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僕と犬が異世界へ!?  作者: 夏谷崚
訓練編
6/22

魔法の練習、寮

6/10 段落の追加

 マリニカは中庭へ三人を連れて行く。太陽は空の頂点に昇り、雲ひとつない晴天で、太陽はのびのびと地上を照らしている。


「カショウ」


 とマリニカが唱えると、デコイに火が灯り、全体が炎に包まれ熱気を放つ。そして自然と消火された。


「ペック、あなたもやってみなさい」


 力を試すように促した。


「ワン!」


 ペックが吠えると、地が揺れ始め、轟音と共に炎の柱が一瞬にして空に突き上がった。現れた炎は竜巻の如くうねり、風が唸る。吹いた風が熱を帯び、彼ら全員に皮膚を刺すような熱波が当たった。


 その力に危機感を持ったマリニカは詠唱を開始。


「水ガ王ヨ、貴様ガ御力顕給へ──」


 詠唱が始まると空は曇り、黒く重い雲が空全体を覆う。先ほどまでの晴天とはうって変わり、雷鳴が轟き、地上に豪雨が襲う。


「──サテハ我ガ敵ヲ押シ流シ、世界ヲ清マサム。ハクライハ!」


 詠唱が済むと、大量の水が空から叩きつけられ、炎の柱を覆う。だがなお燃え続ける。雨粒が蒸発し、白い蒸気が辺りに満ちる。ペックの目はギラギラと何かを見つめていた。


「ペック!!やめるんだ!」


 と晴樹が叫んだことでようやく炎はおさまった。黒い雲は次第に薄くなり、雲ははけ、隙間より日差しが後光の如く降り注ぐ。次第に天気が回復した。


「全く……ババアに全力を出させるんじゃないよ。あんたのその力は、制御できるまで……使用禁止だ…」


 マリニカは肩で息をしながら立ち尽くした。デコイは跡形もなくなっていた。


「ごめんなさい、マリニカさん!僕が早くに止めるべきでした」


 晴樹が必死に頭を下げる。


「ああ、お前がもう少し早く言ってくれればよかったけども……でも力量を見誤ったあたしのせいさ……お前の言うことは聞くみたいだから…よく訓練するんだね…」


 そう言って彼女は深呼吸し調子を整えた。


「さ、早くヨーテル練習をしなさい」


「はい…」


 ペックは少しバツが悪そうに、晴樹の顔を覗き込むように見ている。晴樹は情けない気持ちになった。ペックを制御するどころか、自分は魔法を放つことさえできない。そんなことで飼い主が務まるだろうか。ペックの力がまた暴走すれば、他の人、自分、そして何よりもペック自身が危険だ。


(自分が強くならなくては、ペックのためにも…)


「まあ、禁止と言っても……ナガレミだけは許可するよ…それで感覚を養いなさい」


「わん…」


 小さく謝るように一言吠えた。空には励ますように虹がかかっていた。



 晴樹は一層真剣に向き合った。光るには光るのだから、後は放出するだけだ。晴樹は初めてヨーテルを使った時のことを思い出していた。その時は血流が手のひらに集まり、“何か”が光るのを感じていたが、今回はその“何か”が手に集まり、一直線に放出されることを意識していた。


──身体の内側に耳を傾け、血の流れを感じ、手のひらに溜めたものを一気に放出する。


──いける


「ヨーテル」


 その瞬間光が生まれ、音を置き去りにデコイを目掛けて走る。その閃光はすぐさまデコイに直撃し、ぽっかりと穴が空いた。


「できた……やった…!」


 思わず喜びの言葉が漏れ出た。


「ふん、やったじゃないか。でもまだ入り口に立っただけだからね」


 口ではそう言うものの、その表情は穏やかだった。


「はい!」


「同じくカショウもやってご覧なさい。対象をよく見て、自分の“魔力を相手にぶつける”感覚を身につけるんだ」


──自分の魔力を相手にぶつける…


 晴樹は心の中で復唱し、また“何か”を集め、手のひらがほの温かくなるのを感じ、それをぶつけるイメージを固める。


「カショウ!」


 ボッとデコイに火がつき、そのまま燃え広がり、デコイ全体が火に包まれた。ゆらゆらと揺れる火は優しく、温かい。


「もう掴んだようだね。若いもんはすぐに吸収するから侮れない。魔導書にある他の基本呪文をやってみなさい」


 と言いナツキの方へ向かった。その背中はどこか満足を含んでいたのが晴樹にも感じられた。


「ナツキちゃん、もう一度ナガレミをやってごらん」


「はい、ナガレミ!」


 部屋でのアドバイスを思い出し丁寧にやってみた。しかし丁寧すぎるあまり、その威力は低減していた。


「うーんもっと流れるように撃つのさ。まさに水のように滑らかに、水の勢いを殺さず。同様に自分の魔力を滑らかに放出するの。一回水だけだそうか、一緒にね。ペックも」


「ナガレミ!」

「ワン!」

「ナガレミ」


 三つの水の球が空中に生まれふわふわと浮いている。ナツキの球は不安定な輪郭を作り、表面からは水飛沫を飛ばす。ペックは三つの中では一番大きな球を作ったが、やはり不安定で、激しく揺れ動く。対してマリニカの作った球は、表面に歪みを一切生じさせない、ガラス玉のような美しい円であった。


「力で制御するのではなく、水を尊重しつつ導いてやることだよ。無理矢理変えてはいけない、水は強制されることを嫌うからね」


 ナツキは水を感じ、魔力で導いてみた。すると不安定な形の水は、若干ではあるものの安定し円を描き始めた。


「そうそう、なかなか筋がいいね。ペックもやってご覧な」


 ペックは考えるが、球はなかなか安定しない。


「まああんたの力は強大すぎるから、すぐには無理かもね。それじゃあ次は動かしてみようか、ほら」


 そういうとマリニカの水球はゆっくりと上下し始め、ナツキの顔スレスレで通過させたり、縦横無尽に動かしてみせる。そしてその水の形をで星形やハート、さらにはリボンの形を作った。その変形はどれも柔らかく、しなやかであり、まるで水が自らの意思で変形しているかの様であった。


「やっぱり大事なのは水を尊重し導いてあげること。この意識だけさ」


 ナツキの球は不安定な軌道を描きながら、ゆっくりと進んでいく。しかし力んだその瞬間、パッと水は地面へ落ちた。


「ふふ、焦ったね。でもその調子さ」


 ペックの球は不規則にあちこちへと飛び軌道が読めない。すると勢いを増し始め、マリニカの作った球に当たろうとしたその時、


「ペック!待て!」


 と晴樹が指示し、なんとか衝突を免れた。


 それをみたマリニカがニヤリと笑った。



「ま、今日の訓練は終わりにしようか。もう夕暮れだ。有馬晴樹、お前は魔法の威力向上を目指すといい、後ペックの訓練。そしてナツキちゃんは魔法の安定を目指しなさい。それじゃあ次は金曜日に会おう」


「ありがとうございました!」


「──それにしてもペックの魔法には驚かされましたね」


「うん、僕もあんな激しい魔法を使うなんて思ってませんでしたよ。ナツキさんはどうですか、魔法の方は?」


「ええまあ、ぼちぼちですね。有馬さんは?」


 苦笑しながら問いかける。


「やっと魔法で攻撃できるようになりましたよ!」


「本当ですか?それはおめでたいですね!」


「ナツキさんのおかげなんですよ」


 ナツキはキョトン顔をした。


「フタバ村で魔法の出し方を教えてくれたじゃないですか、それがまた役に立ったんですよ!」


「そうだったんですね!図らずもお役に立てて光栄です!」


 ナツキは優しく笑った。するとエレナがやってきた。


「二人ともお疲れ〜。さっきすごい揺れたわね〜、大丈夫だった?え、ペックちゃんが??魔法で??ええ!?本当に?…とんでもない子ね…」


 エレナの顔は引き攣った。


「でね、それでね、三人にはこの後寮に行ってほしいんだ。ここの四階にあるから、今から案内するわね」


 本部の四階の西側が男子寮で、東側が女子寮となっており、居住者は全て新人三十人が使っている。男が二十三人で女が七人。そこに晴樹、ナツキ、ペックが加わる。


「じゃあまず男子寮から案内するね。ナツキちゃんはここで待ってて」


 と男子寮のドアの前でナツキはポツンと待つ。


 共用部には衣類が床に乱れ落ち、汚い。汗や垢の匂いが混じり鼻をツーンと刺す。


「うわ、汚ったないわね。まったく…男の子ってなんで整理整頓できないの?」


「うわ!エレナさん!ちょっと来るなら言ってくださいよ!掃除したのに」


 とソファーで寝転がっていた男が飛び起きた。水色の少し伸びた髪は後ろで結び、動くたびに襟足がぴょこぴょこと揺れ、どこか無邪気さを感じさせる。笑うと白い歯が光り、八重歯が印象に残る。制服は着崩し、腕捲りして、元気な印象だ。


「そうじゃないでしょ!普段から綺麗にしときなさいよ」


「ごめんなさい!あれそいつは?新人?よろしく!俺、イズミ・ヨータ!珍しい生き物連れてるね」


「よろしく、僕は有馬晴樹。こっちは犬って動物のペック」


「有馬くんは今日入ってきたばかりなの。だから困ってそうだったら是非助けてあげて」


「任せてください!」


 イズミは大袈裟に敬礼をした。


「そういえばイズミの班人数足りなかったよね?」


「はい!俺含めて三人っす!」


「あ、じゃちょうどいいじゃない。有馬くんそこに決定ね」


 本部では、約五人で構成される班で活動を行う。戦闘訓練や魔法訓練等は一緒に出席し、一緒に学ぶ。晴樹やナツキは入りたてであるため、ペースを合わせるためにもまずは二週間個別で学ぶ。


「よっしゃー!じゃ部屋まで連れてくぜ!」


 イズミは晴樹の手を引っ張り、連れて行った。


「ふう…ほんと元気な子ね」


 エレナはそう呟くと、逃げるように出ていった。


「ごめんね、ナツキちゃん。お待たせしちゃって」


「いえいえ」


「はあ…ちょっと深呼吸させて」


 エレナは少々潔癖な所があり、男子寮は苦手なのである。


「……よし、じゃあ行こう」


 女子の団員は少なく、部屋が余っているため、一人一部屋使っている。


「こんばんはー。誰かいる?」


 しかし返事はない。色々な香水が混じったような甘い香りが漂う。共用部は男子寮に比べて綺麗である。


「おかしいわね、誰かー?」


 しばらくすると奥からペタペタと足音がし、一人やってきた。黒髪の乱れた女は目を擦り、右手には人形を掴んでいる。ゆるっとしたオーバーサイズの服に身を包み、痩せこけた貧相な身体がなんとも不釣り合いである。


「あ………エレナさん…こんばんは………」


 と気だるそうに挨拶した。


「こんばんはユメノちゃん。他のみんなは?」


「………知らない…」


「…そっか。この子!新しく入団したナツキ・エイデンちゃん」


「初めまして、ナツキ・エイデンと申します」


「……初めまして……あたし、ユメノ…………よろしく…ナツキちゃん…」


「……はい!よろしくお願いします」


「ナツキちゃんに寮の説明をしてほしいんだけど……できる?」


「………わかった…!」


 エレナはその不確かな返答に不安な表情を浮かべ、


「ままま、ナオが戻ってきた時でもいいから」


 と付け加えた。


「あ、そうだナツキちゃん、明日は朝食後に生物学の講義があるから。覚えておいて。あ!有馬くんにも言わなきゃ、じゃあまたね」


「はい、ありがとうございました」


 ナツキは丁寧に挨拶をした。


 エレナはまた男子寮へ戻ったが、ドアの前で怒鳴り声を聞いた。


「俺はこんな怪しい奴が同じ班だなんて反対だ!」

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