光運機
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーらくんは「こううんき」にかかわったことはあるかい?
――別に農業従事者じゃないし、そのような機会はない?
ああ、うんうん「耕耘機」のほうね、こーちゃんが言っているのは。
最近だとトラクターがいろいろ発展してきて、耕耘機は比較的規模が小さめの場所で活用されていると聞くが、私も耕耘機のほうは扱ったことないねえ。
だが、耕耘機は耕耘機でも、私の場合は光を運ぶほうの「光運機」の存在だ。最近、いとこの人数合わせで、セルフ百物語に参加させられて、そのときにいとこが話してくれたネタなのだけどね。
――ん? 百物語そのものはどうなったか?
いやあ、実際に100を話すまでには至らなかったよ。夜遅めってことでだいたい30話くらいでお開きだ。それでも3時間くらいはかかったんじゃないか?
○○でした、終わり。みたいなのは怪談としてどうかと思うし、語るときは語るからな。ややもすると100話語るより先に夜が明けちゃうんじゃないか、なんて感じる。
まあ、それは置いといてだ。かの光運機の話は私もあまりなじみのない話だったんで、少しおもしろく聞くことができた。こーらくんも、もしご存じないようだったら聞いてみないかい?
いとこはむかし、不思議な夢をたびたび見ることがあったという。
その夢は、夢の中にありながら目にくらみを覚えるほどの光に満ちているものだった。
周囲が明るいというわけじゃない。夢の中の自分はリヤカーに酷似したものを押して運んでおり、そのリヤカーの中にまばゆい光を放つ源が入っているのが原因とみられたそうだ。
夢の中だと、自分でもワリや道理に合わないことを平然と行ったりする。現実ならすぐに手放して離れそうな、その得体のしれないブツを、自分は勝手に足の動くままどんどんと運んで行った。
はだしの足元に感じるのは、大半が土を思わせる柔らかい感触。しかし、まれに木のざらつきや金属の冷たさを覚える箇所があり、レールか何かのようにも思えたそうだ。
そうして、夢の中の自分はやがてだだっ広い縦穴の前までいくと、リヤカーをその穴めがけて傾ける。自然、中に入っていた光源は転げ落ちていくわけだ。
穴の底には、ずっと小さいが光源と同じ色合いをした輝きが見える。おそらくあそこに溜まっているのだろう……というところで、いつも目が覚めていたのだそうだ。
最初のうちは、妙な夢を見るな……程度の印象だったのだが、じょじょに現実に影響が出てくる。
視界だ。いとこの視界はふとした拍子に、一瞬だけ見えなくなり、また見えるようになる、という瞬間を繰り返すようになったという。
まばたきほど、無意識でスルーできてしまうほどの短さじゃない。あえていうなら、寿命の近づいた蛍光灯のまたたき。あれが間を置きながら、断続的にやってくるようになっていたという。
これもまた、当初は気のせいで済ませてしまいそうな、さりげないものだった。しかし、幾度か見ていた光を見る夢の内容が変わった直後からが問題だった。
そのときの夢は、リヤカーにまだ何も載せていない状態で自分は歩いていたという。
真っ暗闇というほどではない。自分の歩く道には、人ひとりが間を歩くに十分な幅を持った二本の銀色の光が横たわっている。おそらく、今まで自分が歩いたときに感じていた、金属の足触りの主だろう。
これらの分析も、夢から覚めて振り返ってからしたものだ。夢を見ているときは、やはり何も疑問に思うことなく、先へ進み続けていたそうだ。
やがて銀色の道の果てに、うっすらと見えてくる光がある。ひとつだけでなく、いくつもいくつもあるそれは、いつもリヤカーに積んでいるのと同じ色合いに思えた。
彼らは、ただじっとしていない。いずれもがぐるぐると回り、いとこの視界を右から左へゆるく横切っては遠ざかっていき、見えなくなったかと思いきや、再び右からあらわれて……とメリーゴーランドのような作りになっているのがわかった。
なおも夢の中のいとこは近づいていく。光がリヤカーいっぱいに載る大きさが確認できるときには、もうメリーゴーランドに似た動きこそすれ、さらに大型の機械だということが分かった。
それを見て、いとこの頭が思い浮かべたのが光を運ぶ機械。すなわち「光運機」。
綱につるされる形で回転しながら、手前へ一度にやってくる光の球は5つから7つといったところ。ひとつでさえ、間近に携えているだけであたりがまともに見づらくなる強さだ。距離がいくぶん離れているとはいえ、複数あるならば、いとこの立つあたりもおおよそ状況がつかめた。
銀色の光の正体は、いとこの想像していた通り電車のレールと酷似したものだった。
しかし、その終点たるここまで、いとこは左右を長い岩の壁でもって区切られていたのを知る。横へずれると、同じようにレールの端をのぞかせる道の途切れ目が、少し間隔を置きながら扇状に広がっていた。
そこには、自分と同じようにリヤカーを機械のほうへ向ける形で立ち尽くす人影がいた。
背丈はまちまちだが、その格好は逆光に当てられたかのように真っ黒で、輪郭のみがかろうじて把握できたという。
と、いとこから見て、一番遠く。扇の骨で見たら端っこの人のリヤカーへ、勢いよく光球が飛び込んできた。
例の光運機からだ。回っている光のうちのひとつが、唐突にポンと切り離されたかと思うと、かのリヤカーの中へあやまたず飛び込んでいった。
それを受けた人影は、リヤカーの持ち手をつかみ、反転。あのレールらしきものの上を伝い、岩壁に挟まれた小道の向こうへと消えていった。
そこからも、光運機からはどんどんと光が放り投げられていく。
それらをリヤカーで受け止めた者は、次々と先の人と同じような動作で、道の奥へ向かう。
ああ、きっとこれまでの夢の自分も、こうして光を受け取って歩いていき、穴の中へ落としていったのだろうなあ……と、これまでの流れから想像がつく。
いとこは自分の番が来るのを待っていたのだが、なかなかやってこない。両隣の位置にいた二人は早い段階で光を授かり、すでに任務へ移っているところだろうに。
そして光運機は回りこそすれ、新しく光を補充したりしない。リヤカーへ載せられるにつれ、周囲を照らす光源は順に失われていき、残っている皆の姿も満足に確かめられなくなっていく。
いとこは、どんけつだった。
他の皆が去り、光運機も残る明かりが一つだけ。手前に光源が来るときはいいが、機械の影に隠れてしまうときは、まわりはすっかり暗闇に閉ざされてしまうほど。
夢の中のいとこは、動かない。光を受け取ることは確定事項らしく、そのときをじっと待っていたのだが。
ついに、光が放たれる。他の皆もそうだったが、合図も前兆も何もない。いきなり光を投げてよこされた。
それでもリヤカーの中へ正確無比に放たれるから、反応できなくても問題はないはず。実際、いとこの受ける球もまっすぐリヤカーの底を狙って飛んできていた。
けれども、おとなしくおさまってくれない。底へ達した光が、だしぬけにバウンドしたかと思うと、いとこの顔へ。そのあごに下から思いきりぶつかってきたんだ。夢の中のはずなのに、はっきりとした痛みをいとこは覚えた。
それとともに、目覚めたいとこなのだが、すぐに「あ、これマズい」と悟ってしまう。
目の前が、例の点滅する蛍光灯状態なのだ。寿命間近でありながら、なお仕事を果たさんと無理やり動かされ、それでいながら視力に悪影響が出そうと、照らすべき人間に引導を渡されかねない。あの不快なほどの点滅状態だ。
それが明かりを消し、カーテンを閉めながらも、すき間からかすかに漏れ入る朝の光によって、うっすらと全容が見て取れる自室で絶え間なく起こるのだから、たまらない。
そうして、さらにいつもと異なるのが夢で見た光球もまた、眼前にあるということ。それがてんてんと部屋の隅へと転がっていくのだ。
――あれをつかまえなきゃいけない。
理屈など何もない。本能で分かったし、訴えかけてきた。
起き上がって、しゃにむに追いかける。球は本来、部屋の壁があるべき場所をすり抜ける。
――かまわない、急がなきゃ。
いとこは、そのあとを追いかけた。
点滅やまぬ視界の中、球は本来、家の壁があるべきところをはねていく。
――かまわない、急がなきゃ。
いとこは、なおも追いかけた。
点滅やまぬ視界の中、球は本来、家の屋根がないところへとはねていく。
――かまわない、急がなきゃ。
いとこはいよいよ間合いを詰め、球をつかまえる。
とたん、点滅は一気にやんで本能の勝利を味わったのもつかの間。
二階から一階へもろに落下し、したたかに身体中を地面へ打つ。
いとこは部屋の壁、家の影、屋根の張り出し、そのすべてをすり抜けて、本来落ちることのできない場所から落ちていたのだという。
あれはただ明るい、暗いの問題じゃないといとこは思う。もしあのまま球を取りにいかず暗いままなら、自分はどこに向かうことも、ぶつかることもできず、真っ暗な中を落ち続けていたんじゃないか……などと考えてしまうのだそうだ。