16:プロポーズ案
木枯らしの音が図書室の窓を叩く。
試験期間中だからか、今日はいつもより生徒の数が多い。小声で話す音やページをめくる音が重なり、ほんの少しだけ、賑やかな雰囲気が漂っていた。
奥にある学習スペースには大きな机が六つ並んでいる。
「……」
その一角で、眉間に皺を寄せ、頬杖をつくルイス。
「えっと……"イータ族の未亡人女性へのプロポーズの仕方"……だよね」
その隣には苦笑するレナルド。
「四百字以上……」
その正面には、真っさらな紙を見つめるフィオナ。
「文字数さえクリアしてればオッケーだから、ささっと書いちゃお!」
フィオナの隣でペンを握るリサ。
(この三人、集まるとどうなるんだろ?)
リサはレポートに向き合いながらも、好奇心に満ちた目でルイスとレナルドを観察していた。
「プロポーズ……なかなか難しいテーマだよね」
「ほんとそう! 女子もいるのに、配慮がない!」
眉を下げて言うレナルドに、リサはうんうんと強く頷いた。
「レナルドだったらどうする?」
「えっ」
急に飛んできたフィオナの質問に、レナルドは小さく肩を揺らす。
フィオナはレナルドをじっと見つめ、静かに答えを待っている。ただ純粋に、男性としての意見を参考にしたいようだ。
「うーん……夫を亡くしてるわけだから……自分の気持ちを押し付けるより、まずはその悲しみに寄り添いたいかな」
レナルドは頬をかきながら、照れたようにはにかんだ。
ふむふむ、と小さく頷くフィオナの横で、リサがニヤリと笑う。
「プロポーズの言葉は?」
「え、ええ〜……言わなきゃダメかな?」
「いいじゃん。本当に未亡人に求婚するわけじゃないんだから」
リサは机の上で腕を組み、期待の眼差しを向ける。
「んー……」
レナルドの指先が紙をいじる。真剣に思い悩み、チラリとフィオナを見た。
「僕の人生をかけて、あなたを幸せにしてみせます」
フィオナを見つめて呟いたセリフが、図書室の空気に優しく広がる。
「……とか……?」
少しの間を置き、レナルドの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「優しくていいと思う」
「……ありがとう」
フィオナの他人事のような感想に、小さく息をつき笑顔をつくるレナルド。
赤くなった首を隠すように手を添えるが、その手も赤く色づいているように見える。
(好きじゃん)
その様子を見てリサは確信した。
「次、ルイス」
「は!?」
そして同じ質問をルイスに飛び火させる。
油断していたルイスは頬杖を外し、背筋を伸ばした。
「フィオナも聞きたいでしょ?」
「うん」
「……」
眉間に皺を寄せるが、フィオナがあまりにもまっすぐ見つめてくるものだから、突っぱねることができなくなってしまった。
「……行動で示す」
その視線から逃げるように瞼を伏せ、簡潔に答える。
「具体的には?」
クサいセリフを避けたルイスをリサは逃さない。
キッと睨まれても怯むことなく、笑顔の圧力を向けている。
「……どんなことがあっても護る」
ルイスは半ばやけくそに答えた。
「フィオナどう? ドキってした?」
納得のいく回答を引き出せたリサはフィオナの反応を窺う。
フィオナは自分の胸に手を当て、一言――
「……不整脈はないと思う」
淡々と述べた。
「フッ……!」
堪えきれずに噴き出したリサをルイスが睨む。
「フィオナは……どういうプロポーズされたいとか、ある?」
レナルドが遠慮がちに尋ねた。
《!!》
その瞬間、図書室の空気がピンと張り詰めたように静まり返る。
隣のテーブルで勉強していた男子はペンを止め、本棚の前に立つ男子は足を止める。誰もが、フィオナの返事に耳を澄ませていた。
「えっと……」
しかし、フィオナはすぐに答えられない。
(結婚……するつもりないんだけど……)
結婚はフィオナにとってありえない未来。だから、全く想像がつかなかったのだ。
「私はね!」
視線を落とすフィオナの隣で、リサが明るい声をあげた。
「"僕の全てを捧げます"って、通帳をプレゼントされるのが理想のプロポーズかな!」
「金かよ……」
「お金って大事よ?」
「あはは、そうだね」
ルイスは呆れたように小さく笑い、レナルドは柔らかく笑う。
空気が軽くなり、フィオナの肩に入っていた力がすっと抜けた。
(プレゼント……)
そして、脳裏にカリンの前で跪くボルジャーの姿が浮かぶ。
"あなたの瞳の色を想って花を選びました。"
「……瞳の色と同じ花束をプレゼントするのは、素敵だと思う」
《!!》
フィオナがぼそりと言った言葉に、図書室の空気が揺れた。
「え〜……フィオナそれマジで言ってる?」
「うん」
「まあその方法は失敗してるけどね……」
同じ現場を見ているリサとしては、複雑な心境のようだ。
「フィオナは花を貰ったら嬉しい?」
「……うん」
レナルドに聞かれて、フィオナは少しだけはにかんで頷いた。
その反応に、周囲の男子たちの視線が釘付けになる。
(花屋から紫色の花がなくなりそうね……)
リサの小さなため息が、沸き立つ空気の中に消えていった。
***
アカデミーには庭園がニつある。
一つは正門から校舎までを彩る、大きく豪華な庭園。
もう一つは裏門の手前にある。こちらには小花や薬草が主に植えられており、華やかさはないものの、冷たい風が吹く中でも凛とした雰囲気を醸し出していた。
「フィオナさん……」
そこに呼び出されたフィオナは、名前も知らない男子生徒と向かい合っている。
男子はおもむろに跪き、大事に抱えていた花束を差し出しす。その花束はフィオナの瞳と同じ、紫色でまとめられていた。
「君の瞳は僕にとっての光だ……どうか、僕と一緒に未来を歩んでくれませんか?」
男子はうっとりとした表情で愛の言葉を囁く。
「ごめんなさい」
「えっ」
フィオナは淡々と断った。
石のように固まる男子。冷たい風を受け、紫色の花びらがフィオナの足元に静かに舞い落ちた。
『これで四人目か。今回はなかなかクサい告白だったな』
裏庭を離れたフィオナに、ニヤけ顔の茶髪の霊が並んで歩く。
フィオナは特に反応せず、横目で一瞥しただけだった。
『とりあえず付き合ってみるってのもいい経験になると思うよ?』
霊の軽い言葉に、理解できないとでも言うかのように眉間に皺を寄せる。
『てか、フィオナの本命ってどっち? 口悪男? それとも優男?』
霊が前に出てきたので、フィオナは仕方なく足を止めた。そして周囲に人がいないことを確認して、聞き返す。
「誰のこと?」
『ほら、黒髪のツンツンしたヤツと、銀髪のお坊ちゃんだよ』
「ルイスとレナルドのこと?」
『多分そう! 俺、男の名前覚えるの苦手なんだよねー』
霊は頭の後ろで手を組み、悪びれもなく言った。そもそも覚える気がないようだ。
『おっ、優男が来た!』
霊の視線を辿って振り向くと、レナルドがこちらに歩いて来ていた。
「フィオナ……!」
朗らかなレナルドの表情が急に険しくなる。
フィオナの奥に、白いモヤのようなものが視えたからだ。
「そこに……霊がいるの……?」
「あ……うん。害はないから大丈夫」
「本当に?」
「うん」
害がないと聞いてレナルドはほっと息をつく。
『へー。優男はちょっと視えるんだ』
霊は興味深そうに、レナルドの顔をじろじろと見た。
「どうしたの?」
「あ……ほら、もうすぐ長期休暇だろ?」
「うん」
試験期間が終わると、年末から年明けにかけての長期休暇がやってくる。年末年始は家族で過ごすのが一般的だ。
「家には帰るの?」
「ううん、帰らないつもり」
フィオナは考え込む間もなく首を横に振る。
予想通りの答えに、レナルドは眉を下げて笑った。
「ずっと寮にいるのも退屈だろうし……僕の家に来ない?」
そして首に手をあて、少し緊張した面持ちで尋ねる。
「ううん、遠慮しておく」
「……そっか」
フィオナは迷いなく断った。この答えもまた、レナルドの予想通りだった。
「ありがとう。気持ちだけで嬉しい」
「うん。いつでも来ていいからね」
『行けばいいのに! 絶対恋愛イベント起こるやつじゃん!』
フィオナの斜め後ろで、何故か霊が地団駄を踏んでいた。
「フィオナ!」
そこに突然、高めの声が響く。
「こっちこっち! ちょっと食堂来てみて!」
食堂の窓からリサが顔を出していた。
***
「いいにおい……」
フィオナが食堂に足を踏み入れた瞬間、あたたかい空気に包まれた。
焼き魚の香ばしい匂いや、ハーブの効いたスープの香りが漂い、フィオナの食欲を刺激する。
「あ、フィオナ!」
窓際の席からリサが大きく手を振る。その隣にはルイスも座っていた。
「なんか今日は食堂平気なんだよね」
「うん……全然いない」
「だよね?」
小声でやり取りする二人。
普段なら近づいただけで悪寒が走るのに、今日はやけに静かで、霊らしき人影は見当たらない。
(何でだろう……?)
「フィオナ、ごはんもらってこよう」
「うん」
不思議そうに周囲を見渡すフィオナを、少し遠くからレナルドが呼んだ。
「今日は平気なの?」
「うん」
「よかった。食堂のごはん、すごく美味しいからフィオナにも食べてほしかったんだ」
フィオナは小走りでレナルドの隣に並ぶ。
柔らかく微笑むレナルドにつられて、フィオナの表情も自然とほころんだ。
「メイン料理は二種類あって、どっちか選べるんだ。今日は焼き魚か鶏肉のソテーだね」
レナルドをお手本に、トレーを持ち、配膳を受ける列に並ぶ。
サラダにスープにパン――豪華になっていくトレーを見て、フィオナはパチパチと瞬きを繰り返した。
「どっちにする?」
「焼き魚にする」
「だと思った! ルゼオンだとあまり食べられないもんね」
焼き魚から立ち上る白い湯気を見たあと、その奥に並ぶ小さなカップにフィオナの視線が吸い寄せられる。
「デザートも付いてるんだ……」
「うん。豪華だよね」
プリンの入ったカップをそっと手に取ると、伏せた睫毛が嬉しそうに揺れた。
そんなフィオナの仕草に、レナルドは穏やかに目を細める。
完成したトレーを手に、二人はリサとルイスがいる席に戻る。
「あったかいスープ……幸せ……」
リサは一足早く暖かい料理を堪能していた。
「隣いい?」
「うん」
レナルドがルイスの隣に腰を下ろす。
ルイスの前のトレーはほぼ空っぽで、お皿の隅には綺麗に取り除かれた魚の骨が並んでいた。
フィオナはリサの隣に座り、スープの湯気をふう、と吹いた。
「リサは長期休み家に帰るの?」
パンを小さくちぎりながら、レナルドが尋ねる。
「私家から通ってるの」
「あ、そうなんだ」
「フィオナとレナルドはルゼオン帝国に戻るの?」
「僕は戻るけど……」
「私はこっちにいる」
フィオナの言葉に、リサもルイスも食事の手を止めた。
「帰らなくていいの?」
「うん」
迷いのないフィオナに違和感を覚えながらも、リサはそれ以上のことは聞かない。
フィオナではなくレナルドと目を合わせ、小さく頷いた。
「……うち来る?」
「え……」
今度はフィオナが手を止め、瞳を丸くした。
「寮にいたって暇じゃない? うちは……まああんな感じだけど、一応宿だから部屋はあるし」
「でも……」
「年末年始はどうせほとんど客来ないのよ」
「そうしなよ、フィオナ。長期休暇中は守衛もいなくなるみたいだから心配だったんだ」
リサとレナルドの優しさを、フィオナはなかなか受け止めることができない。
視線を泳がせたその先に、ルイスの青い瞳。澄んだ色が、フィオナを捉えていた。
「俺もそうした方がいいと思う」
いつもと変わらない声色だった。しかし、その真剣な表情で見つめられると諭されているような感覚に陥った。
「じゃあ……お願いしてもいい?」
「もちろん!」
フィオナが控えめに頷くと、リサが満面の笑みを浮かべた。
レナルドもほっとしたように息をつく。
フィオナはスープを一口含み、ごくりと喉を鳴らす。
(……あったかい)
胸の奥にじんわりとした温もりが広がり、その心地よさに小さく微笑んだ。




