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視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない  作者: itoma
第1章:池の霊と青いバラ
12/37

11:理不尽な二択



「えっと……」


校舎裏で、フィオナは小さく首を傾げ、返答に困っていた。


「どうかしら?」


目前にいるのはクレアと、その取り巻き二人。彼女たちはニコニコと友好的な笑顔を浮かべている。今までとは一転した態度だ。


「私たち、フィオナさんとお友達になりたいのよ」


一人の女子が一歩前に出てフィオナの手を優しく握る。フィオナは無意識に身構えるが、本当に危害を加えるつもりはないようだ。


「でも……ルイスって没落寸前のブローン伯爵家の養子なんでしょう? それに元平民だって噂だし……」


クレアが頬に手を添え、困ったように眉を下げる。


「……?」


フィオナは何故今ルイスの名前が出てくるのかわからず、さらに疑問を深める。


「フィオナさんとお友達になることでルイスと接点ができるのは避けたいのよ」

「だから、ルイスと縁を切ってほしいの!」


つまり、彼女たちの要求は"自分たちの仲間に入れてあげる代わりに、ルイスと絶縁してほしい"というものだった。


「私はルイスと友達でいたい」


しかしフィオナは迷うことなく首を横に振った。


「……」


その途端、クレアたちから笑顔がすっと消える。


「ではこうしましょう」


クレアは長いブロンドの髪を後ろへ払い、腕を組む。そして冷たい視線をフィオナに向けた。


「ルイスと縁を切らないなら、ブローン伯爵家を明日にでも没落させるわ」

「!」


それはもはや脅迫の言葉だった。


「クレアのお父様、ブラニング伯爵なら簡単なことよ」

「家が潰れたら、ルイスはアカデミーに通えなくなるでしょうね」


両脇にいる女子たちがニヤニヤと笑いながら、フィオナの反応を窺う。


(ルイスの家が潰れちゃうのは……ダメ)


フィオナは表情を変えずに視線を横に逸らす。


ザワザワ


その視界の片隅で、池の水面と木々が揺れた。


「あ……」


そして池の前に立つ、藍色の髪の霊。彼が右手を挙げるのを見て、フィオナは小さく口を開けた。


「カァカァ!」


バサバサと音を立て、三匹のカラスが木から飛び立つ。


「きゃあ!?」


一直線に向かってくるカラスに怯えたクレアたちは、両手で頭を庇いしゃがみ込む。


(止めなきゃ……!)


フィオナは霊の方を振り返る。

しかしここから「やめて」と声をかけることもできないし、たとえそう伝えたとしても、今の霊は聞く耳を持たないだろう。

無表情なのに、底の見えない怒りだけが滲んでいた。


「いやァ!!」


一匹のカラスがクレアのイヤリングを奪う。

外れた金具は草むらに消え、宝石部分はカラスの嘴の中で光っている。


「ひいい!」

「助けてぇ!」


その様子に恐怖を煽られた取り巻きふたりが、なりふり構わず走りだす。


「ま、待って!」


クレアもそのあとに続き、三人は裏口から校舎内へと駆け込む。

すると、カラスたちは何事もなかったかのように木へと戻り羽を休めた。


「……」


フィオナはそれを見届けてから、池へと歩み寄る。


『……余計なことするなって顔だね』

「そこまでは思ってないけど……」


その場で待ち構えていた霊は嘲笑を浮かべた。


『……何で抵抗しないの?』

「……」


そして不満げに眉を寄せ、尋ねる。

フィオナは表情を変えずに池の水面を見下ろした。


「抵抗しても……何も変わらないから」


その瞳は池を映しながらも、意識は別のところにあるようにぼんやりとしていた。


『……そうかもね』


フィオナの視線を辿って風に揺れる水面を見つめたあと、霊は瞼を閉じ、静かにフィオナの言葉を肯定した。


「コーディ」

『!』


突如呼ばれた名前に霊の目が見開かれる。


「っていうの? あなたの名前」

『……そうだよ』


霊……コーディは頷き、校舎を見上げる。二階に並ぶ小窓のうち、右から四番目の窓だけ黒いカーテンがかけられていた。


『ファーノン教授から何か聞いたの?』

「うん。青いバラを咲かせたのがあなただって聞いた」

『……』


コーディは返事をする代わりに切なそうに眉を寄せた。それを見たフィオナはスカートの生地を指先で擦り合わせる。


「ファーノン教授は、青いバラにあなたの名前をつけたんだって。それに、クリスさんは今でも初期の青いバラを……」

『だから何? それで僕が救われるとでも思ってんの?』


コーディが刺々しい語気でフィオナの言葉を遮る。

フィオナなりにコーディを励まそうとかけた言葉だったが、逆効果だったようだ。


『別に……金も名誉も、いらなかった……』


押し黙ったフィオナを横目に、コーディはぼそりと呟いた。



***



王立図書館から出ると、フィオナは夕陽の眩しさに目を細めた。街は金色に染まり、建物や人々の影が伸びている。


「あ……こんにちは」


少し歩いたところでクリスの姿を見つけ、目が合った彼に向けて小さく会釈をする。


「やあ、こんにちは。本を返しに来てたの?」

「はい」


クリスは朗らかに話しながら、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。


「……一人で?」

「はい」

「あ、危ないよ!」


平然と頷いたフィオナに対して、クリスは顔色を変えて大きな声をあげる。


「最近は物騒な事件が増えてるから、女の子一人で出歩かない方がいいよ」

「そんなに……ですか?」

「王子二人が亡くなって、王位継承者がいないからね……。今は内政が不安定なんだ」


フィオナはまだ状況が飲み込めていないのか、それともただ危機感が薄いだけなのか──反応は乏しかった。

そんなフィオナを見て、クリスは苦笑する。


「アカデミーまで送るよ。頼りないかもだけど、背が高いってだけで牽制になると思う」

「……ありがとうございます」


フィオナはぺこりと頭を下げ、クリスの手元に視線を落とした。白い紙袋がくしゃりと握られている。


「……どこか行ってたんですか?」

「うん……親友のお墓参りに行ってたんだ」


クリスは赤く染まった空を見上げながら、どこか寂しそうに頷いた。


「コーディさんの……ですか?」

「!」


フィオナに名前を言い当てられ、思わず立ち止まる。


「ファーノン教授に聞いたのかい?」

「はい。青いバラを咲かせた人だと」


フィオナが頷くと、クリスは一度視線を伏せ、歩幅をゆっくりと緩めた。


「すごく……頑張ってたんだ。僕はその努力をずっと見てきた。でも……助けられなかった」


石畳の道を踏むクリスの足取りがだんだんと重くなっていく。

フィオナは何も言わず、その歩調を合わせた。


「ファーノン教授もコーディのことは可愛がってたから……。この前元気そうって聞いて安心したんだ」

(あ……)


フィオナは図書館でのクリスの質問を思い出した。


"ファーノン教授は、元気かな……?"


その時は何も知らず、ただ「病気や怪我はしていない」という意味で頷いた。

しかし状況を理解した今、その答えは少しズレていたんだと気づく。


(本当は……ファーノン教授も寂しそうだった……)


――なんて、今更言えるわけもなく、フィオナは足元に視線を落とした。


「コーディは家庭環境があまりよくなくて……ほぼ絶縁状態だったんだ。だから……コーディはきっとファーノン教授のこと、父親のように思ってたんじゃないかな」

「……そうですね」

「……?」


クリスはフィオナの返事にわずかな違和感を感じた。

その相槌からは、まるでコーディのことを知っているかのようなニュアンスを受け取ったのだ。

夕陽に照らされたフィオナの横顔に思わず目を奪われた、その時――


「みーつけた」


ねっとりとした声が二人の背筋を撫でる。

振り返った先には三人の男が怪しい笑みを浮かべていた。


「きみは……デリック……!?」


真ん中に立つ金髪の男を見て、クリスは大きく目を見開く。

呼吸が荒くなり、握っていた紙袋が音を立ててさらに小さく潰れた。


「ん? ああ、クリスか」


クリスの鋭い眼光に気づいたデリックが無精髭を撫でながら呟く。


「お前に用はねーよ」

「……!」


デリックの視線がフィオナに向く。

クリスは咄嗟にフィオナを庇うように前へ出た。

意思に反して手と足が震えるが、デリックを睨みつける視線だけは逸らさなかった。


「……やれ」


デリックの合図で両脇の男が大股で近づいてくる。


「や、やめ……!」

「どけよ」

「うわっ」


男が肩を掴み押し除けると、クリスはよろめいて尻もちをついてしまった。


「お嬢ちゃん可愛いなぁ」


男の無骨な手がフィオナに伸びる。


「フィオナさんッ……!」

「……!」


クリスが叫んだと同時に、フィオナの腕が掴まれた。

その瞬間、反射的に腕をひねり、引き抜く。拘束はあっけなく外れ、男の腕が空を切った。

洗練された護身術の動きだった。


「なっ……」


クリスも、男たちも驚きのあまり動きを止める。


「だ、大丈夫ですから……」


フィオナはクリスに向けてそう言い、走り去っていった。


「お、追え!」


状況を把握したデリックが叫ぶ。


「男はどうする?」

「……ほっとけ。どうせコイツには何もできねーよ」

「ッ……」


冷たい声が降り注ぎ、クリスは下唇を強く噛んだ。握りしめた拳はどうしようもなく震えている。


(まだ……まだ、間に合う……っ)


クリスは恐怖を振り払うように頭を振り、立ち上がった。


(助けを、呼ばなくちゃ……!)


ふと上げた視界に、アカデミーの校舎が映る。


(ファーノン教授……っ)


クリスはアカデミーに向かって、必死に足を動かした。



***



「す、すみません! 守衛さんですよね!?」


アカデミーに駆け込んだクリスは、門前に立っていた男に詰め寄った。


「どうしました?」


深めに被った帽子からオレンジ色の瞳が覗く。


「女の子が……っ、攫われました!」

「!」

「フィオナさんっていう生徒です……お願いです助けてくださいッ!!」


少し早口になりながらも、クリスは息を切らしながらも言葉をつなげた。

するとその横を、ひとつの黒い影が音もなく通り過ぎる。


「行くぞ」


――ルイスだった。


「……はい」


守衛の男は静かに頷き、ルイスのあとに続いた。


(あの子はいったい……)


男子生徒が守衛を従えたように見えて、クリスは不思議そうにその背中を見送った。

そしてハッと我に帰り、校舎を振り向く。


(ファーノン教授にも知らせなきゃ……!)


視線の先には、黒いカーテンの下がる小窓があった。



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