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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第3章:年度末パーティー
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20:一大イベント



新緑と花々で春めいたアカデミーの敷地内を、コマドリが力強くさえずりながら駆け巡る。

校舎三階の一番西側の窓からは、風に攫われたカーテンが舞っていた。まるで中から聴こえるピアノの音に合わせて踊っているかのようだ。

ピアノが奏でているのはゆったりとした三拍子のワルツ。そのリズムに合わせて、生徒たちは「ワン、ツー、スリー」と口ずさみながら足を動かしていた。


「ご、ごめんなさい」

「いえッ、ありがとうございます!!」


フィオナの足が、練習相手の男子生徒の足を踏む。

慌てて謝るフィオナに対して、男子生徒の口からは何故か感謝の言葉が出てきた。


「はいそこまで!」


パン、と乾いた音が響く。

髪をきっちりまとめ上げた女性が手を叩くと、ぴたりと音楽が止まった。

彼女は真っ赤な口元を隠すように扇子を広げて、ダンスを披露した生徒たちを一人ずつ観察する。

 

「一学年の代表はレナルドさんとクレアさんにお願いしましょう」

「!」

「すごいわクレア!」


緊張感が漂う中、先生に名前を呼ばれてクレアの表情がパァっと明るくなる。

年度末に行われるアカデミー主催のパーティーでは、各学年で一組が中央ステージで踊ることになっている。

その代表に選ばれることはパーティーの主役を任されるも同然であり、多くの生徒がその座を狙っていた。


「よろしくね、レナルドさん」

「こちらこそ、よろしく」

 

同級生たちからの拍手の中、クレアは頬を赤らめ、上目遣いでレナルドを見つめた。

レナルドはそんな彼女にいつも通りの柔和な笑みを返しつつも、小さく息をついた。


(フィオナとは踊れないのか……)


そしてふと、その目線がフィオナに向けられる。


(またあの子……)


レナルドの優しい眼差しの先にいるフィオナを、クレアはキッと睨みつけた。



***



「代表に選ばれるなんてすごいね」

「ありがとう。ワルツだけは得意なんだ」


社交ダンスの授業が終わって音楽室を出ると、フィオナはレナルドに駆け寄った。

友人が代表に抜擢されて誇らしいのか、いつもよりも声が弾んでいるように聞こえる。


「フィオナはダンスが苦手みたいね」


フィオナの隣にリサが並ぶ。


「うん」


フィオナは堂々と頷いた。


「まあ、フィオナに足を踏まれたいっていう男子はいっぱいいそうだけど……」

「私、ドレス持ってきてないからパーティーは欠席しようと思ってるんだけど……」

「は!? ダメだよ!!」


当たり前のように「欠席する」と言い出したフィオナに、リサは思わず足を止め、声を張り上げる。

びくりと肩を揺らしたフィオナも、つられて立ち止まる。


「年度末パーティーといえば一年の一大イベントなんだよ!? だって……!」

「?」


小首を傾げるフィオナの肩を、鬼気迫る表情で掴むリサ。


「豪華な食事がタダで食べ放題なんだから!!」


その言い分は少しズレているが、リサの言う通り、年度末パーティーを欠席する生徒はほぼいない。

女子生徒であれば、当日に着るドレスやアクセサリーを入念に準備し、男子生徒は気になっている相手にエスコートを申し込む。

アカデミーの雰囲気がどことなく浮き足だっている理由は、春の暖かな陽気だけではないようだ。

 

「僕も参加した方がいいと思うよ。その……ドレスなら、僕がプレゼントするし」


レナルドもフィオナに向き直り、少し緊張した面持ちで提案した。


「そんな高価なもの受け取れないよ」

(受け取ってあげなよフィオナ……!)


きっぱりと断るフィオナに、しゅんと眉を下げるレナルド。

その様子を見て、リサはもどかしそうに口を結んだ。


「本当にいいの。私のことは気にしないで……」

「えッ、フィオナちゃんドレス持ってないの!?」

「!」


突如割り込んできた明るい声。

振り向くと、その性格に比例するような明るい金髪のジャスパーが、人懐こい笑みを浮かべて立っていた。

フィオナは反射的に身構え、距離を取る。

しかし――


「ドレスの一つや二つ俺があげちゃうよ〜。ほら、俺ってこう見えて伯爵家だし?」

(あれ……?)


過去に二度経験した、凄まじい頭痛は襲ってこない。

そして、ジャスパーに纏わりついていた女性の霊が見当たらない。


「フィオナちゃんはどんなドレスが好き? 可愛い系? 綺麗系? それともセクシー系!?」

「……いらないです」

「えええ何で!?」


少し遅れて、フィオナはいつも通りに対応した。

それを見てレナルドがほっと息をつく。


「行こう、フィオナ」

「チャラ男はスルーが一番!」

「うん……」


レナルドとリサが、フィオナの両サイドをがっちり守ってジャスパーから引き離す。


(……やっぱり、いない)


フィオナは一度だけ振り返る。

名残惜しそうに手を伸ばすジャスパー。

その周りに霊の影は、見当たらなかった。



***



ドドン!

――女子寮の前に、場違いなくらい鮮やかな真紅のドレスが置かれていた。


「……」


フィオナは思わず足を止める。


「フィオナさん……」


すると、ドレスの脇から名前も知らない男子生徒が現れた。

男子はおもむろにフィオナの前に跪き、手を差し出す。


「このドレスを着たあなたと踊る栄光を、僕にくれないだろうか」

「……」


フィオナは特に驚くことなく、困ったように視線を横に流す。


五月に入り、パーティーまで残り二ヶ月となったこの頃、フィオナにエスコートを申し込む男子が殺到していた。

本来なら花束やアクセサリーを贈るのが一般的だ。

しかしどういうわけか、「フィオナの気に入るドレスをプレゼントした者が彼女をエスコートできる」という根拠のない噂が、男子たちの間に広まっていたのだった。


「受け取れません、ごめんなさい」


フィオナは深々と頭を下げる。

男子はその場で膝から崩れ落ち、フィオナはそっと横を通り過ぎた。


『あんな真っ赤なドレス、フィオナには似合わないだろ……センスないなぁ』


フィオナの隣で、茶髪の霊がヤレヤレと呆れたように首を振る。


『フィオナって何色好き? 俺は白!』

(……考えたことなかった)


霊の何気ない質問にフィオナは立ち止まる。

人目を気にして答えなかったのもあるが、自分の好きな色がパッと思い浮かばなかった。"色を選ぶ"ということを、あまりしてこなかったのだ。


『あ、口悪男だ』

「フィオナ」


霊が呟いた直後、ルイスに呼ばれて振り返る。


「どうしたの?」

「あー……あのさ……」

「?」


フィオナは首を傾げる。

物事をはっきり言うルイスにしては珍しく歯切れが悪い。


『ははーん?』


一方で霊は何かを察したようで、ニヤリと片方の口角を上げ、琥珀色の瞳をキランと光らせる。


「……ブローン伯爵家に、遠方に嫁いだ娘がいるんだ」

「? そうなんだ」

「その人が着ていたドレスが伯爵邸にあって……夫人も是非使ってほしいって言ってるんだけど……どう?」


ルイスは襟足を掻き、少し気恥ずかしそうにフィオナの反応を窺う。


『グッドアイディアじゃん、口悪男!』


霊がパチン、と指を弾く。


「でも……」


しかし、フィオナはそれでも首を縦に振ろうとはしなかった。


「グッドアイディアよ、ルイス!」

「! リサ……」


そこに、フィオナの背後から突然リサが現れた。

フィオナは驚きつつも、隣にいた霊に目配せをする。

 

『はいはい、どっかいきますよ〜』


フィオナの意図を汲み取った霊は、唇を尖らせてリサから離れていった。


「何着かあるの?」

「ああ」

「じゃあ私も一緒に行ってフィオナに似合うドレスを選んであげる!」


ドレスさえ用意できれば、フィオナは年度末パーティーに参加できる――そう思っていたリサは、目を輝かせてフィオナの腕に自分の腕を絡めた。


「そうしよっ、フィオナ!」

「じゃあ……お願いしようかな……?」

「おう」


リサの後押しのおかげで、フィオナは遠慮がちに頷いた。新品ではなく"お古"という点も、決定打になったのだろう。

安心したように息をついたルイスに、すすす、とリサが近寄る。

そして――


「フィオナだけ家に招待するなんて、やらしーわよ」

「!?」


小声で囁いた。

瞬間、ルイスの顔が赤くなる。


「俺は別に……ッ!」

「じゃあね〜!」


思い通りの反応を満足げに見届けたリサは、颯爽と去っていった。


「チッ……」

「……」


軽く舌打ちをしたルイスを、じっと見つめるフィオナ。

そして目が合うと、ふわりと笑った。


「ルイスの家行くの、楽しみ」

「!!」

「じゃあ、また明日」


ルイスの乱された心などつゆ知らず、フィオナは軽い足取りで寮に入っていった。


「……あーー、クソッ」


取り残されたルイスは少しの間呆然と立ち尽くし、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。



***



首都ネオローザの中心街。


「次はあの店に行くわよ」

「かしこまりました、お嬢様」


石畳みの道を、クレアがカツカツとヒールを鳴らして歩く。

背後には二人のメイドが続き、その腕には大量の紙袋と箱が抱えられている。


「おお……」

「美しい……」


すれ違う男性たちは足を止め、クレアをうっとりと見つめる。

手入れの行き届いたブランドの髪に、香水の甘い香り。そして華やかなドレスと装飾品が、彼女の女性としての気品を強調した。


恍惚とした視線が集まる中でも、クレアは堂々としている。

美への賞賛を、"当たり前のもの"として享受していた。


「素敵なレディ、ブロンドの髪がとてもよく似合っているね」

「急いでおりますので」


鼻の下を伸ばして声をかけてきた男を、クレアは煩わしそうにあしらった。


「誰もがお嬢様に目を奪われていますね」

「当たり前よ、ロイフォードで一番の美人だもの」


いつもより速い歩調から苛立ちを感じ取ったのか、メイドたちがクレアの顔色を窺う。

しかしいくら褒められたところで、彼女の眉間の皺が取れることはなかった。


(そうよ……私の方が美しいのに……ッ)


クレアは奥歯を強く噛む。


(何で、レナルドさんはあの子ばかり……)


ふとした瞬間に思い出すのはレナルドの優しげな瞳。しかし、エメラルドのように綺麗な輝きが向けられるのは自分ではなく、フィオナだった。


(アホな男子たちもみんなむかつく……!)


男子たちの浮き足だった雰囲気も、気に入らなくて仕方がなかった。


「あっ……」


曲がり角に差し掛かったところで、クレアは白い何かとぶつかってしまった。


「申し訳ありません。大丈夫ですか?」


少しよろめいた彼女の腰を、しなやかな腕が支える。

見上げると、白いマントを羽織った中性的な男性が微笑んでいた。

体勢を立て直したクレアは、彼のマントに赤い汚れを見つけた。


「ごめんなさい、服に口紅が……」

「構いませんよ」


ぶつかった拍子に口紅が付いてしまったようだ。

彼……イライアスは、笑みを貼り付けたまま紫色の瞳をスッと細める。


「……具合が悪そうですね」

「え……いえ、そんなことは――」

「いいえ」


イライアスの落ち着いた声が、クレアの言葉を遮る。

優しげで物腰柔らかい声色だったが、何故かピンと空気が張り詰めたような気がした。


「あなたの魂が深く傷ついているのが見えます」

「!」


イライアスの言葉に、クレアは目を丸くする。


「まあ……そうかも、しれませんわ」


そして視線を落とし、ブロンドの髪をサッと後ろに払う。


「心の傷は放っておくと身体を蝕むこともあります。どうか貴女の心が安らかであるように……こちらをどうぞ」

「?」

「神聖力を込めてあります」


手のひらに乗せられたイヤリングがコロンと転がる。

小さな宝石が一つだけ付いたシンプルなデザイン。今日クレアが購入した装飾品に比べると、明らかに劣る品質だった。


「……いただいておきますわ。ありがとうございます」

「ユノレス神のご加護がありますように」


クレアは社交辞令の笑みを貼り付け、イライアスを見送る。


「……」


彼の姿が見えなくなったあと、受け取ったイヤリングを太陽にかざしてみる。


(……ダサいし、安っぽいわ)


青い宝石は光を反射するどころか、どこか黒ずんでいるようにも見えた。



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