで介入するかは、お前の判断に任せる"


フィオナが抱える家の問題がどのようなものなのか、探りを入れていたのだった。


「フィオナお嬢様のお父様は、どんな方ですか?」


ダフネは続いて、父親について尋ねた。


(ロートレック伯爵……騎士なら、一度は名前を聞いたことがある)


ルゼオン帝国、"最強の剣"と名高いロートレック伯爵。

彼についての逸話は多い。

"一人で三十人を倒した"

"剣圧だけで岩を切れる"

"一般人は睨まれただけで気絶する"

など――その名声はロイフォード王国にも轟いていた。


「お父様は……肌の色が浅黒くて、眉毛が太くて……身体が大きくて……」

(身体的特徴……!)


フィオナがぽつりぽつりと語ったのは、父親の見た目についてだった。


「あと……キャンディが好き」

「……!?」


思いがけず最強の剣士の意外な嗜好を知ってしまい、ダフネの額に汗が浮かんだ。


馬車のスピードが上がる。

窓から入る風はロイフォード王国よりも冷たかった。

この坂道を下りきったら、そこはもうルゼオン帝国だ。



***



「おおー……!」


伯爵邸の敷地内で馬車を降りたダフネは、きょろきょろと辺りを見渡した。


(あんなに広い訓練場があるなんて……!)


ダフネが興味津々に見つめる先は、敷地の半分以上を占める訓練場。

王室騎士団の訓練場にも負けない充実ぶりに、騎士としての好奇心がくすぐられたようだ。


「あ! お荷物持ちます!」

「ダフネも自分の荷物あるでしょ? 自分で持てるから大丈夫だよ」


ダフネがハッとして駆け寄るが、フィオナは当然のように自分で鞄を持ってしまった。

ダフネはもどかしそうに眉を下げた。そして、ある違和感に気づく。


(誰も出迎えに来ないなんて……)


敷地内に誰もいないわけではない。

洗濯中の侍女二人は、遠目に見るばかりで近寄ろうとしない。

訓練場には若干名の騎士がいるが、こちらをちらちら見つつも訓練の手は止めなかった。


「こっちだよ」

「あ、はい!」


フィオナは平然とした様子で玄関へと向かう。

この異様な雰囲気に対して、何の疑問も抱いていないようだ。


カチャ……


扉を開けると、掃除中の若い侍女が一人だけいた。

侍女はフィオナと目が合った途端、肩をすくめ、箒を強く握った。


「お父様はいる?」

「い、いえ……! 三日前に兵を率いてサントレに向かいました」

「……アンリは?」

「坊ちゃんも同行しています……!」

「そう……ありがとう」


侍女は会話中、一度もフィオナと目を合わせなかった。

視線をしどろもどろに泳がせ、意識的に合わせないようにしているようだった。


「し、失礼しますッ」


フィオナの注意が逸れた途端、侍女は一礼だけして逃げるように去っていった。


(はあ~~? 普通、真っ先に荷物持つでしょ!?)


その姿を見たダフネは唖然とし、額に青筋を浮かべた。


「じゃあ侍女長のとこに行こう」

「あ、はい」


フィオナの表情は、やはり変わらなかった。

そんな淡々とした様子に、ダフネは胸が締めつけられた。


(明らかに、表情が硬い……)


ブローン伯爵邸を訪れた時のフィオナは、もっと表情が豊かだった。

ドレスの量に驚いた顔、「ジャガイモ切れます」と申し出た時の気恥ずかしそうな顔、そして、ルイスに向けた笑顔――その全てが、可愛らしかった。

しかし今のフィオナは、感情をしまい込んだ人形のような雰囲気を纏っている。


「……断られちゃったら、ごめんね」


フィオナが申し訳なさそうに眉を寄せ、呟いた。

その瞳が不安げに揺れているのを見て、ダフネは鞄を持つ手にぐっと力を込めた。



***



「ふぅん……」


短く、冷淡な声が部屋に響く。

侍女長――メリンダは、紹介状に落としていた視線を上げ、ダフネを値踏みするように観察した。


(王室での実務経験があるなら、無下にできないわね……)


メガネの奥の吊り目をすっと細め、小さくため息をつく。


「いいでしょう」


メリンダがそう言うと、フィオナはふっと肩の力を抜いた。


「厨房の人手が足りないので、そこに入ってもらいます」

「承知しました」

「そろそろ夕食の支度が始まるから、早速行ってちょうだい」

「いえ、先にフィオナお嬢様の荷解きをお手伝いします」

「……」


毅然と言い返してきたダフネを、メリンダがギロリと睨んだ。

しかしダフネは怯まない。


「王室では、そうするのが当然だと教わったので」


まっすぐと、メリンダの目を見て言った。

その挑発的にもとれる態度に、メリンダの片眉がぴくりと動いた。


「……そうね」


メリンダは静かに頷いたが、右手に持つ紹介状はくしゃりと歪んでいた。


「では、失礼します」


ダフネに続いて部屋をあとにするフィオナを、メリンダの鋭い瞳が追う。


(味方を連れてくるとは……小賢しい)


扉が閉まったあと、小さな舌打ちが部屋に響いた。



***



「お洗濯するものはこれで全部ですね!」


フィオナの部屋に着くと、ダフネはテキパキと衣類とタオルをまとめた。


「ダフネ、私自分で……」

「いえ! 私の仕事です!」


フィオナが手を伸ばすが、ダフネは譲らない。

フィオナは申し訳なさそうに苦笑して、手を下ろした。


「ごめん……ダフネに居心地悪い思いさせちゃったよね」

「全然ですよ!」


ダフネは笑顔で首を横に振ったあと、真剣な表情でフィオナを見つめた。


「でも……正直、ここの使用人たちの態度はおかしいと思います」


そして、静かに告げる。

怒るわけでも責めるわけでもなく、第三者としての冷静な判断だった。

だからこそ、フィオナは否定しきれない。


「フィオナお嬢様は、嫌じゃないですか?」

「……うん。嫌じゃない」


唇をきゅっと結ぶフィオナを見て、ダフネは切なそうに眉を寄せた。

タオルを持つ手に力が入る。


「私は、嫌です」

「!」

「私たちの大切なフィオナお嬢様がぞんざいに扱われるなんて、許せないです」


生意気な口答えだと思われたとしても、絶対に譲れなかった。


「……ありがとう」


フィオナは意識的に口角を上げる。

それが無理に作った表情であると、ダフネにはすぐにわかった。


「でも、本当に大丈夫なの。意地悪をされてるわけじゃないし……ご飯も美味しいし、お掃除もしてもらえるし」


フィオナが例として挙げたのは全て、給料をもらって働く使用人として最低限のことだった。

ダフネは言いかけた言葉を、ぐっと飲み込んだ。


「……あ!」


重くなった空気を壊すように、ダフネは突然大きな声を上げた。


「ケイティ夫人から預かった物があるんです!」

「?」


洗濯物を一度カーペットの上に置き、自分の鞄を漁り始める。


「こちらをどうぞ」


取り出したのは三冊の本だった。


「夫人オススメの小説らしいです。"眠れない夜に読んで"と仰ってましたよ」

「……」


本を受け取ると、ブローン伯爵家で過ごした一夜の記憶が、フィオナの脳裏に蘇る。

ケイティの優しい読み聞かせの声に、双子の霊の幸せそうな笑顔――とても温かく、大切な思い出だった。


「ありがとう」


ふわりと、笑みが溢れる。

その自然で愛らしい笑顔に、ダフネの胸がきゅっと締め付けられた。


「あとでお茶菓子と紅茶をお持ちしますね」

「うん、ありがとう」

「失礼します」


ダフネは洗濯物を持ち上げ、部屋をあとにした。

パタン……と、静かに扉を閉めたあと、廊下の窓を見上げる。


(殿下……この家の問題……私は、見過ごせないです)



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