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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第2章:リサとネイト
20/37

19:お泊まり



「今日はシチューだって! 多分手伝わされるけど大丈夫?」

「うん。やってみたい」


紙袋を一つずつ抱えて帰宅したリサとフィオナ。


「……ん?」


視界の端に動く気配を捉え、リサが足を止めた。

そして確認しようと、西側の外壁を覗き込む。


「!」


フィオナもリサの後ろから顔を出すと、まず壁に立てかけられたハシゴが目に入る。

だんだんと視線を上げる。その先にいたのはボルジャーだった。


「何でまだいるの!?」


リサが思わず声を上げる。

ボルジャーはリサとフィオナを一瞥し、すぐに視線を手元に戻した。


「お金はいらないから蔦を切ってほしいとカリンさんに頼まれたので」

(ママ……いいように使ってる……)


淡々と答えながら蔦を切り続けるボルジャー。

その働きのおかげで、蔦に覆われていたクリーム色の外壁がよく見えるようになった。


「……よし」


最後の蔦が地面に落ちるのを満足げに見届けてから、ボルジャーがハシゴを降りる。

ガタ、とハシゴが揺れたのを見て、フィオナは小走りで駆け寄り、ハシゴの足元を支えた。


「すみません、助かります」

「いえ……」


地上に降り立ったボルジャーは、続いて落ちている蔦を拾い始めた。


「……手伝いましょうか?」

「いえ、カリンさんのためにやってることなので手出ししないでください」

「……」


フィオナの善意はきっぱりと断られてしまった。

フィオナは少し戸惑いながらも、リサの隣に戻る。


「てか教授! 何で霊消せたの!?」


腰をかがめたボルジャーにリサが尋ねる。

唐突な質問だが、ずっと気になっていたことだった。

フィオナも同じ気持ちで、ボルジャーの返事を待った。


「ああ……あれは誰にでもできますよ」


ボルジャーは蔦をゴミ袋に入れながら、さらっと答えた。


「フルネームを呼んで"還れ"と命令すれば、誰でも霊を消すことができます」


リサとフィオナの目が大きく見開かれる。

ボルジャー固有の能力で霊を消滅させた、というわけではなかったようだ。


「ただ……普通の人間は、霊の名前なんて知り得ないでしょうね」

「……!」


その言葉に、リサはハッとしてフィオナを盗み見る。


(フィオナなら……)


生きている人間と同じように霊が視え、霊の声が聞けるフィオナになら、それが可能だと気づいたようだ。


ふと、ボルジャーが手を止めてフィオナに視線を向ける。


「あなたも数奇な人生に縛られていますね」

「……」


ボルジャーの抑揚のない言葉が、フィオナの胸にじわじわと広がっていく。

その意味を考えてしまわないように、フィオナは一歩足踏み出した。


「あの……質問していいですか?」

「どうぞ」

「民族学の授業で、教授は"今のイータ族に能力者はいない"って言いましたよね……?」

「ああ……あれは嘘ですね」

「え……!」


ボルジャーがあまりにも淡白に告げるものだから、結んだ口が思わず開いてしまった。


「迫害の原因となった能力を"ある"と断言してしまったら、同じ歴史が繰り返される……」


ボルジャーがぼそりと呟く。

そして、最後の蔦をゴミ袋に入れてゆっくりと背を伸ばした。


「生きづらいから、あなたも隠しているのでしょう?」

「……」


ボルジャーの灰色の瞳に見据えられ、フィオナは小さく頷いた。


「まあ……今はもう能力者はイータ族に限られないので、あながち間違いでもないんですけど」

「え……」

「カリンさんから能力継承のルールを聞いたのでは?」


フィオナは一瞬息を呑み、ラウルの顔を思い浮かべた。


「あ……」


能力の継承は霊が"深く愛する人"に対してのみ行える。

つまり、相手がイータ族でなくても能力は与えられる。

――ラウルがフィオナに、そうしたように。


「……ふう」


ボルジャーが小さく吐いた白い息が、空気に溶けていく。


「寒くなってきたので帰ります」


マフラーを巻き直すと、ボルジャーは肩を丸めて二人に背を向けた。


「意外……また押しかけてくるかと思った」


その猫背を横目で見つつ、リサがフィオナに耳打ちをする。


「カリンさんに"終わったら速やかに帰れ"と言われたので」

「!」


くるり。ボルジャーが振り返り、リサはびくりと肩を揺らした。


「……従順すぎでしょ」

「……うん」


再び歩き出したボルジャーを、リサとフィオナは呆然と見送った。



***



「フィオナ、ゆっくり……ゆっくりね……!」


リサが緊張した面持ちで言う。

手に汗をにぎりながら見つめるのは、フィオナの手元。


「うん……」


台所に立つフィオナはごくりと息を飲む。

左手で半円のジャガイモをそっと押さえ、右手に持つ包丁を慎重にあてがう。


(真下じゃなくて、前に押すように……)


トン――。

包丁がまな板に当たる。


「!」


綺麗に半分になったジャガイモを見て、フィオナは嬉しそうに目を輝かせた。


「も〜、指切っちゃいそうでハラハラしたよー」

「初めてだったから」


リサは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。


「ありがとう。いい感じよ」


いつの間にか近くまで来ていたカリンがまな板を持ち上げる。

ぎこちない包丁捌きを褒められ、フィオナは照れくさそうにはにかんだ。


ぽとぽと、とカリンが手際良く切った材料を鍋に落としていく。

フィオナは興味津々に鍋を覗き込む。

中にはジャガイモの他に、タマネギと豆が水に浮かんでいた。


「熱いから気をつけて」

「はい」

「しばらく煮込んで具材が柔らかくなったら、ミルクと小麦粉を入れるのよ」


そう言ってカリンは鍋に蓋をし、エプロンの紐を解いた。


「ちょっと休憩しましょ」

「しよー」


休憩と聞いて、リサが真っ先にテーブルへ向かう。

テーブルの上には既にティーカップが三つ並んでいた。


「ローズヒップティー……」


カップの中身が赤いことに気づいて、フィオナが小さく呟いた。


「ごめんね、うちにはこれしかないのよ」

「わ、私、これ好きです」


苦笑するカリンに、フィオナは慌てて弁明する。


「ルゼオン帝国にはローズヒップティーないんだって!」

「へえ……そうなのね」


リサのフォローに何度も頷いていると、優しく笑ったカリンと目が合った。

ドキ、と小さく心臓が跳ねる。

同性のフィオナでも思わず目を奪われる、女性的な魅力と少しの妖しさの混じる笑顔だった。


(カリンさんは……何かの能力を受け継いだのかな……)


そんなことを考えていると、カリンが小さく首を傾げた。


「なあに?」


優しく尋ねられ、フィオナはもじもじとカップの持ち手を撫でる。


「カリンさんは……何か、能力を受け継いだんですか……?」


そして、飲み込みかけた疑問を思い切って尋ねてみた。


「……いいえ」


カリンは優しい笑みを崩さず、静かに首を横に振った。


「私の母は人の心が読める能力を持っていたけど……生前から"継承しない"と言っていたわ。……私もそれで良かったと思ってる」


そう言いながら瞼を伏せ、カップに口をつける。

紫色のアイシャドウが照明の光を受けてキラキラと輝いた。


「人の心の内なんて……わからない方が、幸せだもの」


人の心が読める能力――……人によっては魅力的に思えるかもしれない。

けれどフィオナは想像してみて、カリンの考えに共感した。


「……」


ただ、「そうですね」と頷くのも違う気がして、静かにローズヒップティーを口に含む。

先日と同じ甘いバラの風味が広がり、フィオナの胸を温めていく。


(あれ……?)


フィオナはある違和感に気づき、クリーム色のティーカップを見つめる。

初めてリサの家を訪れ、イータ族についての話を聞いた時も、こうやってローズヒップティーを飲んでいた。

しかし――


(あの時、ボルジャー教授はいなかった……)


その会話にボルジャーは参加していなかったはずだ。

ボルジャーが花束を手に訪れたのは、その後だった。


"カリンさんから能力継承のルールを聞いたのでは?"


(何で、知ってたんだろう……)


フィオナがティーカップを置いたのと同時に、鍋の中身がぐつぐつと音を立て始めた。

蓋の隙間から湯気が立ちのぼり、野菜の優しい香りが部屋に充満していく。


「さあ、味付けをしようかしら。フィオナやる?」

「……はい」


小さな違和感はそっと胸の奥に仕舞い、フィオナは席を立った。



***



「ちゃんとかけてる? 寒くない?」

「うん」


しんしんと雪が降る夜。

ランタンのみが灯された薄暗い部屋で、フィオナとリサはソファに座り、それぞれ毛布にくるまっていた。

テーブルの上には花柄のお皿に乗ったクッキー。深めのカップからは、ホットミルクの湯気がゆらゆらと立ちのぼっている。


「ママには内緒だから小声でね」

「うん」


リサがいたずらに笑い、口の前で人差し指を立てる。

フィオナも同じように人差し指を立て、口元を緩めた。


「クッキー美味しい〜」


リサがクッキーを頬張る。その幸せそうな顔を見ながら、フィオナは口を開く。


「リサは……カリンさんがボルジャー教授と再婚するのイヤ?」

「ん、んん!?」


突拍子もない質問に、リサは口の中身を噴き出しそうになった。


「あはは! 一発目にぶっ込んだこと聞いてくるね!?」

「あ……ごめん、答えなくても……」

「いいよ全然!」


リサは無邪気に笑い、ホットミルクを一口含んだ。


「うーん……ママがいいなら別にいいんだけど……」


両手でカップを包み込むと、じわじわと温かい熱が伝わる。


「普通に脈なしだし、ボルジャー教授にママは落とせないと思う」

「……そっか」

「ママとパパってね、恋愛結婚だったの! すっごくラブラブだったんだ」


静かに話していたリサが、急に目を輝かせてフィオナを見る。


「でも……パパが馬車の事故で死んじゃってからは……何も残らなかった。誰も……ママを護ってくれなかった」


しかし、すぐに瞼がその瞳を覆ってしまう。

瞼の裏に思い浮かぶのは、苦労を隠すように笑う母、カリンの姿ばかりだった。


「だから私は、自分でお金を稼げる職について、ママに楽をさせてあげるの!」

「うん……すごくいいと思う」


リサがアカデミーに通う理由を知り、フィオナは目を細め、深く頷いた。


「……フィオナは、どうして留学しようと思ったの?」


フィオナの顔色を窺いながらリサが尋ねる。

この質問が、フィオナの家庭環境の核心を突いてしまうと、なんとなくわかっていたのだろう。


「私も……自分で稼げるようになって……一人でも、生きていけるようになりたい」


後半は消え入りそうな、小さな声だった。

フィオナは毛布の合わせ目をきゅ、とにぎる。

その様子を見て、リサはゆったりとした動作で、もう一枚クッキーを手に取った。


「わかる。女も財力を持つべき」


そして力強く、フィオナの言葉を肯定した。

リサの口の中からクッキーを噛み砕く音がわずかに聞こえる。

そんなリサの悠然とした態度が、フィオナの中に小さく芽生えた勇気を後押しした。


「お母様は……病気で亡くなってて……」


時折言葉を詰まらせながら、ぽつりぽつりとフィオナが話し始める。


「お父様は、出征することが多いから、あまり交流がなくて……」

「うん」

「弟には……近づかせてもらえない……」

「何で? 誰に?」

「小さい頃、霊から遠ざけようとしたら転ばせちゃって……。侍女長に近寄るなって言われてる」

「はあ? 何それ、フィオナ悪くないじゃん」


思い切り眉間に皺を寄せるリサを見て、フィオナは苦笑しながらカップを手に取った。


「だから、きっと私が家にいない方がみんな安心するし……私も、その方が楽だと思う」

「……」


ふう、と小さく吐いた息が、ホットミルクの湯気を揺らす。


「ねえ、めっちゃいいこと思いついた……」

「……?」


ふいに、リサが真剣なトーンで呟いた。


「私と二人で商売始めない!? そこらへんの貴族よりガンガン稼いで、首都に豪邸建てようよ!」


フィオナは三秒ほどぽかんと固まったあと、ふにゃりと笑った。


「私、二年間はルゼオンの皇宮で働いて学費を返さなきゃ」

「えーそうなの? まあすぐには無理かー」


リサは残念そうにソファの背もたれに項垂れる。

しかし「あ!」と大きな声をあげたあと、その身体を前のめりに起こした。


「私のママとフィオナのパパが再婚するのは!?」

「え……」

「そしたら私たち姉妹だねっ」

「!」


リサの大発見に、フィオナは思わずハッと口を開ける。


「フィオナのパパかっこいい?」

「……筋肉はある」

「え、最高なんだけど!」



***



翌朝。


「リサ、フィオナ、起きてる?」


カリンが部屋のドアを叩く。

中から返事はない。


「朝食の準備を……」


ドアを開け、目に入った光景にカリンは動きを止めた。

そして眉を下げ、微笑む。


「……もう」


大きなため息一つだけを残し、静かに出ていく。


部屋のテーブルの上には空になったお皿と白いカップ二つ。

ソファの上には、未だ夢の中にいるフィオナとリサが、毛布にくるまって寝ていた。



第2章:リサとネイト - fin -

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