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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
訓練編
7/30

不和

7/17 一部調整

 エレナは慌ててドアを開けた。するとそこでは晴樹、イズミ、そしてもう一人の男が揉めていた。


「なんでそんなこと言うんだよ!」


「これは遊びじゃねえんだよ!班で行動するってことは、訓練によっちゃ命を預ける場合もある。それが信用ならねえ奴を入れられない理由だろ!」


 イズミと男が睨み合う。


「ちょっとちょっと!イズミ!シュージ!やめなさい!」


「エレナさん、ちょっと黙っててくれますか。これは俺らにとって大事な問題なんだ」

 とシュージが静かに言ったが、その手は強く握りしめていた。


 シュージは赤髪の短髪で前髪を全て上げている。頬には古い傷跡があり、元から目つきは鋭いのだが、怒りも相まってより鋭さが強調されている。


「何があったか説明してくれる?」

 エレナが極めて優しく刺激しないように言った。


「シュージが晴樹を班に入れないって言うんです」


「そうなの、シュージ?」


「あったりめえだ。出身も妙だし、そのペックとかいう生き物もおかしい。それに俺さっき見たんだ。そいつがとんでもねえ魔法を使っていたこと。昼間の揺れはこいつが原因だ。しかもその力を制御できない?みてえだな。冗談じゃない。それで誰か死んだりでもしたらどうすんだ」


 晴樹はぐうの音も出なかった。飼い主として未熟な自分が引き起こしたことである、と彼自身も思っていたからだ。ペックが起こしたミスは、飼い主の自分のミス。彼の言い分は当然であると晴樹は感じていた。


「だからマリニカさんの訓練を受けるんでしょ?それにマリニカさんとの約束でナガレミ以外の魔法を使わないって決めたの。確かに最初は失敗しちゃったけど…」


「その失敗が()()()()()()()()()()()()()()()()()って話ですよ。それに第一こいつ言葉が分かるのか?吠えるだけで喋れねえしな」


「君の言い分はすごく分かるし、だから入れたくないって言われても、仕方ないと思う」


「晴樹…」


「でも、次は僕が必ずペックを止めるから、どうか、どうか一緒の班に入れてください」


 晴樹は頭を深く下げ懇願する。


「朝五周走ってぶっ倒れた奴が止められるのかよ?」


「止める。ペックが暴走したら僕が必ず止めて、責任を取る。毎日訓練だってする」


 晴樹はシュージの目をまっすぐ見る。


「口だけならなんとでも言えるがな」


「まあまあ彼もそう言ってるんだし、ね?お願いシュージ。意地悪しないで」


「ふん、俺は認めない」


 そう言い残し彼は踵を返し、自分の部屋へ向かい扉を勢い良く閉めた。


「ごめんな晴樹。あいつ昔から繊細な所あるからさ。まあ言い過ぎだけどな」


「いや、いいんだ。僕が怪しいのも、ペックを怖がるのもすごく分かる」


「しかしどうすっかな〜。晴樹も同じ部屋使うはずなのに、あの感じだと無理そうだよな」


「彼に認められるまで他の部屋に居ようかな。使っても大丈夫ですかね?」


「ええ大丈夫よ。まだ部屋も残ってるし、いざこざが晴れるまでそっちにいなさい。訓練は一緒だけど」


「ありがとうございます。イズミ、あともう一人班員がいるんだよね?彼はどう思うかな?」


「ああ、あいつなら大丈夫って言うよ。無口だけど、頭が良くて面白い、いい奴だよ」


「ってそれはそうと、なんでエレナさん戻ってきたんですか?もしかして聞こえてました…!?」

 イズミが思い出したかのように、戸惑いの表情を浮かべる。


「ドア前では聞こえてたわ。それで有馬くん、明日朝食後ナツキちゃんと一緒に生物学の勉強だから。それ覚えておいてね。もちろんまた私が案内するから。食べ終わったら待っててね。じゃっ、まあシュージとの関係、頑張れ!」


 そう言うとエレナはそそくさと出ていった。


「ナツキちゃんって誰?」


「色々あって僕と一緒に入団した女の子だよ」


「え、晴樹お前女子と一緒に訓練受けてるの?」


「うん」


「えー!いいなー!俺なんてシュージと一緒だったんだぜ?いっつもどっちが上かを競い合うくらいしかやる事なかったわ」


 イズミはふぅっと一呼吸し、


「……で?可愛い?」


「…めっちゃ可愛い」


 晴樹がニヤけながら答える。


 イズミは声の調子を上げ、


「はあ!?なんだよそれ!!ずっるー!いいなー!明日絶対顔見てやろ!」


 晴樹の肩をバシバシ叩き、すっかりテンションを上げていた。


 翌朝晴樹の部屋にイズミが一人男を連れてやってきた。


「あ、イズミ。おはよう」


「おはよう晴樹。こいつが昨日言ってたもう一人の班員。ジユン・サユキ」


「よろしく、ジユン」


「よろしく、晴樹」


 ジユンは身長百八十三センチもあり大柄であるが、比較的細身である。髪型はセンター分けの茶髪で、軽くうねった癖っ毛が特徴的だ。眼鏡をつけており、イズミの評価では無口と言っていたが、笑顔が爽やかな男である。団服をきっちりと着こなし、とても清潔感を与える。


「これがペックか。想像より可愛いな」


 ペックはジユンに擦り寄り尻尾を振っている。


「撫でてあげてよ」


「いいの?」


 ジユンは恐る恐る手を伸ばした。ペックはその手を受け入れ撫でさせた。


「おお、毛が柔らかいな」


 ジユンはペックの毛を堪能して、ペックは気持ちよさそうに寝転がった。


「俺もいいか!?」


 イズミが興味ありげに近寄る。


「うん、もちろん」


 イズミはペックの横腹を軽く撫でた。


「うおー!ヌマイノもこんな可愛ければいいんだけどな!」


「ふふ、確かに」


 二人はペックの至る所を撫でまくった。するとお返しのようにペックは飛び起き、イズミに飛び掛かる。転がったイズミはそのまま顔をぺろぺろ舐められた。


「ちょちょ、くすぐったいって!」


 三人の楽しげな話声が部屋全体に響いた。


「じゃそろそろ食堂に行こーぜ」


「…シュージは?」


「来ないってさ。まったく、ペックは超可愛いし、晴樹だっていい奴なのにな!」


「気長に行こう。彼にも色々あるんだ」


 食堂は新人団員や職員で賑わっていた。基本女子は女子で固まり、男子は男子で固まる。男女の交流は勿論あるものの、年頃の男女が共に行動するというのは、少し決まりが悪く、冷やかしが大勢いるために、特に本部内では避けられる。


 三人は同じものを注文した。ペックは食べられそうな野菜や果物をそのままもらった。


「自然の恵みと、生物の命、これらに心から感謝を込めて、いただきます」


 二人はそう言って食べ始めた。晴樹は「いただきます」とは言ったものの、「自然の恵みと、生物の命、これらに心から感謝を込めて」の部分はなんだか気恥ずかしく、言えなかった。


「──んで、そのナツキって可愛い子はどこよ」


「ナツキ?誰?」


 ジユンが本を読みながらポツリと聞いた。


「晴樹と一緒に入団した子らしい。こいつずるいんだぜ?女の子と二人で訓練出てさ、しかもめっちゃ可愛いんだって」


「羨ましいな」


 一見興味なさそうなジユンだが、その目は一瞬晴樹に向けられ、何かを探るようであった。


「どこだろう……あ、いた。奥から二番目の机の真ん中付近にいる子、あの金髪の子だよ」


 二人はそちらにすぐさま視線を向ける。


「なあジユン、こいつ殴っていいか?」


「ああ。思いっきりな」


「なんで!?」


「めちゃくちゃ可愛いじゃねえか!おいジユンもっと近く行こうぜ」


 イズミとジユンは立ち上がり、晴樹がそれを追いかける。


「晴樹。ちょっと声かけて」とジユンが唆す。


「ええ?分かったよ」


 至って普通にナツキに近づき、後ろから二人がついていく。


「ナツキさん、おはようございます」


「あ、有馬さん!おはようございます!」


 ナツキは読んでいた本の手を止めてにこやかに挨拶した。


「この後授業ですよね?もう朝ごはんは済みました?僕はもう食べましたよ」


「はい、私も食べました」


 イズミとジユンの二人は何かを察したような顔をし、目を合わせた。


「あ、じゃあもうあとはエレナさんを待つだけですね。あ、紹介します。同じ班のイズミとジユン」


「どうも、俺イズミ!よろしく!」


「どうも。ジユンです」


 イズミはいつものように明るく、ジユンは冷静に挨拶した。


「初めまして!私はナツキ・エイデンと申します。よろしくお願いします!」


 ナツキは笑顔で返す。


「いつか訓練で会うかもしれないから、その時はまたよろしくね!ナツキちゃん!」


「はい!よろしくお願いします」


「じゃあまた後ほど」


 晴樹が口早に言うと、三人は元いた席に戻っていった。


「いやー近くで見たらより可愛かったな!ちょっとドキッとしたわ」


「俺も」


「でも二人がそういう関係じゃないってのは、ひしひしと伝わったな」


「ああ、これは完全に脈なしだな」


 二人は冷静分析し頷き合った。


「いやーでも晴樹、お前喋ってる時耳赤くなってたぞ」


「なってたな。後目線泳ぎすぎ」


 二人は茶化すように笑う。


「そりゃ緊張するじゃん」


「大体なんで敬語なんだよ」


「いやだって向こうもめっちゃ敬語だしさ、出会ってまだ数日の関係だよ?というかなんであんなタメ口でいける?」


「へへーんそれはな──」


「それはこいつがおかしいからな」


「おい。でももうちょっと距離近づけたいよねー。まず敬語はやめようぜ」


「でもきっかけがないよ」


「なんだっていいんだよ。訓練で自然と打ち解けてたでもいいし、魔物からナツキちゃんを守ったでもいいし」


「これから二週間は一緒なんだし、なんかあるでしょ」


「そうかなー」


 ちょうどよくエレナが入り口に来るのが見えた。


「あ、エレナさんだ!じゃあまたな。ジユン行こうぜ」


「うん。晴樹、また後で」


 そう言い残し二人は寮へ戻っていった。晴樹は二人が去った後、ナツキと一緒にエレナの元へ向かった。


 エレナは二階の講義室へ三人を連れていった。講義室の前では男が一人待っていた。


「やあエレナさん、おはようございます」


「グゼル先生おはようございます。この子らが新しくはいった子達です」


「おお、これが例の一つ頭のヌマイノだな?」


 グゼルは晴樹とナツキには目もくれず、ペックに食いついた。グゼルは中年の男で四角いメガネをかけて、ビール腹がよく目立つ。


「なんとも興味深いな。まあとりあえず中へ入ろう」


 そう言いエレナ以外が部屋に入った。部屋に入るとグゼルは教壇へ立ち、三人は前の席に座った。


「それで、その子はなんて種類の魔物なんだい?」 

 グゼルは目を輝かせる。


「犬っていう動物です」


「イヌ…?聞いたことがないな。頭部以外はヌマイノによく似ているけれど、ちょっと身体触ってもいいかな?」


「はい人には慣れてるので」


 グゼルは頭、首、背、腹、脚、尻尾、それらを触診するように丁寧に、しつこく触った。


「驚いたな、本当に頭部以外は完全にヌマイノと同じ特徴だ。ああごめんつい夢中になっちゃって、生物学の授業だよね」

 グゼルは少し息を整えて、

「僕はグゼル、騎士団で生物学を教えてるよ。騎士にとって生物の知識は重要なんだよ?どう倒すと効果的なのか、何が苦手で何に耐性があるのか、これを知って効率よく敵を倒すんだ」


 講義は二時間続き、ナツキは真面目に話を聞いていたが、晴樹は虚になりながらもなんとか耐えていた。


「──とまあ色々生物がいるけど、進化の過程は未だ分かっていないんだ。一説には()()()()が世界に魔力を与えたその後と前では格段に変わったと言われているね」


(アイリス…?)


 晴樹に疑問が浮かんだところで授業が終わる。


「それじゃあ今日の講義終わり。よく復習するように」


「ありがとうございました」


「ナツキさんこの後暇ですか?もしよかったらなんですけど、ペックの訓練に付き合ってくれないかなーって思って」


「ごめんなさい。この後はちょっと予定があって…」


 ナツキは申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「あいやいや別にいいんですよ!実は──」


 晴樹はシュージのことを話した。


「なるほど、そんなことがあったんですね。でもその彼の気持ちも理解できますね。私も最初は怪しんでましたし」


「確かに剣ずーっと持ってましたもんね」


「そ、そうでしたね…」

 ナツキは顔を少し赤らめた。


「でも、私は信じてますよ。ペックも、有馬さん自身も絶対に変われるって」

 ナツキは真っ直ぐ晴樹の顔を見て言った。

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