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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第2章:リサとネイト
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18:ユノレス教



十二月最後の週。

閑散とした構内を一度だけ振り返ったあと、フィオナは街へと歩き出した。

厚手のコートを羽織り、手には古びた鞄。ボルドー色のマフラーに隠れた口元は柔らかく弧を描いていた。


今日から三週間、フィオナはリサの家で過ごす。


《おおお!!》


歓声が聞こえ、足を止める。

アカデミーのすぐ近くにある広場に、人だかりが見えた。


「こんなに肩が軽くなったのは初めてだ……!」


群衆の中心にいるのは嬉しそうに肩を回す中年男性。

そして――


「ユノレス神からの祝福がありますように」


聖職者特有の白いマントを身につけた若い男性だった。

顎のラインまで伸びた紺色の髪は白い服によく映えており、彼の中性的な顔立ちを際立たせていた。


「ありがとうございます司祭様……!!」


司祭が物腰柔らかく微笑むと、中年男性は何度も頭を下げた。

その様子を横目に、フィオナが脇を通り過ぎようとした時――


「……ッ!」


強烈な寒気に見舞われる。

続いて視界がくらくらと歪み、思わず近くの街灯に手をついた。冷え切った鉄がフィオナの体温をさらに下げていく。


『助けて……』


どこからともなく、悲痛な声が聞こえた。

フィオナは重たい頭を上げ、周囲を確認する。

スキップして親の手を引く子ども、忙しそうに小走りする男性、杖を手にベンチに座る老人――苦しそうな人は見当たらない。


視線を動かす中、群衆の中の司祭と目が合った。


「大丈夫ですか?」


彼はすぐに駆けつけ、フィオナの顔を覗き込んだ。


「だいじょう――」

『嫌だ……出して!!』

「ッ……」


フィオナが答えかけた瞬間、より一層声が大きくなる。

脳をガンガンと揺らされるような感覚に、嫌な汗が止まらなかった。


(霊の声……でも、どこに……)

「貴女の魂も深い傷を負っているのですね……」


司祭は心配そうに眉を下げ、懐に手を入れた。


「どうか受け取ってください。神聖力が込められたブレスレットです」


差し出されたのはブレスレット。シルバーのチェーンに小さな青い宝石が付いただけの、シンプルなデザインだった。


『出せ……出せよ!!』

「!」


再び声が響く。

悲痛な声色はやがて、憎悪を感じさせる強い語気へと変わっていった。


(この中に……いるの……?)


青い宝石に、一瞬黒い影が揺らぐ。

フィオナは司祭の顔を見上げる。変わらず柔らかな表情だが、弧を描いて微動だにしない薄い唇に少しの違和感を感じた。

フィオナよりも濃い紫色の瞳。そこに映る自分を見ていると、なんだか飲み込まれてしまいそうな感覚に陥った。


「い、急いでいるので……失礼します」


フィオナは脱力してしまいたくなる身体を奮い立たせ、背筋を伸ばす。

なんとか絞り出した声で早口に伝えると、必死に足を動かした。


「……」


去っていくフィオナを見つめる瞳が、ほんの少しだけ細められる。奥行きの感じられない、ひどく無機質な色だった。


ブレスレットの宝石は先ほどよりも黒く淀んでいた。



***



(予定より遅くなっちゃった……)


途中で体調を落ち着かせつつ、フィオナはようやくリサの家に到着した。

外壁に蔦が這う、古びた木造建築。一見怪しい外観を見上げ、フィオナはほっと息をつく。


コンコン


「……?」


ノックをするが、返答がない。しかし話し声は途切れ途切れに聞こえる。よく見ると、ドアは少し開いていた。


「お邪魔します……」


フィオナがそっとドアを押すと、建て付け部分がギギギと音をたてた。


「僕の全てをあなたに捧げます」


フィオナの視界に入ったのは、カリンの前に跪くボルジャーだった。

既視感のある光景に、フィオナは小さく口を開ける。

ただ、今回ボルジャーが手にしているのは花束ではなく小さな冊子だった。


「あ、フィオナ!」


ジト目でそれを眺めていたリサが、フィオナの存在に気付いた。


「いらっしゃい、フィオナ」


続いてカリンも優しげな笑みを浮かべ、ボルジャーの横を通り過ぎる。


「二階の部屋使っていいよ! 案内するねっ」

「う、うん」


いつものようににっこりと笑ったリサが駆け寄り、フィオナの手を引く。

跪いたまま動かないボルジャーを横目で見つつ、フィオナは部屋の奥へ向かった。


「ボルジャー教授……今度は何をプレゼントしたの?」


階段を上りながら、小声で尋ねる。

リサはすん、と無感情に目を細め「あー……」と呟く。


「通帳よ、通帳」

「通帳?」

「民族学のレポートを一緒にやった時のこと、憶えてる?」

「うん」


フィオナはすぐにその時の光景を思い出した。

レポート課題の内容は、"イータ族の未亡人女性へのプロポーズの仕方"だった。


「私、"通帳をプレゼントされるのが理想のプロポーズ"って言ったでしょ?」

「うん、言ってた」

「それをそのままレポートに書いたんだよね」


リサの冷めた視線を辿り、階段の上から一階を見下ろす。

ボルジャーが差し出した通帳を、カリンが突き返している様子が見えた。


「そしたら……アレよ」

「……」


何と言ったらいいかわからず、フィオナは無言のままリサについていく。


「こちらへどうぞ〜!」


リサは小走りし、一番奥の部屋のドアを開けた。


「ありがとう」


ホテルマンを真似したような所作に、フィオナも表情を柔らかくする。


「わあ……」


部屋に一歩踏み入れると、スノードロップのほのかに甘い香りが鼻先を掠めた。

大きな窓から差し込む光は温かく、原色の絨毯をより鮮明に照らしている。


「素敵だけど……こんな広い部屋使っていいの?」


鞄を持ったままリサを振り返る。

部屋にはシングルベッドが二つ。ソファとテーブルまで置かれている。一人で過ごすには広すぎるように思えた。


「いいのいいの! ね、夜は私もここで寝ていい?」

「!」


リサは手前のベッドに腰をかけ、大きな瞳でフィオナを見上げた。


「うん」

「やった!」

「リサちょっと来てー!」


リサが満面の笑みを浮かべたところで、開いたドアからカリンの声が聞こえた。


「ちょっと行ってくるね。くつろいでて!」

「うん」

「はーいー!」


小走りで出ていくリサを見送ってから、フィオナは鞄をソファに置く。マフラーを解くと、静電気の音がパチっと部屋に響いた。


「……」


乱れた髪を手櫛で整えながら、奥のベッドに座る。

もう一つのベッドを一瞥したあと、そのまま後ろに倒れ込む。ふかふかの毛布がフィオナの身体を包み込んだ。


「お泊まり……」


ぽつり――

小さく呟くと、ごろん、と横向きになりながら、毛布の端をそっと指先で握った。


「フィオナー!」

「!」


明るい声とともにバタバタと足音が近づいてきて、フィオナは勢いよく身体を起こした。


「ママがおつかい行ってきてだって! 一緒に行こ!」

「う、うん」


ぎこちなく立ち上がったフィオナは、火照った顔を隠すようにマフラーを巻いた。



***



「お嬢ちゃんたち可愛いね! 一個おまけしちゃうよ!」

「ありがとーお兄さん」

「え、お兄さんだって? うまいね〜もう一個持ってきな!」

「やったー!」


紙袋からはみ出るほどのジャガイモを手にするリサに、フィオナは小さく拍手を送った。


「お金余ったから夜食買お!」

「夜食?」

「夜にお喋りしながら食べるやつ!」

「夜食……!」


"夜食"という概念に初めて出会ったフィオナは、感動したように瞬きを繰り返した。


「クッキー好き?」

「うん」

「よし! それならあそこの店が……」


ガシャーン!


リサが指差した店から、勢いよく何かが吹っ飛んだ。


「くそ……くそォ……!!」


歩道に倒れ込んだのは大柄の男だった。


「動くな」


起きあがろうとした男の喉元に剣が突きつけられる。

男の前にはフード付きのローブを身に纏った人が立っていた。フードを目深に被っているため顔はよく見えない。しかしその低い声から、男性であることだけはわかった。


「喧嘩かな? 年末にやめてほしいよね……フィオナ?」

「……ッ」


ふと見たフィオナの顔が強張っていることに、リサが気づく。

フィオナの瞳には、男にまとわりつく黒いモヤが映っていた。


(あの時と同じ……)


やがてそのモヤは人の形を成す。

リサの家に暴漢が乱入してきた時と、同じような光景だった。


『何だコイツ……嫌な感じがする……!』


しかし霊の様子が少しおかしい。

顔を引き攣らせ、腰を引く。目の前のフードの男に怖気付いているようだ。


『嫌だッ……、逃げたい……!!』

「うああああ!!」

「!?」


すると突然、倒れていた男が腕を振り回す。

剣に触れ、腕に切り傷ができる。

それでもお構いなしに立ち上がり、不恰好に走り出した。


「……」


ローブの男があとを追う。

彼が走り出した一瞬、ローブの中からオレンジ色の瞳がフィオナに向く。


(守衛さん……?)


フィオナは口を小さく開け、彼の背中を見つめる。

瞳の色と背格好が似ているうえに、霊が拒否反応を示した――ネイトの能力と一致する。


「もしかして霊いた……?」

「うん……でももう行ったから大丈夫」


フィオナはリサに笑み向けながら、胸の内に浮かんだ疑問に蓋をした。



***



「ガッ、ハ……!!」


白目を剥いて男が崩れ落ちる。

先ほどの現場から三百メートル程離れた路地裏で、男は取り押さえられた。


「……そいつもか」

「はい」


ローブの男の背後から、同じ黒いローブを着たルイスが現れた。その青い瞳で冷静に男を見下ろす。

ローブの男……ネイトはフードを外して振り返った。


「おそらく司祭が配っているのと同じ物です」


そして、男の腕から取り外したブレスレットを差し出す。

シルバーのチェーンに小さな宝石が付いたシンプルなブレスレットだ。


「安物だな」


ヒビの入った黒ずんだ宝石を見てルイスが言う。


「特に何か仕掛けてあるようには見えませんね」


ネイトもブレスレットをまじまじ見つめた。


「製造元を調べてくれ」

「はい」


ルイスに言われて、ネイトはブレスレットを懐に仕舞う。


「……バレてないよな?」

「大丈夫です」


念を押すようにルイスが尋ね、ネイトが深く頷く。


「念のため長期休暇中はリサの家に護衛をつけてくれ」

「わかりました」


ルイスはフードを目深に被り、息を潜める。その青い瞳は大通りを歩く男を追っていた。


「イライアス・フィーラン……一週間ほど前からこの辺りで布教活動をしているようです」


ネイトも同様にフードを被り直し、小声で話す。


「……他に被害は?」

「今日だけで強盗が一件、喧嘩が二件です。他の加害者も同じブレスレットを着けていたそうです」


ネイトの報告を聞き、ルイスは眉を顰め、目を細める。


「捕らえますか?」

「いや……証拠がないし、教会と表立って対立するのは避けたい」

「では引き続き監視します」

「……」


ルイスは握った拳に力を込める。

視線の先にいるイライアスは、感情の見えない薄い笑みを浮かべていた。



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