12:巻き込みたくない
「ぐっ……」
短い呻き声を残し、大柄の男が崩れ落ちる。
「こいつで最後です」
傾いた帽子を直しながら守衛の男が言った。
「……少ないな」
ルイスは周囲を見渡す。
簡素な部屋には倒れ込んだ男が三人。床には、彼らが所持していたナイフや鉄パイプが散らばっていた。
「被害者はこの部屋です」
守衛の男が鍵を手に、奥の扉の前に立つ。
「ひっ……」
南京錠が外れた瞬間、部屋の奥から小さな悲鳴が漏れた。
「た、助けに来てくれたんですか!?」
中にいたのは衰弱した様子の女性四人と、身を寄せ合う子ども二人。その手には手錠が冷たく光っている。
「チッ」
ルイスが小さく舌打ちをする。
フィオナがいない――女性たちの顔をひとりずつ確認するまでもなく、ルイスは理解した。
「ネイト、ここは任せる」
守衛の男を親しげに呼んだルイスは、踵を返す。
「しかし……ルイス様!」
制止の声も聞かず、ルイスは駆け出した。
(無事でいてくれ……!)
奥歯を噛み、額には汗が滲む。最悪の想像を追い払うように、強く地面を蹴る。
その荒々しい足音が、薄暗い路地に響き渡った。
***
「どこだ!?」
「遠くには行ってないはずだ、捜せ!」
人気のない路地裏に、男ふたりの大きな足音が鳴り響く。
「……」
フィオナは樽と木箱の間にしゃがみ込み、息を殺していた。
乱れた呼吸が聞こえてしまわないよう、ゆっくりと息をはく。
「フィオナさん!」
「いたら返事をしてください!」
大通りからクリスとファーノンの声が聞こえてきた。
(ダメ……早くここから離れて……)
息を止め、ぎゅっと目を瞑る。抱えた膝をさらに密着させると、心臓の音がやけに大きく感じられた。
光の届かない路地裏の地面はとても冷たく、フィオナの体温を奪っていった。
「フィオナ」
俯いたフィオナに、優しい声が降り注ぐ。
「……!」
――ルイスだった。
その青い瞳は、迷いなくフィオナを捉えている。
鼻の奥がツンとして、フィオナは無意識に下唇を噛んだ。
「よかった……行くぞ」
ルイスは安堵したように息をつき、フィオナに手を差し伸べる。
しかし、フィオナはその手を取ることができなかった。
「私は大丈夫だから……ルイスは逃げて」
「はあ? 何でそうなるんだよ」
「だって……ルイスが怪我したらやだ」
視線を右下に逸らし、はっきりと拒絶する。思わず膝を抱える手に力が入った。
「……気持ちはわかるよ」
ルイスは手を下ろし、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
「でもさ……」
「えっ」
わずかに震えていたフィオナの手を、ルイスが掴む。
強引に引いて立ち上がらせると、その腰をそっと支え、ルイスは柔らかい笑みを浮かべた。
「護られた分だけ、人って強くなれるんだ」
その笑顔からは確固たる自信が滲み出ていた。
握られた手から体温が伝わり、フィオナの胸の奥がじんわりと熱を持つ。
「いたぞ!」
突然、荒々しい男の声がふたりの空気を引き裂いた。
「ッ!」
反射的に手を振り払おうと力を入れたが、それ以上にルイスの力が強くて離れられなかった。
「怪我しなきゃいいんだろ?」
揺れた瞳で見上げると、ルイスはニヒルに笑ってみせた。
「フィオナはここで待ってて」
「ルイス……っ」
ルイスがフィオナを庇うように一歩前へ出る。
その背中を前にすると、「逃げて」と続けるはずの言葉が、何故か出てこなかった。
「ははは、ナイト気取りか?」
「男に用はねぇんだよ!」
一人が嘲笑い、もう一人がルイス目がけて拳を振りかざす。
「……」
青い瞳がすっと細められた、その瞬間。
男の拳は空を切り、ルイスの蹴りが鳩尾に決まる。
「う、ぐ……」
男が膝から崩れ落ちる。
「な……この野郎!!」
もうひとりの男が怒号とともに突っ込んでくる。
ルイスはそれを簡単に受け流し、半歩だけ間合いを詰めた。そして高く振り上げた踵が男の後頭部に鋭く落ちる。
「がッ……」
鈍い音とともに、巨体が地面に沈む。
「すごい……」
あっという間に伸された屈強な男二人と、無傷で佇むルイス。
その光景にフィオナは小さく呟き、目を瞬かせる。
「っ、フィオナ!」
振り返ったルイスが緊迫した声を張り上げた。
「この女さえ連れていけば……!」
「!」
背後から近づいてきたデリックが、フィオナを羽交い絞めで拘束する。
ルイスは臨戦態勢をとるが下手に動くことができない。しかし――
「なッ!?」
フィオナはふ、と糸の切れた人形のように脱力して、身体を下に落とす。そしてデリックの腕を押し上げ、走り出す。
その先にルイスの姿が見えた瞬間、反射的に動いていた身体が強張った。
(巻き込んじゃう……っ)
「来い!」
フィオナの迷いを断ち切るように、ルイスの手が伸びる。
その胸に抱きとめられ、心地よい体温が頬に伝わった。
「すげーじゃん」
優しく笑うルイス。
フィオナの心臓がドクンと跳ねる。初めての感覚だった。
「く、くそ……っ」
ルイスに睨まれたデリックは悔しそうに奥歯を噛み、じりじりと後ずさる。
(追うべきか……いや、今はフィオナをひとりにはできない……)
視線でデリックを牽制しながら、フィオナを抱き寄せる腕に力が入る。
その瞬間、空気がわずかにざわついた。
「カァカァ!」
薄暗い空を裂いて、一羽のカラスが滑空してきた。
「う、うわっ、何だこのカラス!?」
深紅に染まった瞳がデリックを捉えたかと思うと、一直線に向かっていく。
「ひいっ、やめろ! やめろぉ!!」
どこから湧いてきたのか、一羽、また一羽と、カラスは増えていき、デリックの身体が漆黒に覆われていく。
「うわああああ!!」
デリックは断末魔を上げ、泡を吹いて気を失った。
カラスたちが飛び去ったあとには傷だらけのデリックと、彼が身に着けていたピアスやネックレスが無残に散らばっていた。
「何だったんだ……?」
唖然とするルイスの胸の中で、フィオナは周囲を見渡す。
(コーディ……?)
しかし、コーディの姿はどこにも見当たらなかった。
***
「絶対大丈夫なので、ここで待っていてください」
「何故そう言い切れるんですか? これは王室騎士団が動くレベルの重大事件です」
北門の前で、ファーノンと守衛の男が言い合っている。
クリスはその後ろで、祈るように手を合わせていた。
「!」
すっかり薄暗くなった道を街灯が照らす中、ふたつの人影が見えた。
「フィオナさん!」
ファーノンとクリスの声が重なる。
守衛の男もほっとしたように息をつき、ルイスと目を合わせた。
「怪我はありませんか!?」
「は、はい……」
ファーノンはものすごい剣幕でフィオナに詰め寄る。フィオナの返事をスルーし、頭からつま先まで、細かく自分の目で確認した。
「よ、よかったぁぁ……」
クリスは安堵のあまりへなへなと地面に座りこんだ。胸を押さえ、もう片方の手で目尻を擦る。
その反応にフィオナはおろおろと小さく口を開けたが、かける言葉は見つからなかった。
「念のため校医に診てもらいましょう」
「え……もういないんじゃ……」
「すぐそこに宿舎があるので押しかけます」
「ダ、ダメですよ」
理性的なファーノンらしからぬ発言にフィオナは戸惑う。
「それより……一人で図書館まで行ったらしいですね?」
ファーノンの鋭い問いかけに、フィオナの肩がぎくりと揺れる。
「治安が悪いから誰かと同行するようにと言いましたよね?」
「あ、それ俺も言いました」
ルイスが挙手して同調する。
二人に責められ、フィオナは言葉を失う。
ファーノンの得体の知れない圧はどんどんと大きくなっていった。
「あ、あの、でも私、護身術は得意で……」
「あなたの能力の問題ではありません」
フィオナの言い訳はぴしゃりと否定された。
委縮して見上げてくるフィオナを見て、ファーノンは大きくため息をつく。そして切なそうに眉を寄せた。
「どうか……あなたのことを大切に思う人の気持ちを、考えられるようになってください」
哀愁を帯びた瞳はフィオナを映しながらも、誰か別の人物を思い浮かべているようだった。
「……はい」
「よろしい」
素直に頷いたフィオナの頭に、ファーノンが優しく手を置く。
冷たい風が吹く秋の空に、小さくカラスの鳴き声が聞こえたような気がした。




