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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第3章:年度末パーティー
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26:クレアのプライド



アカデミー主催の年度末パーティーは、毎年七月の下旬に行われる。

首都で一番大きなホールを貸し切って集まるのは、全校生徒約百名と、教授二十数名。

実際の社交界のように入場の順番は特に決まっていない。

夕暮れ時になると、続々とホールの前に馬車が集まり始めていた。


「もういい匂いしてきた」

「ねっ」


ホールに続く廊下を歩くフィオナとリサ。

淡い黄色の生地と、紺色の生地が足元で揺れる。


開け放たれた扉の向こうからは煌びやかな光が溢れ、優雅な音楽が聞こえていた。


「……」


会場に足を踏み入れたフィオナは、照明の眩しさに目を細める。


「席は自由みたいね。立食テーブルの近くにしよ」

「うん」


フィオナが歩くたびにオパールのイヤリングが揺れ、オレンジ色やピンク色に輝く。

髪に添えられた白いリボンがフィオナの首筋をなぞるように靡くと、その白さと儚さがより際立った。

その身を包む淡い黄色のドレスは決して派手ではないが、上品な曲線がフィオナの身体によく合っていた。


「天使……?」

「俺、アカデミーに入学して良かった……」


まるで時間が止まったかのように、会場にいた誰もが足を止め、その姿に目を奪われた。


「見てフィオナ、めっちゃ分厚いお肉ある」

「ほんとだ……」


一方フィオナは、周囲の熱い視線など意にも介さず、テーブルの料理に夢中になっていた。


「絶対あとで食べようね」

「うん」


真剣に頷いたあと、視界の端に黒髪を見つけてフィオナは「あ」と小さく呟いた。

慣れないヒールの靴で、壁際に寄りかかるルイスに駆け寄る。


「ルイス、ドレスとイヤリングありがとう」

「……うん」


ルイスは壁に寄りかかったまま、フィオナをじっと見つめた。

試着姿を一度見ているからか、狼狽えるような様子はない。

ただ、高鳴る胸の鼓動はどう足掻いても無視できなかった。


「似合ってる」

「ありがとう」


少し耳を赤くしながらも、しっかりと伝える。

フィオナも微笑んでその言葉を受け止めた。


(これは茶化しちゃいけないヤツ……)


穏やかな空気感を漂わせる二人を見て、リサはできる限り気配を消して近くの椅子に座った。

その時、音楽が止まる。


「ダンス代表ペアの入場です」


続いてアナウンスの声が響き、二階にある重厚な扉が開かれた。

華々しく登場したのは、各学年一組ずつ選ばれた男女六名。

一学年の代表であるレナルドとクレアもそこにいた。


レナルドが身を包むのはチャコールグレーのテイルコート。

華美な装飾はないが、首元に結んだボルドー色のクラバットが差し色となって彼の気品を高めていた。


(フィオナ……)


会場を見渡すレナルドの瞳が、フィオナの姿を捉える。

その視線に気づいたフィオナが小さく手を振ると、レナルドは嬉しそうに口角を上げた。


「……ッ」


そのやり取りの一部始終を、クレアは感じ取っていた。

唇の内側を噛み、レナルドの腕に絡めた指先に、無意識に力がこもる。


(大丈夫……主役は私よ……)


会場を見渡すと、自身に集まる恍惚や羨望の眼差しがよくわかった。

クレアは背筋を伸ばし、華やかなレースがあしらわれた胸を張る。

ブロンドの髪も、肌も、爪も――、一日たりとも、手入れを怠った日などなかった。

流行最先端のピンクのドレスを着ても、彼女自身の輝きは色褪せていない。


代表三組がダンスステージに上がると、音楽が鳴り始めた。

弦楽器が優雅に奏でるのはゆったりとした三拍子のワルツ。


(とっても上手……)


フィオナは代表者たちの洗練されたダンスに釘付けになっていた。

そんなフィオナを横目に、ルイスが一歩近寄る。


「踊る気ないだろ?」

「うん」

「……足痛いって泣き真似でもしとけばいいよ」

「?」


そんなことを耳打ちしたかと思うと、リサが座るテーブルへ向かってしまった。

フィオナも一緒に行こうとするが、それを阻むように人影が現れた。


「フィオナさん、僕と踊ってくれませんか?」

「いや、俺と!」

「ぼ、僕、何回足踏まれても大丈夫です!」


男子生徒が五人ほど、フィオナに群がっている。

彼らの目的はフィオナとダンスを踊ること。

頬を染め、期待の眼差しでフィオナの返事を待っていた。


(泣き真似……)


ルイスの言葉を思い出したフィオナは、両手で顔を覆う。


「うう……」


嗚咽というより、呻き声に近かった。

自分の演技力のなさを痛感し、居た堪れないほどの羞恥心がフィオナを襲う。


「足が、痛くて……」


眉を下げ、耳まで赤くしたフィオナは、なんとかか細い声を絞り出した。


《!!》


その愛らしい姿に、男子たちの胸がもれなく射抜かれる。


「足が痛いならしょうがない!」

「フィオナさんは()()()踊れないな!」

「うんうん!」


もはや演技だろうが、何でもよかった。

"フィオナは誰とも踊らない"という協定が、男子たちの間で結ばれた瞬間だった。


「……"コイツに手ェ出すな"って直接護ればいいのに」


同じテーブル席に座ったルイスに、リサが言う。

ルイスは落ち着いた様子で、グラスの中のミントウォーターを一口飲んだ。


「本人が断った方が、ちゃんと"散る"だろ」

「うわー……」


ニヤりと口角を上げたルイスを見て、リサは引き笑いを浮かべた。


(しっかり独占欲は持ってんのね)



***



(……よかった)


完璧なステップを踏みながら、レナルドは安堵の息をつく。

その視線の先には、誰とも踊らずに席についたフィオナの姿。


「……」


レナルドが誰を見ているのか――クレアは確認するまでもなく、察していた。

エメラルドグリーンの瞳が柔らかくなるのは、決まって"彼女"を映している時だった。


(何で……何で、私じゃないの……?)


レナルドの胸に添えた手が小さく震える。

こうして身体に触れているのに、その心は決して届かない場所にある。

本気で惹かれているからこそ、嫌というほど痛感してしまった。


(いつも……私が望む人は、私を見てくれない……)





二年前。

クレアはロイフォード王国の社交界の華だった。

持ち前の美貌とブロンドの髪。そして由緒ある家柄と申し分のない教養。

彼女がパーティーに顔を出せば、男性たちはこぞってダンスを申し込み、女性たちはそのファッションを称賛した。


社交界の華である自負とプライド――それが打ち砕かれたのは、とある侯爵家主催の社交パーティーに参加した時だった。


「ブラニング嬢、あれって……」

「……!」


侯爵家の長男が見知らぬ女性をエスコートしているのを見て、クレアの胸がズキリと痛む。

クレアは彼に好意を寄せていた。パーティーに参加して、入念に着飾ったのも、全て彼のためだった。


「長男のセシルがリディア・クロウリー嬢と婚約いたしましたことをご報告します」


侯爵が朗らかに言う。

祝福の拍手が鳴り響く中、クレアは微動だにしなかった。

息を吸うのを忘れるほど、胸が締め付けられて苦しかった。


「クロウリー嬢って確か男爵家の出身よね……?」

「本ばかり読んでいる変わり者だとか……」

「侯爵家に何のメリットが……」


ヒソヒソと戸惑いの声が漏れる。


「彼女はアカデミーを主席で卒業しました。その聡明さに惹かれて、僕から婚約を申し込んだのです」


セシルがリディアの肩を抱く。

熱い視線が絡み、幸せそうに笑い合う二人。


(どうして……)


家柄も、女性としての教養も、明らかに劣る相手だった。

しかし、実際に彼の隣に寄り添っているのは社交界の華であるクレアではなく、名も知れぬ男爵令嬢。


クレアは爪が食い込むほど強く拳を握った。


(学識も……手に入れてみせるわ)


幸せそうに笑い合う二人から視線を逸らし、会場をあとにする。

ピンと伸ばした背筋からは、気品が滲み出ていた。





ズキン――

突然襲ってきた頭痛に、クレアは顔を顰める。


「あッ……」


痛みに気を取られてステップのタイミングを間違えてしまった。

レナルドの足に躓き、音楽とズレる。


「ご、ごめんなさいっ」


たった一拍のズレでも、社交界の華として生きてきたクレアにとっては致命的なミスだった。

顔に熱が集まり、思い詰めたように瞳が揺れる。


「大丈夫。クレアさんは大丈夫?」

「ええ」

「……足痛めたんじゃない?」


図星を突かれて、捻った足首がじわじわと熱を持ち始める。


(まだ、終わりたくない……)


しかしクレアは頷かない。

今ここで痛みを認めてしまったら、レナルドとの時間が終わってしまう……そう思ったからだった。


「……あと少し頑張れそう? 僕に体重かけていいから」


顔に影を落とすクレアを見て、レナルドは腰を支える腕に力を込める。


「あ……ありがとう」


その力強いリードに、胸の高鳴りが隠せない。

ドキドキと心臓が脈打つたびに、こめかみの奥がずしりと重くなる。


ブロンドの髪の奥に垣間見えたイヤリングに、一瞬だけ、黒い影が揺れた。



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