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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第3章:年度末パーティー
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24:ルイスの自覚



「本当にありがとうございました」


門の前で深々と頭を下げるフィオナ。

そんなフィオナを笑顔で見送るのはブローン伯爵家一同。


「チョコレートまでいただいちゃって……」

「気にしないでくれ」

「お友達と一緒に食べてね」


小さな紙袋に視線を落とし、フィオナはパチパチと瞬きを繰り返す。

この中に入っているチョコレートが、王室のパティシエが丹精込めて作ったものであることをフィオナは知らない。


「ルイス、ちゃんと送り届けるのよ」

「わかってるよ」


フィオナの隣にはルイスの姿がある。

明日は授業があるため、ルイスも同じ馬車に乗って戻ることになったのだ。


『フィオナ、ありがとう!』

『またあそびにきてね!』


馬車の前に立つフィオナに、双子の霊がぱたぱたと駆け寄る。

フィオナは返事の代わりにニコ、と小さく笑った。


『ルイスのこと、しっかり"きーぷ"しておいた方がいいよ!』


アデルが悪戯に笑って言うが、その意味はよくわからなかった。


「……」


ルイスと目が合う。

ルイスはおもむろに馬車の乗り口まで行き、手を差し伸べた。エスコートの手である。


(この手を取る意味が……今まではよくわからなかった)


フィオナはルイスの無骨な手のひらをじっと見つめる。

そしてそっと、自分の手のひらをそこに重ねた。

指先から体温が伝わる。不思議と心地よかった。


「……ありがとう」


フィオナはしっかりとルイスを見据えてから、馬車に乗り込んだ。


「……」


ルイスは同じ姿勢のまま三秒ほど固まったあと、フィオナの体温が残る手を額にあてた。


「ルイス」


そんなルイスにケイティが近づく。

耳を赤くするルイスをからかうわけでもなく、ケイティは少し折れたシャツの襟を正した。


「いってらっしゃい」

「……うん」


ルイスは気恥ずかしそうに頷いて馬車に乗り込んだ。


馬がブルルと鼻を鳴らし、少し湿った地面を蹴る。

ケイティは胸に手を添えた。その隣にクレイグが並び、肩を抱く。

二人は寄り添い、馬車が見えなくなるまでその場を動かなかった。



***



ぬかるんだ山道を馬車が走る。

ペースを落として進んでいるため、アカデミーまでは二時間ほどかかるらしい。

馬車の中はそこまで広くない。膝同士が当たってしまわないように、フィオナとルイスはお互い隅に寄って座っていた。


「なんか……バタバタしててごめん」

「ううん。すごく楽しかった」


フィオナは間髪入れずに首を横に振った。

その言葉が決してお世辞ではないことは、フィオナの生き生きとした表情を見れば明らかだった。


「ルイスの家族が、みんないい人でよかった」


まっすぐと嘘偽りのない言葉がルイスの胸を打つ。

どんどん速くなっていく鼓動を誤魔化すように、ルイスは後頭部をガシガシと掻いた。


「……一つ聞いていい?」

「なに?」


ルイスは膝の上で拳を握り、背筋を伸ばした。


「初めて会った時……何で泣いたの?」


ずっと気になっていたことだった。

ネオローザの街で初めて会った日。名前も何も知らない状態でありながら、フィオナはルイスを見て涙を流した。

フィオナは「あ」と小さく呟き、言葉を探す。


「ルイスが……昔お世話になった人に、そっくりだったから……」


嘘は言っていない。

フィオナに霊の声が聞ける能力を与えて消滅した霊ラウルと、ルイスがあまりにも似ていたから、無意識に涙が溢れてしまった。


「……なるほどな」


ルイスはフィオナの答えに、妙に納得したように頷いた。

そして、窓の外の流れる景色へと目を向ける。

ラウルについて深掘りされないかとヒヤヒヤしていたフィオナは、その様子に安堵し、肩の力を抜いた。


「……」


狭い空間に沈黙が流れる。

しかし気まずさはなく、居心地の良い静けさだった。


(だから……()だったのか)


ルイスは木々の間から溢れる太陽の光に、すっと目を細めた。




四年前――




「じいさん」


今より少し幼い顔つきのルイスが謁見の間を訪れる。

玉座に座るのはロイフォード王国、現国王のセオドリック・ウェルズリー。ルイスの祖父である。

ルイスに向けたその顔には、年月の重みを感じさせる皺が深く刻まれていた。


「なんだい、ルイス」


セオドリックはルイスに優しく声をかけつつ、右手をすっと上げる。

すると、扉の前に控えていた護衛二人が部屋の外に出ていった。

残ったのは玉座に座るセオドリックと、そこに歩み寄るルイス。そして演壇の下に控えている側近クレイグのみだった。


「あの歴史学の先生……いやだ」


ルイスは玉座の前で立ち止まると、後ろ手を組んで唇を尖らせた。


「どうして?」

「……嘘つきだから」


ルイスの言い分を聞いて、セオドリックは白い顎髭を撫でる。


「どうしてわかるんだい?」

「……なんとなく」


ルイスは本当の理由を言うことができなくて、気まずそうに視線を逸らす。

セオドリックは金色の瞳をすっと細めた。

長く国を導いてきた彼にとって、十二歳の少年の嘘を見抜くことは容易いことである。


「わかったよ」


しかし、セオドリックはこれ以上何も問い詰めなかった。


「教えてくれてありがとう、ルイス」


にこりと笑い、目尻の皺が深くなる。

ルイスはその笑顔を見て、ほっと息をついた。



***



それから一週間後。

ルイスが「いやだ」と言った歴史学の講師の男が、武器を密輸していたことが発覚した。他国と手を組み、王室の転覆を計画していたのだ。


「この子には……人の本質を見抜く才能があるのかもしれん」


セオドリックはそう言い、玉座のすぐ前まで呼んだルイスの頭に優しく手を置いた。


(才能なんかじゃない……)


ルイスは俯きながら、口を結ぶ。

そして、セオドリックを見上げる。


ルイスの瞳に――"赤"が映る。

セオドリックの肩から頭部にかけて、温かな赤い光が滲んでいた。


このオーラのようなものが視えるようになったのは、母が亡くなって間もない頃だった。


実の祖父であるセオドリックは、赤。

養子として迎え入れてくれたクレイグは、赤寄りのオレンジ。

そして、専属護衛のネイトはオレンジ。


これまでにいろいろな人間の色を視てきて、それが自分への好意を示しているのだと理解した。


歴史学の講師として紹介された男は、ルイスのことを過剰なまでに褒め称えていた。

しかし……何の色も視えなかった。

だから、「嘘つき」と言ったのだ。


「ヴィオラも……人の本質を見抜く才があった……」


ルイスの頭に乗せられた手のひらがわずかに震える。

それを感じ取って、ルイスは奥歯を強く噛み、握り拳に力を込めた。


(好意が視えても……守れない……)


脳裏に、亡き母の屈託のない笑顔が浮かぶ。


(……悪意が、視えればよかったのに)





森を抜けた馬車は少しスピードを上げた。

この辺は雨が降らなかったのか、(ひづめ)が渇いた土を蹴る音が聞こえる。


(……寝てる)


ルイスは馬車の壁に寄りかかり、視線だけをフィオナに向けた。

対角線上に座るフィオナも、壁に体重を預けて目を閉じていた。

小さく開いた唇から息が漏れ、伏せた睫毛が白い肌に影を作る。

その様子を、ルイスはじいっと見つめた。


(フィオナは……ずっと揺るがない)


ルイスの瞳に映るのはオレンジ色。

初めて会った時は赤色で驚いたが、それは「大切な人に似てたから」と、先ほど納得した。


「友達になりたい」と真っ赤な顔で言った時から、フィオナの色は一貫していた。


「ルイスと一緒にいると楽しい」と力説してきた時も、

髪を切った時に「似合ってる」と褒めた時も、

「眉も目も形が綺麗だし、配置のバランスがいいよね」とルイスの顔を評価した時も――、


ずっと、友愛を示す色だった。


「……はぁ」


ルイスは深くため息をつく。

そして、壁から身体を離し、フィオナの寝顔を覗き込む。

顔のすぐ下で手を振り、ちゃんと寝てるかを入念に確認した。

そして――


「……好き」


とても小さな声で、呟いた。

馬車の車輪が大きな石を踏み、ガタンと揺れる。

フィオナの首が逆側にコテンと傾く。

その口からすぅすぅと寝息が聞こえて、ルイスは背もたれに寄りかかった。


(まあ、どうせフィオナにその気はないし、卒業したらもう会うこともないか……)


再び深いため息をつく。

無防備に眠るフィオナを見つめる表情は、とても優しい。


「……」


ふと、何の前触れもなくフィオナが目を開けた。

ルイスと目が合う。


「……ん」


ふにゃり。

フィオナが笑った、その瞬間――


ルイスの瞳に"ピンク色"が揺らめく。


「……」


フィオナは何事もなかったかのように目を閉じた。


ゴト、ゴト、ゴト……


馬車の車輪が、一定のリズムで回り続けている。


「……はあ!?!?」


ルイスの大声が響き渡る。

フィオナがびくりと肩を揺らして目を覚ました。


「ごめん、寝てた……もう着いた?」

「まだ。寝てていいよ」

「ううん、今ので目が醒めた」


うーんと背筋を伸ばすフィオナ。


(頼むから寝てくれ……!!)


ルイスは赤い顔が見えないように顔を背け、窓を少し開ける。

初夏の爽やかな風は、ルイスの熱を持った頬を撫で、フィオナの髪をさらさらと揺らした。



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