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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第1章:池の霊と青いバラ
13/37

12:巻き込みたくない



「ぐっ……」


短い呻き声を残し、大柄の男が崩れ落ちる。


「こいつで最後です」


傾いた帽子を直しながら守衛の男が言った。


「……少ないな」


ルイスは周囲を見渡す。

簡素な部屋には倒れ込んだ男が三人。床には、彼らが所持していたナイフや鉄パイプが散らばっていた。


「被害者はこの部屋です」


守衛の男が鍵を手に、奥の扉の前に立つ。


「ひっ……」


南京錠が外れた瞬間、部屋の奥から小さな悲鳴が漏れた。


「た、助けに来てくれたんですか!?」


中にいたのは衰弱した様子の女性四人と、身を寄せ合う子ども二人。その手には手錠が冷たく光っている。


「チッ」


ルイスが小さく舌打ちをする。

フィオナがいない――女性たちの顔をひとりずつ確認するまでもなく、ルイスは理解した。


「ネイト、ここは任せる」


守衛の男を親しげに呼んだルイスは、踵を返す。


「しかし……ルイス様!」


制止の声も聞かず、ルイスは駆け出した。


(無事でいてくれ……!)


奥歯を噛み、額には汗が滲む。最悪の想像を追い払うように、強く地面を蹴る。

その荒々しい足音が、薄暗い路地に響き渡った。



***



「どこだ!?」

「遠くには行ってないはずだ、捜せ!」


人気のない路地裏に、男ふたりの大きな足音が鳴り響く。


「……」


フィオナは樽と木箱の間にしゃがみ込み、息を殺していた。

乱れた呼吸が聞こえてしまわないよう、ゆっくりと息をはく。


「フィオナさん!」

「いたら返事をしてください!」


大通りからクリスとファーノンの声が聞こえてきた。


(ダメ……早くここから離れて……)


息を止め、ぎゅっと目を瞑る。抱えた膝をさらに密着させると、心臓の音がやけに大きく感じられた。

光の届かない路地裏の地面はとても冷たく、フィオナの体温を奪っていった。


「フィオナ」


俯いたフィオナに、優しい声が降り注ぐ。


「……!」


――ルイスだった。

その青い瞳は、迷いなくフィオナを捉えている。

鼻の奥がツンとして、フィオナは無意識に下唇を噛んだ。


「よかった……行くぞ」


ルイスは安堵したように息をつき、フィオナに手を差し伸べる。

しかし、フィオナはその手を取ることができなかった。


「私は大丈夫だから……ルイスは逃げて」

「はあ? 何でそうなるんだよ」

「だって……ルイスが怪我したらやだ」


視線を右下に逸らし、はっきりと拒絶する。思わず膝を抱える手に力が入った。


「……気持ちはわかるよ」


ルイスは手を下ろし、ほんの一瞬だけ視線を落とした。


「でもさ……」

「えっ」


わずかに震えていたフィオナの手を、ルイスが掴む。

強引に引いて立ち上がらせると、その腰をそっと支え、ルイスは柔らかい笑みを浮かべた。


「護られた分だけ、人って強くなれるんだ」


その笑顔からは確固たる自信が滲み出ていた。

握られた手から体温が伝わり、フィオナの胸の奥がじんわりと熱を持つ。


「いたぞ!」


突然、荒々しい男の声がふたりの空気を引き裂いた。


「ッ!」


反射的に手を振り払おうと力を入れたが、それ以上にルイスの力が強くて離れられなかった。


「怪我しなきゃいいんだろ?」


揺れた瞳で見上げると、ルイスはニヒルに笑ってみせた。


「フィオナはここで待ってて」

「ルイス……っ」


ルイスがフィオナを庇うように一歩前へ出る。

その背中を前にすると、「逃げて」と続けるはずの言葉が、何故か出てこなかった。


「ははは、ナイト気取りか?」

「男に用はねぇんだよ!」


一人が嘲笑い、もう一人がルイス目がけて拳を振りかざす。


「……」


青い瞳がすっと細められた、その瞬間。

男の拳は空を切り、ルイスの蹴りが鳩尾に決まる。


「う、ぐ……」


男が膝から崩れ落ちる。


「な……この野郎!!」


もうひとりの男が怒号とともに突っ込んでくる。

ルイスはそれを簡単に受け流し、半歩だけ間合いを詰めた。そして高く振り上げた踵が男の後頭部に鋭く落ちる。


「がッ……」


鈍い音とともに、巨体が地面に沈む。


「すごい……」


あっという間に伸された屈強な男二人と、無傷で佇むルイス。

その光景にフィオナは小さく呟き、目を瞬かせる。


「っ、フィオナ!」


振り返ったルイスが緊迫した声を張り上げた。


「この女さえ連れていけば……!」

「!」


背後から近づいてきたデリックが、フィオナを羽交い絞めで拘束する。

ルイスは臨戦態勢をとるが下手に動くことができない。しかし――


「なッ!?」


フィオナはふ、と糸の切れた人形のように脱力して、身体を下に落とす。そしてデリックの腕を押し上げ、走り出す。

その先にルイスの姿が見えた瞬間、反射的に動いていた身体が強張った。


(巻き込んじゃう……っ)

「来い!」


フィオナの迷いを断ち切るように、ルイスの手が伸びる。

その胸に抱きとめられ、心地よい体温が頬に伝わった。


「すげーじゃん」


優しく笑うルイス。

フィオナの心臓がドクンと跳ねる。初めての感覚だった。


「く、くそ……っ」


ルイスに睨まれたデリックは悔しそうに奥歯を噛み、じりじりと後ずさる。


(追うべきか……いや、今はフィオナをひとりにはできない……)


視線でデリックを牽制しながら、フィオナを抱き寄せる腕に力が入る。

その瞬間、空気がわずかにざわついた。


「カァカァ!」


薄暗い空を裂いて、一羽のカラスが滑空してきた。


「う、うわっ、何だこのカラス!?」


深紅に染まった瞳がデリックを捉えたかと思うと、一直線に向かっていく。


「ひいっ、やめろ! やめろぉ!!」


どこから湧いてきたのか、一羽、また一羽と、カラスは増えていき、デリックの身体が漆黒に覆われていく。


「うわああああ!!」


デリックは断末魔を上げ、泡を吹いて気を失った。

カラスたちが飛び去ったあとには傷だらけのデリックと、彼が身に着けていたピアスやネックレスが無残に散らばっていた。


「何だったんだ……?」


唖然とするルイスの胸の中で、フィオナは周囲を見渡す。


(コーディ……?)


しかし、コーディの姿はどこにも見当たらなかった。



***



「絶対大丈夫なので、ここで待っていてください」

「何故そう言い切れるんですか? これは王室騎士団が動くレベルの重大事件です」


北門の前で、ファーノンと守衛の男が言い合っている。

クリスはその後ろで、祈るように手を合わせていた。


「!」


すっかり薄暗くなった道を街灯が照らす中、ふたつの人影が見えた。


「フィオナさん!」


ファーノンとクリスの声が重なる。

守衛の男もほっとしたように息をつき、ルイスと目を合わせた。


「怪我はありませんか!?」

「は、はい……」


ファーノンはものすごい剣幕でフィオナに詰め寄る。フィオナの返事をスルーし、頭からつま先まで、細かく自分の目で確認した。


「よ、よかったぁぁ……」


クリスは安堵のあまりへなへなと地面に座りこんだ。胸を押さえ、もう片方の手で目尻を擦る。

その反応にフィオナはおろおろと小さく口を開けたが、かける言葉は見つからなかった。


「念のため校医に診てもらいましょう」

「え……もういないんじゃ……」

「すぐそこに宿舎があるので押しかけます」

「ダ、ダメですよ」


理性的なファーノンらしからぬ発言にフィオナは戸惑う。


「それより……一人で図書館まで行ったらしいですね?」


ファーノンの鋭い問いかけに、フィオナの肩がぎくりと揺れる。


「治安が悪いから誰かと同行するようにと言いましたよね?」

「あ、それ俺も言いました」


ルイスが挙手して同調する。

二人に責められ、フィオナは言葉を失う。

ファーノンの得体の知れない圧はどんどんと大きくなっていった。


「あ、あの、でも私、護身術は得意で……」

「あなたの能力の問題ではありません」


フィオナの言い訳はぴしゃりと否定された。

委縮して見上げてくるフィオナを見て、ファーノンは大きくため息をつく。そして切なそうに眉を寄せた。


「どうか……あなたのことを大切に思う人の気持ちを、考えられるようになってください」


哀愁を帯びた瞳はフィオナを映しながらも、誰か別の人物を思い浮かべているようだった。


「……はい」

「よろしい」


素直に頷いたフィオナの頭に、ファーノンが優しく手を置く。


冷たい風が吹く秋の空に、小さくカラスの鳴き声が聞こえたような気がした。



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