騎士団にて、訓練開始
6/27 一部調整
ミナトの街は商業の街である。騎士団本部があり頻繁に騎士が出入りをし、人の往来も多いために商業が自ずと発達。食べ物から服屋、武器屋や鍛冶屋の需要が高く、地方からも都からもこぞって出店をし始めた結果、人で賑わう活気あふれる街となった。
武力の象徴である騎士団本部があるため治安が良好という事も理由に挙げられる。騎士団本部の外観は黒いレンガで作られ、威厳を持って佇み、老朽化した部分もあるが、それは騎士団の歴史の長さを物語っているにすぎない。
平時は基本的に事務仕事が行われ、戦時には騎士を本部に招集しそこから派遣をする。騎士は主に所有している土地の経営や治安維持、また戦時には戦場で戦う義務を負った。
ナツキに案内され正門をくぐった。晴樹は騎士団の本部と聞いて胸が躍っていたが、その内装の普通さにがっかりした。彼は豪華なシャンデリアが煌めき、甲冑が規則的に並んでいる様子を想像していたが、受付があり職員が慌ただしく仕事をしているだけだった。
「何ていうか普通ですね」
晴樹の言葉にナツキは疑問符を浮かべた。ナツキが受付に案内する。
「こんにちは、エレナさん」
「あらナツキちゃん、こんにちは。初めて見るあなたも、こんにちは。こちらは?」
「有馬晴樹さんという方とその家族のペックです。色々ありまして一緒にここまできました」
「こんにちは、有馬くん。私、エレナ。騎士団で受付やってまあす」
エレナは巻き髪で胸の大きな受付嬢で、その口元のほくろがなんとも魅惑的である。顔が小さく、手脚がすらっと長く、妖艶で綺麗であると街で大変評判を集めている。
「ど、どうも。有馬晴樹です。よろしくお願いします」
「ペックちゃんって珍しい生き物ね…お姉さん、こういう可愛いらしい子、大好きよ…」
晴樹もまたその色っぽさに、少々頬を赤らめてしまうのであった。
「それで…ナツキちゃん課題の方はどうなったかしら?」
「はい、無事六体ヌマイノを倒してきました。それと、あとこれを」
「ん〜?」
ナツキは受付の女エレナに、二つの推薦状を渡した。エレナはヒロナリが書いた推薦状と記憶の指輪の記述を見て、驚きの表情を浮かべ、
「ちょ、ちょっと待っててね、すぐ団長を呼んでくるから」
と慌てて奥に行った。十分が過ぎた頃エレナが男を連れて戻ってきた。男の表情は堅かったが、どこか驚きを含んでいる。
「大変お待たせいたしました。では御二方、ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
さっきまでの適当さとは打って変わり、エレナが丁寧に応対し、応接間へ案内した。扉を開け、男が奥のソファに堂々と座る、晴樹とナツキは手前に座らされ、ペックは晴樹の隣に大人しくお座りをして並んだ。
応接間は紅色のカーペットの床で、柔らかいソファとテーブルを、暖色のライトが優しく包む。
「初めまして、私が四十六代目ミネルヴィア誓い団長のクインク・ホーリーだ」
「ナツキ・エイデンと申します」
「有馬晴樹です」
「話は彼女から聞いた。君らはマールス元団長からの推薦だと。中身を読んだが、まず有馬君、君の出身がニホンということに嘘偽りはないのだね?」
「はい、間違いありません」
クインクは深く考えている様子で、
「ふーむ。他にも君達がレッドミルを討伐したと書いてあるが、悪いがそうには見えないが」
「はい、倒したのはこのペックです」
と嘘偽りなく真面目に答えた。
「何?この生き物がか?」
クインクは目を見開いた。
「はい。僕もなぜかは分かりませんが、彼は強大な力を持っています」
「なるほど、そういう事か」
クインクは一人で何かに納得したようで、
「分かった。有馬晴樹、そしてペック、君たちの入団を許可しよう」
晴樹はそんな簡単に入れてしまうのかと、拍子抜けな感想が浮かんだ。
「そして次にナツキ君。君はよく課題を受けにきていて、真面目に課題をこなしていたと聞いている。そしてマールスさんからのお墨付きもある。文句はない…ナツキ・エイデン、君の入団を許可する」
ナツキは思わず笑みが溢れた。
「よし、それでは本題だ。有馬君、例の記憶の指輪を見せてくれ」
「はい、こちらです」
「ほう、これが……ふーむ、確かに間違いなくこれは記憶の指輪だ。これをレッドミルが持っていたと…何故だろう…これは誰の記憶だろうか、これほど強固で複雑な魔法をあいつが扱えるのか………?それほど知能がある相手ではなかったはずだが……単に魔王の物を盗んだのか?しかし何の目的で?」
クインクは深く考えを巡らせると、ぶつぶつと独り言を続けるくせがあるのだ。
「……ああ、すまない。何はともあれ、ありがとう、これは騎士団の解析班に回しておく。これからの三人の活躍を期待しているよ。一旦受付に戻りなさい」
二人はお辞儀をし、部屋を出て行った。
「──団長、ナツキさんの方は分かりますけど、彼ら本当に良かったのですか?」
エレナが声を潜めて質問した。
「マールスさんの手紙にも書いてあったよ。彼らは確かにいい子だがどこか妙だから、騎士団の近くに置いておきたいと。それに利用価値は十分にあると思う。ただ、どこで知ったのか…」
「“例の集団”のスパイの可能性は?」
「いや可能性は低い。スパイならわざわざ言うはずがない。だが念のため監視をつけておけ」
「はい」
しばらくしてエレナが受付に戻った。
「ごめんね、二人とも、長くお待たせしちゃって。これから二人には訓練に行ってもらいたいの。ここの裏庭でやるから。っとその前にお着替えしないとね」
そう言ってエレナは三人を連れて準備室へ連れて中へ入った。準備室には色々な武器や防具がたくさん収納され、訓練内容に応じて必要なものを借りていく。
「じゃあまず簡単に採寸しちゃいましょうか」
エレナはメジャーを取り出し、慣れた手つきで晴樹を採寸し素早くメモをつけていく。
「んーと、それならこの服と防護用具かしら。付け方は分かる?」
「多分何となくは」
「りょーかい、まずその個室で着替えちゃって。一応、防護用具は一緒につけようね」
晴樹は逃げるように個室へと入った。
「ふふ…んじゃあ次はナツキちゃんね。いま彼着替えてるから、それ脱いじゃって………あら意外と…うふふ何でもないわ、でも彼も喜んでるんじゃない?」
エレナは晴樹の入った個室へと目を向けた。
「ち、違いますよ!!そんな関係じゃ!」
「うふふふふ、冗談よ。可愛いのね」
ナツキは紅潮し、エレナはそれを見てニヤニヤしながら、再び慣れた手つきで採寸を行い、メモを取っていく。二人の会話を聞いていた晴樹も赤面し、またどんな顔をすればいいか分からなかった。
「それじゃこの練習着に着替えてきて。有馬くん、出てきていいわよ、お姉さんと防護用具つけようか」
「はい…お願いします」
エレナは上半身の防護用具を力一杯に持ち上げ、晴樹は首と腕を通した。
「うわ!重たいな」
胴体部分で五キロほどの重さがあり、日頃から鍛えていない彼にとっては、その違和感は充分であった。さらに肘当て、脛当てその他の防護用具をつけ総重量は十キロにも及んだ。
「最初はそうね。でも本物の甲冑はもっと重いの。だから今のうちに慣れとかないとね」
そんな話をしているとナツキが全てを身につけて出てきた。
「重くないんですか?」
晴樹はすでに息が上がっていた。
「ええ、もう慣れました」
「すごいな」
ナツキは普段から十五キロ程度の甲冑を身につけていたため、このくらいであればいつもよりも動きやすいほどであった。
「流石ナツキちゃんね。じゃあ、あとこの剣を持ったら、裏庭へ行くよ」
剣は全長九十センチの長さであるが、訓練用に重く作られており、普段は約一キロ程度の剣を五キロにまで増やしているのだ。
裏庭では一人の男が待っていた。男の身長は百九十五センチにも及び、肩幅も常人の二倍で何とも威圧感がある。そしていつも怒っているような、仏頂面をしており、訓練用の剣を持ったその姿は、文字通り鬼に金棒のような恐ろしさを思わせる。
「ユータスさん、お待たせしました」
「エレナさん、その子らが新人ですか?」
「はい、どうぞ優しく接してあげて。それじゃあ二人とも頑張ってね」
エレナはウィンクして受付に戻っていった。
「話はクインクから聞いている。有馬晴樹にナツキ・エイデンだな。俺はユータス。お前たちを約一年間指導することになった。まず基本的に訓練中の魔法の使用は、俺が許可した時以外は禁止だ。そして、お前たちを一人前の騎士に育て上げるためにビシバシと指導していく!」
「よろしくお願いします!!」
二人は礼をした。
「有馬晴樹、お前はまず全て担いでここを十周してこい」
「えっ、はい」
「声が小さい!!!!」
晴樹はユータスの怒号に全身が震えた。
「はヒィ!!」
晴樹は走り出した。ここの裏庭は一周四百メートルあり、それを全身十五キロ増やして走るのは、非常に困難である。
(思ったよりも楽だな…よーし!)
調子乗った晴樹は早く終わらそうとスピードを上げていった。しかしすぐに体力が奪われ始め、ダラダラと歩いているような、速度にまで落ちてしまった。
「な……なんでこんなことを……」
晴樹は意気消沈していた。
「そしてナツキ・エイデン!まずこの目標に素振りしてみろ!」
「はい!!」
ナツキは普段から剣を扱っているが、やはりその重さを扱うのは難しく、一振りをしただけでよろけてしまった。
「どうした!!そんな体幹では第二撃が決まらないぞ!!」
「はい!」
一方でその間ペックは何をしているかというと、ただ見ているだけである。
「おい!有馬晴樹!!休むな!走れ!」
やっと三周を終えた彼だが、この太陽が激しく燃える中で走るのは、既に限界であった。
「み、水…」
その瞬間頭上から大量の水が降ってきて、ずぶ濡れになった。
「なっ何だ!?おい、有馬晴樹!俺は魔法の使用を許可していないぞ」
「つ、使ってません!!!」
「じゃあ今の水は一体何だ!」
「分かりません!」
ペックはどこか笑ったような表情を浮かべている。
「──あれ、なんか身体が軽い、すごい速く走れる!」
「有馬晴樹!!何度言えば分かるんだ!!貴様、わざとか!?」
「本当に違うんです!知らないんです!なんか急に」
「魔法だけに頼っていてはダメだなんだ。いいか、結局最後は肉体がものを言うんだ。なのにお前はサボろうと…」
「いや、本当に僕じゃなくって………あ、多分ペックだ…ペックですよ!あの子の魔法って桁外れの威力なんです。あと僕魔法使えないですし!」
晴樹はユータスの迫力に圧倒されつつも説明した。
「本当だな?」
「本当です」
「魔法を使わないように言ってこい」
「はい。聞くかは分かりませんが…とにかく言ってきます」
その重々しい装備のままペックの座っているところまで向かい、
「ペック、気持ちは嬉しいけど、魔法使っちゃダメ、分かった?」
とちゃんと伝わったかは彼には分からないが、ペックを叱った。ペックは耳を下げ、若干首を引いた。
「多分これで大丈夫だと思います」
「本当だな?それなら残り七周走ってこい!」
晴樹はユータスがちゃんと数えていたことに驚き、その後真面目に走った。
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、評価、感想いただけると大変励みになります!