過去
6/27 一部調整
三人はその後本部へ戻った。晴樹は全身の力は抜けただ呆然と後ろをついていくだけだった。
ユータスは道中、晴樹の優しさについてや、自身が初めて殺生を行った時の話を聞かせた。晴樹はぼやっとしながらも話に耳を傾けていた。
「俺が初めて殺生を行ったのは十四の時だった。妹が魔物に襲われて泣き叫んでいたんだ。俺は木を拾って無我夢中で突き刺した。そうして動かなくなった」
彼に殺した罪悪感などはなかった。ただ妹が守れた事実に安堵していた。そこから彼は他者を守るためには、避けられない犠牲が付き物であるということを学んだ。晴樹のような優しさは素晴らしいが、それだけでは何も守れないと語った。晴樹は沈黙を続けていた。
「晴樹、俺らが手を汚して生きているからこそ、誰かの日常が保たれているんだ。誰かがやらなくてはいけないんだ」
晴樹は日本で暮らしていた時のことを思い出していた。都市化され自然から隔てられた場所にすみ、地上はアスファルトに覆われ、まるで自然に生きていないように錯覚していた。それが当たり前だと思っていた。しかし思い返してみれば、どこかに動物を屠る人間がいるから、自分は肉を食えていて、危険と向き合う誰かがいたから、自分は安全な街で暮らせていたのだ。
──ああそうか、自分は知らないうちに、命を奪う現場や、痛みを伴うことから守られていたんだ。
「二人ともご苦労だった。来週からは、既に知っていると思うが、寮の奴らと合流して訓練を行なっていく。今日はこれで終わりだ」
「ありがとうございました」
「ありがとう…ございました」
「晴樹、しっかりと休めよ」
ユータスは去り際にそう言い残した。
ナツキは晴樹に一緒に昼食を取ろうと提案した。食堂には数人いる程度でガラガラだった。二人は同じものを頼んだ。
「自然の恵みと、生物の命、これらに心から感謝を込めて、いただきます」
ナツキがそう言い食べ始めた。晴樹はユータスの言葉を思い返していた。
『何故我々が敵であろうと命に祈りを捧げるか分かるか?それは罪を負った我々が、奪われた者たちに少しでも報いる方法を模索した結果、できることが死者に祈るという行為しかできないと知ったからだ』
なるほど、彼らはこれを理解しているから、食前にもしっかりと祈りの言葉を言うのだ。晴樹は手を合わせ、
「自然の恵みと、生物の命、これらに心から感謝を込めて、いただきます」
と噛み締めるように言った。食があまり喉を通らないが、ゆっくりと食べ進めた。
晴樹はスープを少し啜って一息つく。
「ナツキさんは、どうして騎士になろうと思ったんですか?」
晴樹は不思議だった。何故彼女がこの戦いの世界に身を投じたのか。
「…私の故郷であるカミアは魔王軍に占領されました。私が幼い頃の話です。ある日突然避難する人たちが大勢やってきたんです」
少し躊躇いながらも自分の過去について話し始めた。
──ナツキー?今日はいい天気だからお散歩行こうか?
私の母がそう優しく誘ってくれたのを覚えている。私と母は近くを手を繋ぎながら散歩していた。
私たちは小さな花を摘んで冠を作った、母の作った冠は綺麗で、私の作った冠は汚く、少し拗ねてしまったが、母はそれでもつけてくれて、すごく嬉しかったのを覚えている。
そして持ってきた本を広げて、私は母の膝に座り、何度も読み聞かせをしてもらった。
「──おひめさまは、おうじさまとむすばれ、しあわせにくらしましたとさ、おしまい」
「もっかい!もっかい!」
「ええ〜もう五回も読んだよ〜?」
「もーっかい!」
「ふふ、分かったわ。むかしむかしあるところに──」
母は嫌な顔せず、毎回微笑みながら私が飽きないように、口調を変えたり、声色を使い分けさまざまな工夫をしてくれた。
お昼ご飯にはパンを食べ、その後は昼寝をしたりして、ゆったりとした時間を過ごしていた。陽の光が柔らかくあたり、その全てが優しかった。
日が傾き始め、その赤さが盛りを迎え空を染めはじめた頃、
「それじゃあ、もうそろそろ帰ろうか」
「えー!!やだー!」
「うーん、でもお外暗くなってこわ〜いお化けさんが出てきちゃうよ」
「お化けさんやだー!」
「でしょ?だから一緒にお家に帰ろ?」
「うん!」
事件は私たちが家に帰る途中で起こった。その時多くの人が戦慄の表情を浮かべ、こちらに駆けてくるのに遭遇したのだ。
「どうかされたんですか?」
「とんでもない魔物が現れたんだ!!次々に街が破壊されていっている!逃げるんだ!」
男性は息を切らしたまま伝え再び走り出した。母はその言葉を聞き、私を強く抱えて走り出したのだ。幸い近くに騎士団の基地があったため、私たちはそこへ避難した。避難先はすでに多くの人で溢れかえっていて、皆震えて祈っていた。
母は泣きそうな私を胸に抱え「大丈夫、大丈夫」と優しく声をかけて撫でてくれた。私はその母の温かさに大変な安心感を覚え、問題はないように思われた。
「──おい、騎士の数が足りないぞ!」
「このままでは、ここもまずいかもな」
「車を走らせるんだ!怪我人や子供、老人が優先だ!急いで準備しろ」
外から騎士の焦り混じりの話声が聞こえてきた。数分して一人の騎士がやってきて説明を始めた。
「皆さん!落ち着いて聞いてください!避難する車を用意しました。子供や怪我人、ご老人を優先的に乗せるようご協力お願いします!」
この多くの人間を避難させるには、やはり多くの時間がかかり、騒ぎ声や泣き叫ぶ声が入り混じっていたのをよく覚えている。
私たちが乗る車が用意され、遂に避難する──と思ったその矢先、ある一人の若い騎士が扉の前で、声を張り上げた。
「誰か戦えるものはいないか!!剣でも魔法でもできるならなんだっていい!一人でも多くの力が必要なんだ!」
その言葉に、誰も声をあげず沈黙が生まれた。しかし母がゆっくりと無言で立ち上がったのだ。
「…おかあさん?」
私は理解が追いつかなかった。その時の母の表情は影に隠れ、よく見えなかった。
「ナツキ、あなたは次の車で逃げるのよ」
「…おかあさんもでしょ?」
「お母さんね、やらなきゃいけないことがあるの──あなたを守るためにも、そして他の人を守るためにも」
母のその声には芯があった。
母は元々王の騎士団で騎士をしていたのだが、私が生まれるのをきっかけに退団した。
「やだよ…!……わたし、、おがあざんがいないと!」
母のしようとしていることを察した私は涙が止まらず、言葉が喉につっかえ上手く喋れなくなった。そんな私をよそに、母は私を車に連れて行き、優しく乗せる。
「ナツキ……絶対生きてね!」
母は笑いかけ、私の頬に触れていた手が離れていった。
馬は無情にも走り出す。
母の元へ行こうと必死に手を伸ばしたけれど、どんどん母の姿が小さくなるだけだった。
──そしてそれが母の姿を見た最後の瞬間だ。
「それから私は出張していた父に会い、そのままこちらの地方で暮らしていました。後になってそれは魔王の仕業ということが分かりました。私は失った故郷と、母のために戦います。そのために毎日生きてきました」
ナツキはあの日々を思い出しポカポカと暖かくなる反面、どこか底知れぬやり切れなさに心が締め付けられるのであった。晴樹はナツキの言葉に体の奥が熱くなるのを感じた。
「有馬さんは?」
ナツキが聞き返したが、晴樹はよく分からなかった。考えてみれば晴樹は何となくこの世界に来てしまい、成り行きで騎士団に入ってしまい、今こうしているのだ。衣食住があるこの現状に正直満足していた。しかしながら彼は日本にいる家族のことを考えると、自然と目が滲んでしまう。
「毎日心配してはいないだろうか」「今も自分を探してはいないだろうか」「どこかで名前を呼んではいないだろうか」そう思うと胸が痛くなるのである。
「僕は…家族に会いたい。だから元の世界に戻る情報を集めるために、ここにいるのかも知れない」
晴樹はどこか遠くを眺めるように言った。
「見つけましょう、絶対に!有馬さんのためにも、ご家族のためにも」
「そうですね。じゃあ僕は魔王を倒す手助けをする」
ナツキは一瞬だけ目を丸くしたが、
「ふふふ、それじゃ、二人の約束ですね」
とナツキは手を差し出し、晴樹は答えるようにナツキの手を強く握る、その二人の誓いは固く結ばれ、互いの意志が一つになったようであった。
食事を終え二人は寮へ戻ることにした、男子寮前で別れ、ナツキは女子寮へ向かった。
部屋ではペックがスヤスヤとヘソを天に向けて眠っている。扉の開く音を聞きペックは飛び起き晴樹に飛びつき、尻尾はぶんぶんと揺らし耳は垂れ下がり、興奮でその場を回る、久しぶりの再開かのような歓迎具合だ。晴樹はいつも帰ってくると何故そんなに喜ぶのか不思議であったが、今日はそれを理解できた。
「ただいま、ペック」
晴樹はペックを抱きしめて背中を強く撫でた。
女子寮の共用部には女が二人ソファに座っておしゃべりしていた。
「あ、なっちゃん、おつかれ〜。さっき男の子といい感じだったじゃーん?」
と赤く短い髪を揺らしながらナオ・シーガルが絡んできた。体の線が細いが、どこか強気な感じを与える。
「…見てたんですか?」
とナツキが不満げに漏らしたのに対し、ナオはイタズラっぽく笑うのであった。
「ああ〜あの真面目ななっちゃんが、もう恋人作っちゃうなんて、なんて女なの!」
「全然違いますから」
とナツキが頬を膨らませる。
「その子の話聞かせてくれる?」
と柔らかに聞き返すのは、クレハ・シヤで、クレハはナオとは対照的に、輪郭は少々ふっくらとし穏やかな雰囲気だ。
「本当に違うんですって、ただこれから頑張りましょうって話してただけなんです!」
「へえ〜?『二人の約束ですね』って言いながらあんなに力強く手をぎゅって握ってたのに〜?」
「もう!いいじゃないですか!別に!」
顔を真っ赤に染め声高に反論するのを、面白がりながらイジるナオ。
「まあまあ、ナオもその辺に」
と見かねたクレハが制すのであるが、
「でもどんな子なのかもうちょっと知りたいな?」
と自然、晴樹との関係を聞き出そうとするのであった。
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