22:ドレス選び
「こちらへどうぞ」
階段を上り、すぐ手前の部屋。
オリバーが丁寧な所作で扉を開ける。
「いらっしゃいませ! 本日はこのダフネが誠心誠意、お手伝いをさせていただきます!」
扉のすぐ前で待ち構えていたのはダフネ。騎士のズボンではなく、侍女が着るような落ち着いた色のワンピースを身に纏っている。
そして、彼女の奥には十を超える様々なタイプのドレスがずらりと並んでいた。
ダフネは深いお辞儀から顔を上げ、ルイスの隣に並ぶフィオナを目にした瞬間――
「ッ――!!」
息を飲み、両手で口を押さえる。
この時、ダフネの脳内では凄まじい速さで妄想が展開されていた――
ゴーン ゴーン……式場の鐘の音。
国民の歓声の中、笑顔で手を振るルイスとフィオナ。
そして……
「おぎゃあ、おぎゃあっ」
二人の間に産まれた、赤ん坊。
――この間、一秒である。
「天使……!!」
(何言ってんだコイツ)
手で覆った口から思わず心の声を漏らしたダフネに、ルイスは訝しげな視線を向けた。
オリバーは後ろでうんうんと深く頷いている。
「ハッ……! ど、どうぞご覧ください!」
正気に戻ったダフネが背筋を伸ばし、一行を奥へと促す。
「こんなにたくさん……」
予想以上の数のドレスに、フィオナは忙しそうに視線を動かした。
「うちの娘はもう着ないものだから遠慮しないでね」
「何なら全部貰ってくれても構わないよ(本当に)」
「いえ、一着だけお借りします」
フィオナがブンブンと首を横に振ると、伯爵夫妻は揃ってルイスを振り返った。
(プレゼントするって言ってないんですか……?)
(こんなにたくさんのドレスどうするんですか……)
口にはしないが、目が物語っている。
ルイスは気まずそうに視線を逸らした。
「お友達がいらっしゃらないなら私もお手伝いしていいかしら?」
ケイティはため息をついてから、フィオナの顔を覗き込んだ。
「きみのセンスは古いんじゃないか?」
その隣でクレイグがからかうように言う。
「まあ失礼しちゃう、大丈夫よ」
ケイティは眉を釣り上げたが、声色はいつもと変わらなかった。
二人の仲睦まじいやり取りを見て、フィオナの口角が少し上がる。
「ぜひお願いします」
「嬉しいわ! さあ、もっと近くで見てみましょう!」
にこにこと笑うケイティがフィオナの背中を優しく押す。
ドレスを間近で見たフィオナは、ふと――
「新品みたい……」
と、呟いた。
《!!》
伯爵家一同に緊張が走る。
「娘さんは物を大切にする方なんですね」
「え、ええ! フィオナさんこちらはどうかしら!?」
少し声を上擦らせたケイティが、目の前にあったドレスを手に取る。
緑色の、生地を贅沢に使ったボリュームのあるスカートが特徴的なドレスだ。
「じゃあそれにします」
「まだ決めちゃダメよ!?」
「?」
即決しようとしたフィオナに、ケイティは思わず声を張り上げる。
「フィオナお嬢様、まずは試着からです!」
「え……」
反対側から現れたダフネが、ドレスを受け取り、ハンガーから外す。
「さあ……」
ケイティは後ろを振り返り、淑女らしい笑みを浮かべた。
「男性陣は出てって、ティータイムの準備をしていてちょうだい」
***
一時間後――。
フィオナは四着目のドレスを試着していた。
「はあ……」
「まあ……」
パーテーションの裏から出てきたフィオナの姿に、ダフネとケイティは同時に感嘆の息をつく。
淡い黄色の上質な生地に、キュッと締まったウエストには花の装飾。スカートのボリュームは控えめだが、スラっと流れる曲線美がフィオナの雰囲気によく似合っていた。
「あの……本当に何でもいいんですけど……」
「ふふ、疲れちゃったかしら?」
「フィオナお嬢様、どうぞこちらに」
「ありがとうございます」
疲労の色を見せるフィオナの背後に、ダフネが椅子を用意する。
「フィオナさんはどれが一番気に入った?」
「えっと……」
フィオナは視線を泳がせ、言葉に詰まる。
その様子が少しぎこちないのは、疲労のせいだけではなかった。
『ぜったいこれ!』
『そうかなぁ……ボクはピンクの方がかわいいとおもうなぁ』
「……」
小さな子どもの霊が二人、部屋を駆け回っていたのだ。
歳は五歳前後だろうか。一人はツインテールの活発な女の子で、もう一人はおかっぱ頭ののんびりした男の子だった。
(多分害はないと思うけど……)
フィオナは子どもの霊に気を取られつつも、悩むフリをする。
『おねえちゃんはぜったいこれをえらぶもん!』
女の子の霊が、自信満々に試着中のドレスを指差す。
『えー……なんで?』
『わたしと同じとしごろの女子は、みんな"ローズひめ"にあこがれるものよ!』
理由を聞かれると、えっへん、と胸を張って力説した。
(ローズ姫……)
懐かしい単語に、フィオナの眉がぴくりと動く。
ローズ姫とは、「おうじさまとバラ」という有名な絵本の主人公だ。
(私も、大好きだった……)
幼い頃、何度も読み返した記憶が蘇る。
確かにローズ姫は、今フィオナが着用しているような淡い黄色のドレスを着ていた。
「このドレスにします」
「ええ、いいと思うわ」
『ほらね!!』
『ほんとだぁ』
得意げに笑う女の子に、口をぽかんと開ける男の子。
二人の可愛らしいやり取りに、フィオナの表情は自然と柔らかくなった。
「では次はアクセサリーを選びましょう!」
「えっ」
ケイティがぱん、と手を合わせる。
ようやくドレス選びが終わり、油断していたフィオナは思わず声をあげた。
「こちらをご覧ください」
いつの間にか、ローテーブルの上には大量のアクセサリーが並べられていた。
イヤリングに、ネックレスに、ブレスレットに指輪。様々な宝石が光を反射し、キラキラと輝く。
「ド、ドレスだけで大丈夫です」
「お古だから気にしないで」
遠慮するフィオナの手を、ケイティが優しく引いた。
『おかあさま、たのしそう!』
『ねっ!』
その様子を見て子どもの霊が無邪気に笑う。
(ケイティさんの子ども……?)
「好きな宝石はある?」
「あ……オパールです」
「オパールでしたらこちらに!」
フィオナの答えを聞いたダフネが、手際よく仕分けをする。
目の前に並ぶイヤリングとブレスレット。
どちらにも小ぶりのオパールが装飾され、見る角度によってピンクやオレンジなど、輝きの色を変えていた。
「どうしてオパールが好きなの?」
「……」
ケイティの問いかけに、ほんの少しフィオナの瞳が揺らぐ。
「母が……オパールのネックレスをいつも着けていたから、です」
「そう……」
母が亡くなる瞬間までずっと身につけていたネックレス。幼いフィオナは、その輝きが大好きだった。
「光の加減で色が変わるのが素敵よね」
「はい」
ケイティはフィオナの瞳の奥に何かを感じ取ったのか、母親については何も尋ねなかった。
「アクセサリーを着ける前に髪を結うのはどうでしょう?」
「そうね、そうしましょう!」
「え……」
ダフネの提案で、今度はドレッサーの前に連れて行かれる。
「普段は結ばないの?」
「はい」
背後に立ったケイティが、フィオナの髪に丁寧に櫛を入れていく。
(髪梳かしてもらうの……久しぶり)
その優しい手つきがなんだかくすぐったくて、フィオナは膝の上の指をもじもじと動かした。
「一つにまとめる方がいいかしら……」
「そうですね。鎖骨がとても綺麗なので見せた方がいいと思います」
真剣な表情で鏡を見つめるケイティとダフネ。
『おねえちゃん、ほんとうにローズひめみたい!』
『おひめさまみたい』
さらに両サイドからも、子どもの霊が鏡を覗き込んでいた。
「前髪を分けても可愛いと思うけど……あら、ここ……」
ケイティがフィオナの前髪の生え際に、小さな傷痕を見つけた。
「小さい頃、転んじゃって……」
「そう……じゃあ前髪はこのままね」
ケイティは小さく微笑んで、前髪に櫛を入れる。
「うちの子もね……とてもやんちゃだったの」
細めた瞳は慈愛に満ちていたが、同時に寂しげな色も差しているような気がした。
(この子たちのことかな……)
フィオナは視線を斜め下に落とす。
『おねえちゃん、ずっとおうちにいてくれないかなぁ』
『そしたらおかあさま、まいにちたのしいよね』
子どもらしい会話に思わず笑みが溢れる。
しかし――
『そうだ、あめをふらそうよ!』
『いいね! たくさんふったらきっとかえれないよね!』
不穏な言葉が聞こえ、思わず振り返りそうになる。
「ごめんなさい、痛かったかしら?」
「い、いえ、大丈夫です」
髪を結うケイティが心配そうに顔を覗き込んだ。
フィオナは誤魔化しつつも、胸の中のざわめきがどんどん膨らんでいくのを感じた。
(まさか、そんなことできるわけ……)
『あーめあーめ、ふーぅれ!』
『あーめあーめ、ふーぅれ!』
二人の霊が可愛らしい呪文を唱えた、その途端――
ザーーーッ
激しい雨粒が窓を打ちつけた。
「あら……さっきまで晴れてたのに……」
「おかしな天気ですね……」
窓の外を不思議そうに見つめるケイティとダフネ。
『『いえーい!』』
窓の手前でハイタッチをする子どもの霊二人を、フィオナは唖然と見つめた。
コンコン
「入っていいかな?」
「どうぞ」
ノックが聞こえ、クレイグとルイスが入ってくる。
「雨が降ってきたけど……」
「!」
二人はフィオナの姿が目に映るや否や、目を見開き、動きを止めた。
ドレッサーの前に座るフィオナが振り返り、ルイスと目が合う。
淡い黄色のドレスから垣間見える白い肌。
そして華奢な鎖骨に、後れ毛が揺れるうなじ。
「……」
一瞬、雨の音が聞こえなくなった。
「とてもよく似合っているよ。なあルイス」
クレイグに話しかけられ、ルイスは我に帰る。
(殿下……ここでツンデレはダメですよ……!)
(決めどころですよ……!)
ダフネとケイティ、そしてクレイグが、ルイスの反応を待ち構えていた。
「……うん。似合ってる」
ルイスは耳を赤くしながらも、まっすぐフィオナを見据えて言った。
「ありがとう」
フィオナが薄く微笑む。
(これは……惚れて然るべき……)
ドアの後ろに控えていたオリバーが目頭を押さえ、天を仰いでいた。




