連携、魔法の練習
6/10 段落の追加
晴樹はひたすら走った。重りのせいで膝の関節が痛んできたが、それでも彼は走った。同じ風景の元で何周もするというのは、一種の拷問に近い。何故自分は知らない世界に来てまで、こんな運動をせねばならないのか、そんなことを考えながらも、ひたすら走っていた。やっと五周を走り終えた。
「有馬晴樹!残り五周だ!!気合い入れて走れ!」
とユータスの声を聞いたが、彼はまだ五周もあるのかと心が折れ、疲労の蓄積も加わり、いきなり全身の力が抜け、ついに晴樹は倒れてしまった。
そこにユータスが、恐ろしい顔をしながら近づいてきて、叱責を喰らうとビクビクしていた晴樹であったが、
「飲め。そして少し休んだらもう五周走れ」
と意外にも飲み物を渡してくれた。
「は、い…ありがとう……ございます…」
その感じで優しいのかい、と内心ツッコミを入れた。
晴樹は木陰に移動して少し休んだ。そよ風が心地よくなびき、気持ちが少し楽になった。
そしてその間ナツキの様子を見ていた。ナツキは剣を右側に真っ直ぐ持ち、腰を軽く落とし、左足はまっすぐに、右足は少し引き、右左と交互に剣を振り続けた。
ユータスは「腰の捻りが足りない!!」と叱咤し、健気に食らいつくナツキ。晴樹はそんな様子を見て再び腰を上げた。
不思議と走り出しは軽やかで、またペックが魔法をかけたのかと思いペックに目をやったが、ぐっすりと眠っている。そして先ほどよりも短い時間で五周走り終えた。
「有馬晴樹!こっちへこい!」
「はい!」
また怒られるのではと思ったが、気にも留めない様子。
「お前剣を握ったことは?」
「一度もありません」
顔色ひとつ変えずに、
「それではまず握り方だが、グリップを握手する手でそのまま握る。これが基本だ。そして構えは色々あるが、基本的なのは左足を前に出し右足は引き、右側で剣を立てる。やってみろ」
と説明し始める。
五キロもある特殊な剣は、持つだけでも一苦労だが、晴樹は何とか持ちあげた。ナツキがやっていたのを思い出し、真似をする。
「斬る際だが、その構えのまま、まず剣を前に出し、そして右足を出す。そして刃を落とし当てる、やってみろ」
ユータスがゆっくりと実演し丁寧に教えた。晴樹は見様見真似でデコイに攻撃する。
「そうだ、反対側も同じ要領だ。まずそれを会得しろ。基礎があっての応用だ。それを疎かにしたものは死ぬ。いいな」
「はい!」
「じゃあお前ら二人とも、俺に向かって切りかかってこい」
「え?」
「二人同時にな。反撃はしないから安心しろ」
「そんな、怪我してしまいますよ!」
ナツキが心配したが、
「随分となめられたもんだな。いいからこい」
とお構いなしという感じにユータスは剣を構えた。
「やるしかないみたいですね、ナツキさん」
「そのようですね。では行きますよ!」
ナツキが勢いよく地面を蹴り上げ、右上から攻撃したが、ユータスは軽々と受け流す。そこに晴樹が辿々しく斬りかかり、晴樹の力を計るように受け止めた。金属音が耳を貫く。
「初めてにしては悪くない…が、まだまだだ」
その次の瞬間、晴樹の手を掴み足を引っかけ転ばせた。
「いって…」
「早く立て!練習にならねえぞ!!」
ナツキがまた斬りかかるが、今度は少しフェイントをかけてみた。ユータスは反撃しないという約束を破り、勢いよく蹴り返し、ナツキは土埃を巻き上げ地面を転がった。
「小手先のテクニックに頼るな!!!!」
「ナツキさん!」
「大丈夫です…防護用具がありますから」
ナツキは胴体についた足跡を振り払い、ゆっくり立ち上がる。
「この…!」
晴樹は怒りに身を任せ斬りかかるが、その剣筋は単純で、軽く避けられ、柄で腕を弾かれまた倒されてしまった。
「基礎があっての応用だと言っただろ。戦場であったら、今とっくに死んでいるぞ」
「すみませんでした…」
「あと、お前らは何で一人づつ来るんだ。人数有利があってそれを利用しないバカがどこにいる。初めから出来ると期待はしていないが、もうちょい頭を使え」
それは二人にとって盲点であった。二人は確かに今まで一緒に行動してきたのであるが、それは仲間としてではなく、迷子と迷子の案内人の関係に過ぎなかった。
二人はその言葉を聞き、目を合わせ、晴樹がナツキに密かに耳打ちする。
「…分かりました。それでは…有馬さん行きますよ!」
ナツキはユータスに一直線に飛びかかった。
「だから、一人づつ来るんじゃなくってだな」
とナツキに気を取られていたがその隙に、すかさず背後から出てきた晴樹が斬りかかり、剣と剣が火花を散らす。
また転ばされると思った晴樹は、後ろへ下がり、その瞬間死角よりナツキが現れ勢いよく突く。鋭い一閃はユータスの頬を掠めた。
ユータスはニヤリと笑みを浮かべ、
「そうだ」
と一言放つ。
「さっきよりは悪くない、勿論まだまだだが。有馬晴樹は基礎的な体力及び基本的な剣技が必要だ。ナツキ・エイデンは軸にブレがある、それに同じく基本的な剣技が必要だ。自ら練習するように。今日は終わりだ。昼食を取ってこい」
「ありがとうございました!」
「──あああああ!疲れた……」
「大変でしたね……」
二人はその場に座り込んでしまった。
「でも最後の連携すごいよかったですよね!」
「はい!ナイス作戦でした!」
二人はハイタッチした。するとそこにエレナとペックがやってきた。
「二人ともお疲れ〜!よく頑張ったね!最後の二人すごくかっこよかった」
「ありがとうございます、エレナさん」
「ワンワン!」
とペックが晴樹に飛びつき顔をしきりに舐めた。
「ありがとう。分かった分かった、くすぐったいやめてよ」
晴樹は楽しげな声をあげながら、表情を緩めた。
「ペックちゃんも褒めてるみたいね。それから…お昼だよね?その前に着替えていらっしゃい。できたら食堂へ案内するわ」
二人はゆっくりと準備室へ向かった。
防護用具を外した晴樹は、腕を上げようとしたら上がり過ぎてしまい、その身軽さに思わず笑ってしまった。
確かに毎日つけていたら強くなりそうだと彼は思った。服は新しく騎士団の白を基調とした制服が支給された。平時は基本これを着て活動をする。ペックの服はなかったのだが、晴樹の要望あって後日作られた。
「うんうん、二人とも似合ってるわね。それじゃあ食堂へ行こうか」
食堂に入ってまず目につくのは、長テーブル四台だろう。それら左右には椅子が取り付けられ、大人数が使えるようになっている。
入り口から見て正面の壁には、一本の剣と盾が意味ありげに飾られている。またステンドグラスに光が入り、神秘性を演出しとても美しい。
入って左側には調理場があり、そこで注文するシステムだ。騎士団員や職員は無料となっているが、観光客やゲストはしっかりと金を取られる。三人は同じものを注文し食べた。
「ユータスさんの訓練は毎週三回あるから。今日が月曜日だから、あと水曜日と金曜日ね」
「毎日ではないんですね」
「うん、休息も訓練の一環だ!って。それにユータスさんの訓練だけじゃなくって、魔法の訓練や生物学の講義もあるからね。今日の午後は魔法の勉強よ。二階の奥に部屋があるから後で案内するね」
「見習い騎士は僕らだけなんですか?」
「いいえそんなことないわ。今年は今の所三十人はいるわね。訓練が進んでいくと、そのうち一緒にやることになるから、楽しみにしててね」
そうして昼食の時間は終わり、四人は魔法の訓練部屋に行った。この訓練ではペックも参加することになった。訓練部屋は二階の奥にあり、本部の中でも特に広い部屋となっている。
「はい、これ魔導書。毎回持ってきてね」
エレナから、千ページを超える分厚い本が支給された。
「まさか…これ全部覚えるとか…?」
「そんなの無理。自分の属性をまずおさえるのよ」
とエレナは笑いながら言った。
「それじゃあ、私はこれで。頑張ってね」
と言い去っていった。
部屋へ入ると机が正しく整列されていた。誰もいないので、一番前の真ん中の席に座ることにした。
そこへ一人の老婆が入ってきた。腰が曲がり、杖をつき、綺麗に白髪に染まった見事な老婆だ。しかしその目には鋭さがある。
「はい、こんにちは、あんたたちが新入りの子らね。あたしはマリニカ。お前が有馬晴樹で、あなたがナツキ・エイデン、それにペックと。まあ!なんて美しい毛並みだろう」
そういいペックを撫でた。ペックは少し不服そうな顔をした。
「それじゃあ魔法の授業だけど、あんたたちはどのくらいできるのかしらん」
「基礎はおさえていますが、得意ではないです」
とナツキは答え、
「正直全く分かりません」
と晴樹が答えると、マリニカは眉をひそめた。
「全く今まで何を学んできたのか……お前は基礎をまず作らなくっちゃね、面倒くさい」
「すみません…」
「いえ、いいのよ。お前の自堕落をこれから改めるっていうなら。それで、お前の属性は?」
「光属性です」
「ふーん…無駄に珍しい属性を持ってるんだね。じゃあまずこのデコイに向かって、ヨーテルで攻撃してみな」
「ヨーテル」
光を生み出したはいいものの、晴樹は攻撃に応用する方法を知らず、あたふたと焦っている姿を見て、マリニカは遠い目をしため息を吐いた。
「…見てなさい……ヨーテル」
左手が光を帯て、そのまま鋭い光が静かにしかし素早く飛び、デコイの左胸を撃ち抜く。その一閃にはどこか彼女の静かな苛立ちを含んでいた。
「いい?魔力が集中して、一気に解放される感覚。もう一度やりなさい」
「ヨーテル」
晴樹は右手に光が溜まり始め、次第に明るさを増していく。
「それを解放!」
マリニカの指示を受け、少し緩めてみたが光が消えた。
「驚いた、こんな初歩的なこともできないのかい?」
「すみません…」
「いや謝る必要はないのさ、人間初めからできるものはいないさ。いやね、でもこれができなきゃ、他のこともできないからね?」
「はい…」
「あんたはまず、その溜めた魔力を解放することを練習するんだね。そっちのデコイを使いな。次はナツキちゃんね。あなた属性は?」
「水属性です」
「あら偶然!あたしも水属性なの、よく教えられそう。それじゃあまずデコイにナガレミを撃ってごらんなさい」
「はい。ナガレミ!」
両手の親指と人差し指を使い三角形を作り、そこから水を生み弾丸の如く、勢いよく何発も連続で飛ばす。
ナツキの撃った弾は水を撒き散らしながら進み、六発撃ったところで威力が低下し、十発目を撃つことはできなかった。
「んーそうね、水属性は魔力消費量が少ないのがメリットだけど、あなたはちょっと無駄が多いのかしら。一発にかける魔力量が多すぎるのよ、もう少し丁寧にやるといいわ」
マリニカはおもむろに構え始めナガレミを放つ。マリニカの水の弾はとても細やかで、キレのある水弾であった。
「”焦らず丁寧に“よ。特に水属性の魔法はその繊細さが特徴だから」
「はい、ありがとうございます」
「きっとすぐ出来るようになるわ」
マリニカはにっこりと笑いかけた。
「そしてペック、あなたも魔法が使えるんだってね。属性は何かしら?ナガレミは分かる?」
「ワン」
一度吠えるとペックの周りに水の弾が大量に生まれ、デコイに向かってがむしゃらに飛んでいく。
「上出来すぎるわ!でもやっぱりナツキちゃんと同じで、一発一発が雑で勿体無いわ。もっと小さく一発に力を込めるの」
またマリニカがやってみせた。しかしペックの弾は変わらない。
「難しいか…」
と少し落ち込むマリニカであるが、そこにナツキが、
「ペックは光属性も火属性もちゃんと使えますよ」
「嘘だろう?ちょっとやってみて。ヨーテル」
「ワン」
辺りが一瞬にして眩しい光に包まれ、みんな目を開けることができなかった。目を開け陽性残像が消え始めた頃、デコイを見ると、跡形もなく消え去っていた。
「ペック、あんた……とんでもない力持ちね……みんな裏庭へ行きましょう」
と言ったその声は震えていた。
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、評価、感想いただけると大変励みになります!