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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第2章:リサとネイト
16/37

15:ボルジャーの愛



「あなたの瞳の色を想って花を選びました。どうか受け取ってください」


跪いたボルジャーがカリンをうっとりと見上げ、雰囲気たっぷりに囁く。


「ありがとうございます」


カリンはにこりと笑みを浮かべた。

人当たりの良い笑顔ではあるが、先ほど見せていた優しげな笑顔ではなく、明らかに貼り付けたものだった。


「ちょうどテラスがもの寂しいと思ってたの。そのお花で飾ってきてくださる?」

「仰せのままに」


ボルジャーはすくっと立ち上がり、足早にテラスへと向かっていった。

カリンは笑顔を貼り付けたまま、静かに扉を閉める。


「今の……ボルジャー教授だよね……?」


フィオナは驚きのあまりパチパチと瞬きを繰り返す。


「うん。一ヶ月くらい前から、毎日のように求婚しに来てるの」

「そ、そうなんだ……」


リサは呆れ顔で説明した。

どうやらこのようなことは日常茶飯事のようだ。


「ごめんなさいね。そろそろ日が暮れるから今日は……」


カリンが振り返った、その時――


バン!!


閉めたばかりの扉が荒々しく開かれる。


「酒!!」


ボルジャーではない。大柄の男がしゃがれた声を張り上げる。


「この店で一番度数が高いやつをくれ!」


男はズカズカと中に入ってきた。

顔は赤く染まり、半分下がった瞼の下に見える瞳は虚げで、焦点が合っていない。


「げ、酔っ払いだ……フィオナ、こっちに来て」


手招かれ、フィオナはリサの隣に並んだ。


「うちは宿泊のお客さんにしかお酒は提供してないよ」


カリンは怯まず、腕を組んで強い口調で言う。


「そこにあるじゃねーか!!」


しかし男は聞く耳を持たず、テーブルを強く叩いた。ギシッと、古びた木材が悲鳴を上げる。


「うわ、けっこーヤバい奴かも……」

「よこせ! よこせよォ……ッ!」


男は何度も何度も、拳を打ちつける。

手は赤く腫れ上がり、震えが止まらない。呼吸もどんどん荒くなっていった。


「クソッ……何で、誰も酒をくれないんだ!?」


酒に酔っているとはいえ、あまりにも異常な様子だった。

カリンがリサに目配せをする。


「フィオナ、裏口から出よう」

「……ま、待って」


フィオナはリサの手をやんわりと押し返した。

その目は男の手元を注視している。


(何か出てくる……)


男の拳から、黒いモヤのようなものが噴き出ている。

よく見てみると、その発生源は腕に着けているブレスレットのようだ。宝石部分に亀裂が入っており、そこから滲み出ているのがわかった。


「っ……もしかして、霊……?」


ブルブル、とリサが身震いをする。


『壊せ……ぶち壊してしまえ……!!』


黒いモヤはやがて憎悪に顔を歪めた人の形となり、男の耳元で囁いた。


「うう……ううう゛ッ……」


男は獣のような低い唸り声をあげ、額に青い血管の筋が浮かび上がった。

 

「リサ! フィオナ! 裏口から逃げなさい!」


カリンが緊迫した声をあげる。


「でも、ママ……!」


しかしリサはその場を動けない。


『あの司祭……絶対許さねぇ……ッ! このウルバン・クレメンツ様をコケにしやがって……!』

「酒を……酒をよこせェ!!」


ガシャン!!


霊が怒りを膨張させるのに呼応して、男も凶暴性を増していく。

テーブルクロスを強く引き、乗っていたランプやティーカップが砕け散った。


(どうしよう……っ)

「フィオナさん」

「!?」


成す術なく立ち尽くすフィオナの背後から、ボルジャーがぬっと現れた。

いつもの覇気のない声に丸まった猫背だが、メガネの奥の瞳は鋭く、男を睨みつけていた。


「霊のフルネームを聞き出せますか?」

「え……?」

「早く」

「"ウルバン・クレメンツ"……って、言ってました……」


そう告げた瞬間、霊が動きを止め、フィオナを見た。


「どうも」


ボルジャーは特に驚きもせず、前へ出る。まるで、フィオナの能力を最初から知っていたような言動だ。


(何で……)


フィオナ、リサ、そしてカリンが不思議そうに見つめる中、ボルジャーはメガネをくいっと上げ、こう言った――


「"ウルバン・クレメンツ"……在るべきところに還りなさい」

『なッ……!?』


瞬間、霊の輪郭が歪む。


『やめ、やめろおぉぉぉ!!』


凄まじい断末魔にフィオナは思わず耳を塞ぐ。リサも目を瞑り、身を縮ませている。

やがて霊は瓦礫のように崩れ落ち、風化するように消えていった。


「がッ……は……」


男は白目を剥き、その場に倒れる。


「……ふう」


静まり返った部屋に、ボルジャーのため息がやけに大きく聞こえた。


「な……何をしたんですか!?」


最初に動いたのはカリンだった。


「あなたを守りました」


ボルジャーはカリンに詰め寄り、キリっと答える。


「はぐらかされるのは嫌いです」

「……」


しかしキッと睨まれてしまい、ポリポリと後頭部を掻いた。


「フルネームを呼んで、『還れ』と命令する」


そしていつものボソボソ声で呟いた。


「……そうすれば、霊は消滅します」

「何でそんなことを知っているんですか」

「……私情です」

「……」


真顔のボルジャーと、険しい表情のカリンが見つめ合うこと5秒。


「……はあ。もういいです」


折れたのはカリンの方だった。眉間に手を当て、呆れたようにため息をつく。


「あなたと見つめ合えて幸せな時間でした」


一方でボルジャーは全くペースを崩さず、歯の浮くようなセリフを真顔で言ってきた。


「て、てかボルジャー教授、フィオナが霊の声聞けるって知ってたの!?」


そこに、今度はリサが大きな声で突っ込む。

呆然としていたフィオナもハッとして、ボルジャーを見つめた。


「虚空に向かって話してるのを何度か見たので、そうなのかなと」

(気づかなかった……)

「ああ、他言はしませんよ。興味ないので」


ボルジャーは淡々と答える。


「ボルジャー教授も……霊が視えるんですか?」

「いいえ」


そしてフィオナの問いに、きっぱりと首を横に振った。


「視えませんよ、全く」


ボルジャーは瞼を少し伏せ、緩んだマフラーをきつく巻き直した。


「……?」


フィオナは彼の顔をじっと見つめる。

しかし夕陽を反射したメガネが、その奥にある瞳を隠していた。



***


 

放課後、人気のない校舎裏に男女の生徒が二人。

男子生徒は高鳴る心臓を押さえながら、真っ赤な顔で立っている。


「フィオナさん……!」


汗ばんだ掌をぎゅっと握りしめ、意を決したようにフィオナを見据えた。そして――


「初めて会った時から君の宝石のような瞳に心を奪われました。僕と結婚を前提に交際してください!」


何度も何度も練習したセリフを吐き出し、頭を下げる。


「ごめんなさい」

「えっ」


フィオナの返事は早かった。あまりの早さに、男子はそのまま硬直する。

フィオナは軽く会釈すると、そのまま校舎へ戻っていった。


『これで三人目か。モテモテだねぇ』


廊下を歩くフィオナに、ぴったりくっついて歩く青年がいる。

茶色の前髪はセンター分けに整えられている一方で、後ろ髪は無造作にハネている。

挑発的なつり目ではあるが、その上にある緩やかな弧を描く眉がその印象を和らげていた。


『とりあえず付き合ってみればいいのに。恋はいいぞ〜』

「……」

『恋をすると女の子は綺麗になるんだ。まあきみは元々可愛いけど』


フィオナは隣でペラペラ喋り続ける彼に対して無視を貫いていた。

何故なら、彼が霊だからである。

どういうわけか、数日前までリサに付き纏っていた霊が今ではフィオナに付き纏うようになっていた。

 

『なあ……ほんとは視えてるんだろ?』


フィオナが鞄を取りに誰もいない教室に入ったところで、霊の声がワントーン低くなった。

 

『やっぱりリサちゃんのとこに行こうかな〜』

「ッ!」


フィオナの表情が僅かに強張る。

その変化を、霊は見逃さなかった。

 

『ハハ、声まで聞ける人間に会うのはきみで二人目だよ』

「え!?」


ついにフィオナは霊に視線を向けてしまった。

"しまった"と思った時にはもう遅い。霊はニヤリとしたたかな笑みを浮かべていた。


『やっと、俺のこと見てくれたね』


フィオナの視線は、まるで捕えられたかのように彼の琥珀色の瞳から逸らせなくなった。

フィオナは周囲に誰もいないのを確認し、小さくため息をつく。


「……リサには近づかないで」

『ああ……俺が彼女に近づいたのはきみの能力を確かめるためだよ』

「!」


霊の狙いが最初から自分だったことを知り、鞄を持つ手に力が入る。


「……目的は何?」

『話が早いね!』


霊は茶目っけたっぷりにウインクした。


『二年で海行くじゃん? そこに俺を連れていってほしい』


簡単な頼みに聞こえるが、フィオナはすぐには頷かなかった。


「海に行きたい理由は?」

『愛した女に会いたいんだ。健気で好感が持てる理由だろう?』

「……」


この言葉が本心かどうかはわからない。

しかし、少なくとも悪意は感じなかった。

 

「リサに近づかないことと……人に危害を加えないと約束してくれるなら」

『もちろんさ。取引成立だね』


フィオナが了承すると、霊はニカッと明るい笑みを浮かべた。


「あなたは……ラウルのことを知ってるの?」

『……うん、知ってる』


少しの間をあけ、霊は笑顔のまま頷いた。


『アイツも……俺の声を聞いてくれたんだ』


そして、過去を懐かしむように天井を見上げる。


「ラウルは……」

「ねえフィオナ見た!? ボルジャー教授のレポート内容!」


突然教室のドアが勢いよく開き、リサが入ってきた。


「……」

『はいはい、出て行きますよ〜』


フィオナが霊に目配せをする。

霊はその意図を汲み取り、後ろのドアから教室をあとにした。"リサに近づかない"という約束を、早速守ってくれたようだ。


「レポート?」

「そう!」


リサはうんざりしたように深く頷いた。

アカデミーは現在、試験期間中。

授業時間にテストを配る教授もいれば、レポート課題の提出を求める教授もいる。


「"イータ族の未亡人女性へのプロポーズの仕方"って……どう思う!?」

「……カリンさん……?」

「だよね? どう考えてもママのことだよね!?」


イータ族の未亡人女性――この条件にぴったりと当てはまる人物は、フィオナの知る限り一人だけだった。


「公私混同もいいところだよ……」

「う、うん……」


フィオナは鞄を持ち、こめかみを押さえるリサの隣に並んだ。


「フィオナ、この後ヒマなら一緒にやらない?」

「! うん」


フィオナはすぐに頷き、パチパチと瞬きを繰り返す。


「あはは、嬉しそう!」


その様子を見て、リサは口を開けて笑った。


「何でわかったの?」

「フィオナって、嬉しい時瞬き増えるよね」

「……」

「わかりやすくて超可愛いっ」


リサと並んで廊下を歩く。

フィオナは髪を耳にかけ、照れくさい気持ちを誤魔化した。


(わかりやすいなんて、初めて言われた……)


今まで「わかりにくい」と散々言われてきて、自分でも表情の変化が乏しいと自覚していた。

そんなフィオナにとってリサの言葉は少し衝撃で、でも、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「……あ!」

「?」


リサが突然声をあげ、足を止める。

廊下の先に見えた銀髪、そして階段を降りてくる黒髪。

ニヤリ――

リサの口角がいたずらに上がる。


「このレポート……男子の協力も必要だよね?」



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