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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
初陣
8/30

殺生

7/18 一部調整

 二人は裏庭へ行き魔法の練習を始めた。普段犬の躾をするのと同様である。晴樹はペックにナガレミを指示し、上手にできればご褒美をあげ、出来なければご褒美をあげない。


「じゃあまず、ペック、ナガレミ」


 晴樹が指示するとペックは水の球を幾つか生み出す。やはりどれも不恰好な輪郭で漂っている。


「力を制御って言っても、どうやればいいんだ?」


 晴樹はペックに効果的な指示方法を考えていた。ペックは芸達者な犬に育てられたため、基本的な操作は覚えている。しかし強弱などの細かい指示は難しいのだ。


 繊細な魔法の動きはマリニカに頼むとして、まずは威力を落とす、力を抜くということを覚えさせることを目標とした。


「そうだ!一回デコイに向かって撃って」


 晴樹はデコイを対角線上に置き、最も離れてナガレミを撃たせる。晴樹が指示をすると水の球は風を切り、水を撒き散らしながら飛び、デコイが鈍い音をたてて倒れる。


「なるほどね、これなら大丈夫かも」


 そう晴樹が呟き、急いで準備室へ向かい、剣を持ってきた。


「ペック、僕に向かって撃つんだ」


「ちょっと待っててね」

 晴樹はせっせと反対側へ行く。


「ペック!ナガレミ!」


 ペックはナガレミを晴樹に向かって撃った。水の球は晴樹に直撃し、後方へ勢いよく吹っ飛ばした。


「うおっ…いて…でもなんともないか」


 その衝撃は重いが、特殊な生地が身を守り、怪我する程ではなかった。ペックは、飼い主を間違えて勢いよく噛みついてしまった時のような顔をした。


「もう一回!ペック!ナガレミ!」


 ペックがもう一度撃つ。晴樹が吹っ飛ぶ。また申し訳なさそうな顔をする。


「いってて…大丈夫大丈夫!もう一回」


 これを三度、五度、十度と繰り返す。晴樹はペックの力が下がってきていることを体感し、成功の兆しが見え始め、さらに続けた。


「ペック!ナガレミ!」


 ペックがナガレミを撃つ。しかしその威力は目に見えるほど落ちており、剣で受けることができた。そうして晴樹はペックに近づき、頭を撫で、ご褒美として食堂でもらった肉をあげた。


「そうそう今の感覚だよ。上手くなってきるね。大丈夫、僕が止めるって約束するから」


 こんな訓練を三時間ほど続け、少しづつだが威力を減らしていった。


 そんな時、


「──アリマハルキ」


「え?」


 何者かの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ペック?」


 晴樹はペックを見たが、そのペックの身体は震えて丸くなっていた。


「どうした?」

 晴樹はペックのそばへ駆け寄る。依然として怪しい声は聞こえてくる。


「アリマハルキ……ペック………ヲ育テロ」


 それは神社で聞こえた声と酷似していることに心づいた。


「誰だ!?ペックを育てる?どういうことだ?」


 晴樹は剣を強く握りしめた。しかしそれきり声は聞こえなくなった。再び世界は静寂に満ちる。


 その声の主がペックを育てろと言う意図はなんであろうか。ペックの力が世界を救うことに繋がる可能性、その破壊的力を制御せよという願いの可能性、ペックを最終的に利用するために育てさせるという可能性、様々思いついた。


この声の主が何者かによるが、前者二つの場合であるならば、確かに鍛えるべきであると晴樹は思った。しかし後者の場合であればどうであろうか。鍛えて力を自由に使えるペックを何者かが利用して、世界を危機へと導いてしまわないだろうか。


ただいずれにせよペックを守るためにも魔法の訓練は必要だと考え、晴樹は再び訓練に戻った。



 朝になれば友達と食堂に行き、昼は訓練し、夜は泥のように溶けて眠るという生活が早くも二週間続いた。


 今日はナツキと二人で授業を受ける最後の日である。朝はユータスの訓練であったが、今日は裏庭ではなく、街の外へ出た。今日はヌマイノを実際に狩るという訓練だ。


 剣は訓練用ではなく、本物の剣であり、刃が鋭く光る。


 彼らの歩いている小道の横はすぐに森となっていて、木々が生い茂り、木の影が暗さを作り出し、カサカサと音を立てて風に揺れている。ヌマイノは森に生息し、群れをなして行動する。この辺りはよくヌマイノが現れるという。


「ヌマイノの効果的な倒し方はなんだ?」


 ユータスが歩きながら質問をする。


「はい、首を同時に跳ねることです」


 ナツキが冷静に答えた。


「そうだ、あいつらは頭のどちらかが残っていたら、生きられるからな」


 一向は歩き続ける。晴樹はとても緊張していた。これから初めて命を奪うことを行うからだ。いや、正確にいうならば、同情を誘う生き物を殺すことが初めてであるのだ。家に出るゴキブリや蚊のような害虫は何度も殺してきたが、犬や猫はもちろん、ネズミのようなどこか知性を感じさせる生き物を殺したことは、今まで一度もなかった。


 手には汗をじっとりと握り、脇や尻、背中にも汗が伝う。心臓の鼓動の音がいつもより大きい。呼吸は荒く、鼻から吸う息は大きく、胸の膨らみが苦しい。思考を行うことも彼には難しく感じていた。


「──おい、いたぞ」


 ユータスは小声で呼びかけ、その声に晴樹はハッとした。そこには二体のヌマイノがゆっくりと歩いていた。


「まずはナツキが行ってこい。晴樹はよく見ておくんだ」


 ナツキは頷き、剣を抜く音が草むらに響く。ゆっくりと足を進めて静かに近づく。ナツキの足音に気がついたのか、二体は同時に振り返り、空気が張り詰める。


 ヌマイノは黒い目を光らせ、ナツキは落ち着いて剣を構え、相手が動くのを待っている。


 沈黙の後、一体のヌマイノが地面を蹴り上げ素早く飛びかかる。

 同時にナツキはその首を下から弧を描きながら切り上げた。

 刃は喉元を通りすぎる。ヌマイノの動きは止まった。

 空中で頭は体から切り離され、三つに分かれた。


 もう一体も地面を駆け近寄るが、飛びついた瞬間、右斜め上から刃が首を通りすぎる。

 瞬間肉と骨は断たれ、声も出さずに敢えなく死んだ。


 その太刀筋はとても優しく、しかし鋭かった。


「よくやった。冷静でいて正確。文句はない」


「ありがとうございます」


 すると二人はヌマイノの死体に向かって手を合わせた。その行動に晴樹には理解が追いつかなかった。


「よし、次に行くぞ」


 再び一向は歩き出した。晴樹の顔は青白くなっていた。十分くらい歩いただろうか、すると一体のヌマイノが目の前を歩いているのを発見した。


「──いた。よし晴樹、行ってこい」


 そうユータスは晴樹に指示をした。晴樹はゆっくりと近づくが、その身体は震えていた。


「有馬さん…?大丈夫ですか?」


 ナツキの心配を無視して、トボトボとヌマイノに接近する。しかし足が止まってしまった。晴樹にはどこか普通の犬の、またはペックの姿がチラつく。


「できません……」


 晴樹の声は震えていた。


「僕には……殺せません……」


「何故だ?」


 その声は冷静だった。


「命を奪って、僕が生きていくなんて……こいつが可哀想じゃないですか……」


 少しの沈黙の後、ユータスが口を開く。


「それは人間が、自分だけは特別であると思っている証拠だ。生物は皆他者から奪って生きている。それが自然だ。それが世界だ。しかしお前はそれを拒絶する。自分たちが生物の頂点に居ると認識しながら、その世界から抜け出せると、どこかで信じている。だが、その頂点の存在から同情された生物の気持ちを考えたことがあるか?


自分たちは違う、特別である、自然に生きていない、これは人間の思い違いだ」


 ユータスは冷静に言葉を続ける。


「奪う側になりたくないから奪われる側でいる、それは弱者の思想だ。晴樹、お前がここで少しの命を奪わなければ、守れたはずの多くの命が奪われることになるかもしれない。


お前が恐れているのは殺すことではない。罪を背負うということだ。奪うという罪から目を背け、逃げているだけだ。何故我々が敵であろうと命に祈りを捧げるか分かるか?


それは罪を負った我々が、奪われた者たちに少しでも報いる方法を模索した結果、できることが死者に祈るという行為しかできないと知ったからだ。


しかしこの祈るという行為こそが、他の生物と人間とを分け隔てているのではないだろうか」


 晴樹は沈黙した。その様子を見てユータスは剣を抜いた。


「…晴樹、ただどうしてもと言うなら俺が──」


「いや、、、僕がやります」


 その声には決意が込められていたのを二人は感じ、晴樹は剣を構えた。


 ヌマイノは晴樹に気づき、威嚇するように尻を持ち上げ低い体勢をとった。

 晴樹は駆け出しヌマイノの首を力一杯に上から斬りかかった。血が勢いよく吹き出し、切り口は荒かった。

 晴樹はその場で膝から崩れ落ち、


「ごめん……ごめん…なさい…ごめんなさい…」


 自然と涙が溢れて止まらなかった。


「その気持ちを絶対忘れるなよ」


 ユータスは晴樹を強く抱き寄せた。

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