魔法の練習、寮
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マリニカは中庭へ三人を連れて行く。太陽は空の頂点に昇り、雲ひとつない晴天で、太陽はのびのびと地上を照らしている。
「カショウ」
とマリニカが唱えると、デコイに火が灯り、全体が炎に包まれ熱気を放つ。そして自然と消火された。
「ペック、あなたもやってみなさい」
力を試すように促した。
「ワン!」
ペックが吠えると、地が揺れ始め、轟音と共に炎の柱が一瞬にして空に突き上がった。現れた炎は竜巻の如くうねり、風が唸る。吹いた風が熱を帯び、彼ら全員に皮膚を刺すような熱波が当たった。
その力に危機感を持ったマリニカは詠唱を開始。
「水ガ王ヨ、貴様ガ御力顕給へ──」
詠唱が始まると空は曇り、黒く重い雲が空全体を覆う。先ほどまでの晴天とはうって変わり、雷鳴が轟き、地上に豪雨が襲う。
「──サテハ我ガ敵ヲ押シ流シ、世界ヲ清マサム。ハクライハ!」
詠唱が済むと、大量の水が空から叩きつけられ、炎の柱を覆う。だがなお燃え続ける。雨粒が蒸発し、白い蒸気が辺りに満ちる。ペックの目はギラギラと何かを見つめていた。
「ペック!!やめるんだ!」
と晴樹が叫んだことでようやく炎はおさまった。黒い雲は次第に薄くなり、雲ははけ、隙間より日差しが後光の如く降り注ぐ。次第に天気が回復した。
「全く……ババアに全力を出させるんじゃないよ。あんたのその力は、制御できるまで……使用禁止だ…」
マリニカは肩で息をしながら立ち尽くした。デコイは跡形もなくなっていた。
「ごめんなさい、マリニカさん!僕が早くに止めるべきでした」
晴樹が必死に頭を下げる。
「ああ、お前がもう少し早く言ってくれればよかったけども……でも力量を見誤ったあたしのせいさ……お前の言うことは聞くみたいだから…よく訓練するんだね…」
そう言って彼女は深呼吸し調子を整えた。
「さ、早くヨーテル練習をしなさい」
「はい…」
ペックは少しバツが悪そうに、晴樹の顔を覗き込むように見ている。晴樹は情けない気持ちになった。ペックを制御するどころか、自分は魔法を放つことさえできない。そんなことで飼い主が務まるだろうか。ペックの力がまた暴走すれば、他の人、自分、そして何よりもペック自身が危険だ。
(自分が強くならなくては、ペックのためにも…)
「まあ、禁止と言っても……ナガレミだけは許可するよ…それで感覚を養いなさい」
「わん…」
小さく謝るように一言吠えた。空には励ますように虹がかかっていた。
晴樹は一層真剣に向き合った。光るには光るのだから、後は放出するだけだ。晴樹は初めてヨーテルを使った時のことを思い出していた。その時は血流が手のひらに集まり、“何か”が光るのを感じていたが、今回はその“何か”が手に集まり、一直線に放出されることを意識していた。
──身体の内側に耳を傾け、血の流れを感じ、手のひらに溜めたものを一気に放出する。
──いける
「ヨーテル」
その瞬間光が生まれ、音を置き去りにデコイを目掛けて走る。その閃光はすぐさまデコイに直撃し、ぽっかりと穴が空いた。
「できた……やった…!」
思わず喜びの言葉が漏れ出た。
「ふん、やったじゃないか。でもまだ入り口に立っただけだからね」
口ではそう言うものの、その表情は穏やかだった。
「はい!」
「同じくカショウもやってご覧なさい。対象をよく見て、自分の“魔力を相手にぶつける”感覚を身につけるんだ」
──自分の魔力を相手にぶつける…
晴樹は心の中で復唱し、また“何か”を集め、手のひらがほの温かくなるのを感じ、それをぶつけるイメージを固める。
「カショウ!」
ボッとデコイに火がつき、そのまま燃え広がり、デコイ全体が火に包まれた。ゆらゆらと揺れる火は優しく、温かい。
「もう掴んだようだね。若いもんはすぐに吸収するから侮れない。魔導書にある他の基本呪文をやってみなさい」
と言いナツキの方へ向かった。その背中はどこか満足を含んでいたのが晴樹にも感じられた。
「ナツキちゃん、もう一度ナガレミをやってごらん」
「はい、ナガレミ!」
部屋でのアドバイスを思い出し丁寧にやってみた。しかし丁寧すぎるあまり、その威力は低減していた。
「うーんもっと流れるように撃つのさ。まさに水のように滑らかに、水の勢いを殺さず。同様に自分の魔力を滑らかに放出するの。一回水だけだそうか、一緒にね。ペックも」
「ナガレミ!」
「ワン!」
「ナガレミ」
三つの水の球が空中に生まれふわふわと浮いている。ナツキの球は不安定な輪郭を作り、表面からは水飛沫を飛ばす。ペックは三つの中では一番大きな球を作ったが、やはり不安定で、激しく揺れ動く。対してマリニカの作った球は、表面に歪みを一切生じさせない、ガラス玉のような美しい円であった。
「力で制御するのではなく、水を尊重しつつ導いてやることだよ。無理矢理変えてはいけない、水は強制されることを嫌うからね」
ナツキは水を感じ、魔力で導いてみた。すると不安定な形の水は、若干ではあるものの安定し円を描き始めた。
「そうそう、なかなか筋がいいね。ペックもやってご覧な」
ペックは考えるが、球はなかなか安定しない。
「まああんたの力は強大すぎるから、すぐには無理かもね。それじゃあ次は動かしてみようか、ほら」
そういうとマリニカの水球はゆっくりと上下し始め、ナツキの顔スレスレで通過させたり、縦横無尽に動かしてみせる。そしてその水の形をで星形やハート、さらにはリボンの形を作った。その変形はどれも柔らかく、しなやかであり、まるで水が自らの意思で変形しているかの様であった。
「やっぱり大事なのは水を尊重し導いてあげること。この意識だけさ」
ナツキの球は不安定な軌道を描きながら、ゆっくりと進んでいく。しかし力んだその瞬間、パッと水は地面へ落ちた。
「ふふ、焦ったね。でもその調子さ」
ペックの球は不規則にあちこちへと飛び軌道が読めない。すると勢いを増し始め、マリニカの作った球に当たろうとしたその時、
「ペック!待て!」
と晴樹が指示し、なんとか衝突を免れた。
それをみたマリニカがニヤリと笑った。
「ま、今日の訓練は終わりにしようか。もう夕暮れだ。有馬晴樹、お前は魔法の威力向上を目指すといい、後ペックの訓練。そしてナツキちゃんは魔法の安定を目指しなさい。それじゃあ次は金曜日に会おう」
「ありがとうございました!」
「──それにしてもペックの魔法には驚かされましたね」
「うん、僕もあんな激しい魔法を使うなんて思ってませんでしたよ。ナツキさんはどうですか、魔法の方は?」
「ええまあ、ぼちぼちですね。有馬さんは?」
苦笑しながら問いかける。
「やっと魔法で攻撃できるようになりましたよ!」
「本当ですか?それはおめでたいですね!」
「ナツキさんのおかげなんですよ」
ナツキはキョトン顔をした。
「フタバ村で魔法の出し方を教えてくれたじゃないですか、それがまた役に立ったんですよ!」
「そうだったんですね!図らずもお役に立てて光栄です!」
ナツキは優しく笑った。するとエレナがやってきた。
「二人ともお疲れ〜。さっきすごい揺れたわね〜、大丈夫だった?え、ペックちゃんが??魔法で??ええ!?本当に?…とんでもない子ね…」
エレナの顔は引き攣った。
「でね、それでね、三人にはこの後寮に行ってほしいんだ。ここの四階にあるから、今から案内するわね」
本部の四階の西側が男子寮で、東側が女子寮となっており、居住者は全て新人三十人が使っている。男が二十三人で女が七人。そこに晴樹、ナツキ、ペックが加わる。
「じゃあまず男子寮から案内するね。ナツキちゃんはここで待ってて」
と男子寮のドアの前でナツキはポツンと待つ。
共用部には衣類が床に乱れ落ち、汚い。汗や垢の匂いが混じり鼻をツーンと刺す。
「うわ、汚ったないわね。まったく…男の子ってなんで整理整頓できないの?」
「うわ!エレナさん!ちょっと来るなら言ってくださいよ!掃除したのに」
とソファーで寝転がっていた男が飛び起きた。水色の少し伸びた髪は後ろで結び、動くたびに襟足がぴょこぴょこと揺れ、どこか無邪気さを感じさせる。笑うと白い歯が光り、八重歯が印象に残る。制服は着崩し、腕捲りして、元気な印象だ。
「そうじゃないでしょ!普段から綺麗にしときなさいよ」
「ごめんなさい!あれそいつは?新人?よろしく!俺、イズミ・ヨータ!珍しい生き物連れてるね」
「よろしく、僕は有馬晴樹。こっちは犬って動物のペック」
「有馬くんは今日入ってきたばかりなの。だから困ってそうだったら是非助けてあげて」
「任せてください!」
イズミは大袈裟に敬礼をした。
「そういえばイズミの班人数足りなかったよね?」
「はい!俺含めて三人っす!」
「あ、じゃちょうどいいじゃない。有馬くんそこに決定ね」
本部では、約五人で構成される班で活動を行う。戦闘訓練や魔法訓練等は一緒に出席し、一緒に学ぶ。晴樹やナツキは入りたてであるため、ペースを合わせるためにもまずは二週間個別で学ぶ。
「よっしゃー!じゃ部屋まで連れてくぜ!」
イズミは晴樹の手を引っ張り、連れて行った。
「ふう…ほんと元気な子ね」
エレナはそう呟くと、逃げるように出ていった。
「ごめんね、ナツキちゃん。お待たせしちゃって」
「いえいえ」
「はあ…ちょっと深呼吸させて」
エレナは少々潔癖な所があり、男子寮は苦手なのである。
「……よし、じゃあ行こう」
女子の団員は少なく、部屋が余っているため、一人一部屋使っている。
「こんばんはー。誰かいる?」
しかし返事はない。色々な香水が混じったような甘い香りが漂う。共用部は男子寮に比べて綺麗である。
「おかしいわね、誰かー?」
しばらくすると奥からペタペタと足音がし、一人やってきた。黒髪の乱れた女は目を擦り、右手には人形を掴んでいる。ゆるっとしたオーバーサイズの服に身を包み、痩せこけた貧相な身体がなんとも不釣り合いである。
「あ………エレナさん…こんばんは………」
と気だるそうに挨拶した。
「こんばんはユメノちゃん。他のみんなは?」
「………知らない…」
「…そっか。この子!新しく入団したナツキ・エイデンちゃん」
「初めまして、ナツキ・エイデンと申します」
「……初めまして……あたし、ユメノ…………よろしく…ナツキちゃん…」
「……はい!よろしくお願いします」
「ナツキちゃんに寮の説明をしてほしいんだけど……できる?」
「………わかった…!」
エレナはその不確かな返答に不安な表情を浮かべ、
「ままま、ナオが戻ってきた時でもいいから」
と付け加えた。
「あ、そうだナツキちゃん、明日は朝食後に生物学の講義があるから。覚えておいて。あ!有馬くんにも言わなきゃ、じゃあまたね」
「はい、ありがとうございました」
ナツキは丁寧に挨拶をした。
エレナはまた男子寮へ戻ったが、ドアの前で怒鳴り声を聞いた。
「俺はこんな怪しい奴が同じ班だなんて反対だ!」
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