表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

プロローグ



「どうしよう……俺、処刑されるかもしれない」


アカデミーの食堂の隅で、一人の男子生徒が青ざめた顔で呟いた。

その傍らで、他の生徒たちは一枚の号外新聞に群がっている。


「王太子殿下がこの学校に通ってたなんて……!」

「ルイス・ウェルズリー殿下……どの方かしら? 三学年らしいけど……」


色めき立つ女子たちを横目に、男子生徒は頭を抱え、項垂れた。


「お前、フィオナさんをかけて決闘するんだっけ?」

「頑張れよ……」


ぽん、と友人たちが肩を叩く。


「ブローン伯爵家の養子なんじゃねぇのかよ……」


その情けない声は、あっという間に昼下がりの喧騒にかき消された。



***



(……伸びてきたな)


風で乱れた黒髪を弄りながら、ルイスは一人で裏庭を歩いていた。

その足元に、ひらりと新聞紙が舞い落ちる。

ルイスは立ち止まり、その青い瞳に大きな見出しを映した。


"王家の血筋、途絶えず――新王太子を発表"


ルイスはすぐに視線を上げ、歩き出した。


北門の手前に、素朴な小屋が見えてきた。

小屋の前の小さなベンチに、よく見知った人影を見つけ、ルイスは優しく目を細めた。


「フィオナ」


本に落としていた薄紫色の瞳が、ルイスに向く。

フィオナと呼ばれた女子生徒はパチパチと瞬きをしたあと、静かに本を閉じた。


「朝からルイスの話で持ちきりだよ」


耳に掛けられた亜麻色の長い髪が、風に乗ってサラサラと流れる。

その不規則な動きを目で追いつつ、ルイスはフィオナの前に立った。


「フィオナはあまり驚いてないんだな」


いつもと変わらない態度のフィオナに、ルイスは薄く笑みを浮かべた。


「……驚いてるよ。顔に出ないだけ」


フィオナの長い睫毛が白い肌に影を作る。


「!」


ふと、フィオナの視線が、ルイスの背後で動く"何か"を追った。


「どうかした?」

「ううん……服に葉っぱがついてたけど、風でとれたみたい」


フィオナは柔らかく微笑んだ。

意識的に作った笑顔だと、すぐにわかった。

ルイスは切なそうに眉を寄せる。


「何か……見えてんの?」


握りしめた拳に、力が入る。


「……」


尋ねると、フィオナは口を噤んでしまった。

薄紫色の瞳は不安げに揺れ、本の上に置いた指が居心地悪そうにもじもじと動く。


「ごめん。何でもない」

「……ごめん」


お互い、視線を逸らす。

風によってぶつかり合う木葉の音が、二人の間に生まれた沈黙を強調した。


ゴーン ゴーン


昼休みの終わりを告げる鐘の音が二回鳴った。


「……教室戻ろう」


フィオナが立ち上がったその時――


「フィオナー?」


遠くから男性の声が聞こえた。


「……!?」


フィオナが返事をするより先に、ルイスは素早く彼女の手首を掴んだ。

そして反対の手で小屋の取手に手をかけ、フィオナと一緒にその中に身を隠した。


「レナルドだよ」

「……だからだよ」


不思議そうに見上げてくるフィオナに対して、ルイスはむすっと拗ねたように口を尖らせた。


(邪魔されてたまるか)


フィオナにとってレナルドは十年来の友人だ。

だからこそ、厄介だった。


「ねえ……」


ルイスの腕の中で、フィオナが小さく身じろぎをした。


「離して……」


弱々しい声が、ルイスの耳に届く。

見下ろすと、フィオナの赤く染まった耳が視界に入った。

ルイスは口元が緩むのを抑えられなかった。


「……嫌?」


あえて甘い声で囁いた。

そして、フィオナの腰にまわした腕にぐっと力を込める。

フィオナの肩が少し強張ったのがわかった。


「い……嫌だよ」


絞り出したような声だった。

フィオナは顔を隠すように、ルイスの胸に額を押し当てた。


「ウソだな」


拒否されたにも関わらず、ルイスは挑戦的に笑った。


「っ……」

「見ればわかる」


ルイスは優しい眼差しで見つめ、目を細めた。

フィオナは何も言い返せず、ただ俯いたままだった。


くすぐったい沈黙が続く、そんな中――


ガタッ


壁に立てかけてあった箒が倒れた。

ルイスが視線を向けた瞬間、フィオナはルイスの胸元を押し、距離を取った。


「教室戻るよ」


ルイスは体温の残る右手を名残惜しそうに見つめた。


「フィオナ」


そして、その手でフィオナの乱れた前髪を優しく整えた。


「ロイフォードに残ってよ」


珍しく、弱さの滲む懇願の言葉だった。


「……ううん」


フィオナは静かに首を横に振った。


「ジェルベーズ公爵邸で働かせてもらうことになってるから」


ルイスを拒絶したわけではない。

ただ、整然と事実を述べただけだった。


(こっちは王太子妃の席を用意してんだけどな……)


ルイスは呆れたように小さく息をついた。


「私……留学してよかった」


ぼそりとフィオナが呟いた。

小さい声だったが、今この場では十分だった。

澄んだ薄紫色の瞳が、まっすぐとルイスを捉える。


「ルイスに会えて、よかった」


フィオナはそう言って、柔らかく微笑んだ。

途端に、ルイスの耳が赤くなる。


(くっそー……)


ルイスは思わず伸ばしそうになった手で、襟足をガシガシと掻いた。


「過去にすんじゃねぇ」

「!」


ルイスは目を細め、ぐいっと顔を近づける。

その青い瞳には、愛おしさと、少しの恨めしさが込められていた。


そして、不思議そうに見つめてくるフィオナに、こう告げた。


「必ず迎えに行くから、待ってて」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ