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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第3章:年度末パーティー
24/37

23:双子のおねだり



「今日はよく晴れていたのになぁ」

「通り雨ならいいんだけど……」


ソファに腰を掛け、窓の外を眺めるクレイグとケイティ。


(どうしよう……)


フィオナは顔色の悪さを隠すように、ティーカップに口をつける。


(多分……しばらく止まない……)


先ほどの子どもの霊二人は、「フィオナを帰らせない」という明確な目的を持っていた。

「雨を止ませてほしい」と頼めば何とかなるかもしれないが、二人はどこかに行ってしまった。人様の家で霊を捜し回るわけにもいかず、八方塞がりだった。


「……フィオナさん、このタルトとっても美味しいわ」


思い詰めた様子のフィオナを見て、ケイティが優しく笑いかける。


「ねえ、ルイス」

「……うん」


ちょうどタルトをかじるところだったルイスが小さく頷く。


「友達が、持ってくなら絶対ここのタルトがいいって、教えてくれたんです」


フィオナは花柄のパッケージを見つめて言う。手土産はリサの提案だった。


「本当は一緒に来る予定だったんですけど……」

「そう……今度はぜひ一緒に遊びに来てちょうだいね」

(遊びに……?)


ケイティが何気なく言った言葉に、フィオナはキョトンと小首を傾げる。


「ねえ、ルイス」

「……うん」


再び小さく頷くルイス。


「……はい。ありがとうございます」


指先をそっと擦り合わせ、表情を緩める。

初めて、友達の家に"遊びに"行くという概念を知った瞬間だった。


「……」


そんなフィオナを横目で一瞬見て、ルイスはすぐに手元のタルトに集中する。

さっきからかじってはいるが、全然減っていない。


(ふふ、わかりますよ殿下……! 普段髪下ろしてる子がアップにするとドキドキしちゃいますよねえ……!)


後ろに控えているダフネには、ルイスの赤い耳がよく見えていた。

フィオナの髪型はまとめられたまま。どうやらその白い首筋を直視できないでいるようだ。


「この雨の中馬車を出すのは危険だし……フィオナさんさえよければ、今日は泊まっていかない?」


再び窓の外を一瞥したケイティが静かに言う。

フィオナももう一度窓の外を見る。

大粒の雨が降り出してそろそろ一時間が経つ。仮に今雨が止んだとしても、ぬかるんだ道を馬車で駆け抜けるのは難しそうだ。


(明日は休みだから、問題はない……けど……)


フィオナは視線をテーブルに落とし、もじもじと指先を擦り合わせる。


(いいのかな……)


ちらり。ケイティとクレイグの顔を窺うと、まっすぐ柔らかな笑みを向けられた。


「み、みなさんが、いいなら……お願いします」


フィオナは指先に力を入れ、小さく頭を下げた。


「もちろんよ!」


間髪入れずにケイティの明るい声が聞こえ、ほっと息をつく。


((お泊まり……!!))


フィオナとルイスの背後で、オリバーとダフネが目を合わせる。


「奥様、お部屋はどちらを用意致しましょうか」

「そうね……二階の一番西側をお願い」

「かしこまりました」


オリバーは指示を受けるとすぐに部屋を出ていった。


「あっ、奥様……!」


ハッと声をあげたダフネが、素早い動きでケイティの横に跪く。


「お夕飯はどうしましょう……」


そして小声で囁いた。


「買い出し前だから食材があまりなかったわね……」


ケイティは顎に手を当て表情を曇らせる。

郊外に屋敷を構えるブローン伯爵家では、買い出しは週に一回と決めている。

何もないわけではないが、フィオナをもてなす料理が出せるか微妙なところだった。


「私は何でも大丈夫です。無くても……」

「育ち盛りの子が食事を抜くなんて絶対ダメよ」


控えめに声をあげたフィオナを、ケイティは笑顔で黙らせた。


「何が作れるかしら……」

「そうですね……シチューなら……」

「! わ、私、作ったことあります」


シチューと聞いて、前のめりになるフィオナ。


「あ……一人で作れるわけじゃなくて……」


しかし視線が集まると恥ずかしそうに姿勢を戻す。

作ったことはあるが、その作り方を把握しているわけではない。


「ジャガイモ、切れます……」


が細い声で言うフィオナに、伯爵家一同の温かな目が向けられる。


「んん゛っ」


クレイグは表情が緩んでしまわないように咳払いを一つ。


(可愛すぎる……!)


ダフネは口を押さえたが、相変わらず目が口ほどに物を言っていた。


「ふふ、じゃあ切ってもらおうかしら」

「はい」


フィオナは力強く頷く。


「マジで出来んの? やる気満々なのが逆にこえーんだけど」

「リサの家で教えてもらった」

「ふーん……」


ルイスは素っ気ない返事をしつつも、誇らしげなフィオナを見つめるその表情はとても優しげだった。


(殿下……本当に、フィオナさんのこと……大切なんですね)



***



ちゃぽん……


天井の水滴が湯船に落ちて、不思議な音が響き渡る。

波紋に運ばれてやってきたラベンダーの花びらを、フィオナは優しく掬い上げた。

安眠効果があるからと、ダフネがわざわざ入れてくれたものだ。

さわやかで甘すぎない香りに、フィオナの身体の力が抜けていく。


(シチューとラズベリーパイ……美味しかった……)


浴槽の縁に首をもたれ、瞼を閉じる。

思い返すのはとても優しく、暖かい食卓の時間。


(ルイスの家族がみんないい人でよかった)


ふと、小窓を見上げてリラックスしていた表情が少しだけ強張る。


(明日には止む……よね……?)



***



「お湯加減はいかがでしたか?」


浴室から出ると、控えていたダフネが笑顔で駆け寄った。

露出した首元にふわりとストールが掛けられ、心地よい温かさに包まれる。


「とても気持ちよかった。ありがとうダフネ」

「いえいえ! お部屋までご案内しますね」


薄暗い廊下を、ダフネが持つランタンがぼんやりと照らす。


「やっぱり少し大きいですね」

「うん」


フィオナが今着ているのは、ケイティから借りたシルクのナイトドレス。

裾を引きずってしまわないように、フィオナはしっかりと持ち上げて慎重に歩いていた。


ガチャ


階段を通り過ぎてすぐの部屋の扉が開く。

そこには小さなあくびをするルイス。


「……」


フィオナは立ち止まり、ルイスをじっと見つめる。


「……」


フィオナに気づいたルイスは身体を硬直させ、視線だけを右上に泳がせた。


「おやすみ」

「……おやすみ」


バタン


ルイスは早口で返事をしたあと、速やかに扉を閉めた。


「?」

(きっと殿下は今日、眠れないわね……)


小首を傾げるフィオナの一歩前で、ダフネがニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。



***



「何かあったらベルでお呼びくださいね! 良い夢を」


ダフネが一礼をして部屋を出ていく。

その姿を見送ってから、フィオナは深いため息をついた。


『やったー! おねえちゃんおとまりだ!』

『さくせんだいせいこー!!』


子どもの霊が二人、部屋を駆け回っている。


(眠れなさそう……)


フィオナは諦め半分でベッドに入った。


『ずーっとあめだったら、おねえちゃんずーっといてくれるかな?』

『ずっとはつかれちゃうよぉ』

『じゃあ三日くらい……』

「明日には帰りたいんだけど……」


不穏な会話が聞こえ、たまらず口を出してしまう。


『『え!?』』


瞬間、ぐりんと勢いよく子どもたちが振り返った。

そしてベッドに飛び乗り、フィオナに詰め寄る。


『ボクたちのことがみえるの!?』

『おはなしできるの!?』

「……うん」


子どもたちの瞳がどんどん輝きを増していく。

その嬉しそうな様子に、フィオナはわずかに微笑んだ。


『じゃあえほんよんで!!』

「えっ」


しかし突拍子もないお願いにピタリと表情を固める。


『こっち! こっちにあるの!』


女の子がクローゼットを指差す。


「勝手に開けるのはちょっと……」

『おねがい!』

『おねがい!』

「……」


抵抗感を示していたフィオナだが、うるうるとした大きな瞳で見上げられたら無下に断ることができなかった。

ベッドから降り、クローゼットへ近づく。


「失礼します……」


小さく呟いて、そっと開けた。

中には子どものオモチャや洋服が、綺麗に収納されていた。


(ここはこの子たちの部屋だったんだ……)

『ここ! この中だよ』


男の子が隅にある木箱を指差す。

開けてみると、十冊程度の絵本がぎっしりと入っていた。


『ぼくドラゴンときしのはなしがいい!』

『そのつぎはローズ姫のえほんにして!』

「……雨、止ませられる?」

『いいよ!』

『あーめあーめ、やーめ!』


男の子が可愛らしい呪文を唱えた途端、ぴたりと雨が止む。

フィオナは呆然と窓の外を眺める。

さっきまでの土砂降りが嘘のように雲が晴れ、月明かりがさしてきた。


『えほんよんで!』

『えほんよんで!』

「……わかった」


フィオナは十冊の絵本を抱えてベッドに移動する。


「あなたたちは双子?」

『そうだよ。私はアデル!』

『僕はカイル』


二人は屈託のない笑顔で名前を教えてくれたが、フィオナはズキっと胸が痛むのを感じた。


"フルネームを呼んで還れと命令すれば、誰でも霊を消すことができます"


脳裏に浮かんだボルジャーの声を振り払い、二人に笑みを向けた。


「どれから読もうか?」



***



「――おしまい」


フィオナは絵本を閉じ、枕の脇に置く。


『つぎこれ!』

「ちょっと休憩させて……」


今ので五冊目の絵本だった。

双子の容赦なく続く要求に、フィオナはついに根を上げた。


「ふあ……」

『ねむい?』

「うん、ちょっと」


フィオナがベッドにごろんと横になると、アデルとカイルもその両脇に寝転がる。


「あなたたちは……何で死んじゃったの?」


ベッドの天蓋を眺めながら尋ねる。


『おほしさまをね、つかまえたかったの』

「星……?」

『うん。おかあさまにあげたかったの』


フィオナは窓に目を向ける。

しばらく開けられていないのか、枠が錆びついて変色しているのがわかる。


「……落ちちゃったの?」

『うん』


双子の死因は転落死だった。

フィオナは「うちの子もやんちゃだったの」と語ったケイティの表情を思い出し、ナイトドレスの胸元をぎゅ、と握った。


コンコン


「フィオナさんいいかしら?」

「!」


ノックの音が聞こえ、フィオナは慌てて上体を起こす。


「もう少し小さいパジャマが見つかったから持ってきたんだけど……」

『おかあさまだ!』

『おかあさま!』


わたわたと狼狽えているうちにケイティが扉を開けてしまった。

双子はすぐにケイティへ駆け寄るが、もちろんケイティに彼らは見えていない。


「あら……」


絵本が散乱したベッドの上を見て、ケイティの瞳が丸くなる。


「ご、ごめんなさい……!」


本当のことを言えないフィオナは、顔を赤くして謝ることしかできなかった。


「全然いいのよ。ふふ、懐かしいわ」


笑顔を浮かべたケイティがベッドに近づき、目を細める。


「……一応ここに置いておくわね」

「あ、あの……!」


衣服をサイドテーブルに置いたケイティを、フィオナが引き留める。

しかし、次の言葉はなかなか出てこない。

顔を真っ赤にして、もじもじと毛布を掴んでいる。


「ね、眠れないので……読んでもらえませんか……?」

「!」

『『!』』


突然のフィオナのお願いに、ケイティはぽかんと口を開け、双子はパァっと目を輝かせた。


「ご、ごめんなさい。こんな子どもっぽいこと……」

「いいえ読むわ! どの本がいい?」

「えっと……」

『『これ!!』』


双子の声が重なる。二人が指差したのは「おほしさまのねがいごと」というタイトルの絵本だった。


「これがいいです」

「!」


黒い背景に黄色い星のイラストが描かれた表紙。

ケイティの動きがほんの一瞬だけ止まった。


「うちの子も……この絵本が一番好きだったの」


そしてフィオナから絵本を受け取ると、とても優しい手つきでその表紙を撫でた。


「……」


心配そうに見上げるフィオナに笑みを向けると、ケイティはサイドテーブルの前にあった椅子をベッド脇に移動させた。


「さあ、横になって」

「は、はい」


ベッドに横になったフィオナに見えるように絵本を広げる。

フィオナの隣には双子の霊が寝転んで、今か今かと待ち構えている。


「今日は満月。おつきさまの周りには、たくさんのおほしさま――……」


ケイティの優しい声が部屋に溶けていく。


『えへへ』

『ふふっ』


双子は幸せそうに頬を緩ませ、その声に耳を澄ませていた。



***



「――おしまい」


ケイティは読み終わった絵本を閉じ、静かに寝息をたてるフィオナの額をそっと撫でた。


「……っ」


そして窓に目を向け、嗚咽を漏らす。


「アデル……カイル……」


両手で顔を覆うケイティに、双子の霊が寄り添う。


『おかあさま、だいじょうぶだよ』

『ぼくたちここにいるよ』


強めに吹いた風で、錆びた窓枠がきしりと鳴った。



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