騎士団
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そこは大きな長机が二つ並んだ部屋であった。机には美しく盛り付けられた魚の切り身が輝き、色鮮やかな果物がお皿に豪華に盛り付けられ、肉料理の美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり空腹を刺激する。
晴樹たちの席もしっかりと用意されており、右側の机の真ん中あたりに座るよう言われた。
「ええそれでは今から宴を始める前にワシから紹介がある。ここにいる二人有馬晴樹君とナツキ・エイデンさんとこの珍しい生き物がペック。彼らがあの忌々しい敵──レッドミルを討ち取ったのだ!」
拍手と歓声が沸き起こり、住民の中には涙を流す者もいる。
「そして奴はワシの右腕を奪い、ワシだけではない、この村に済む住民の多くはあいつと戦い、時には家族友人を失ったことがある。しかし!今日彼らは意図せずとも仇を打ってくれた!改めて礼を申し上げる、本当にありがとうございました。これは村からのお礼だ、好きなだけ食べて好きなだけ楽しんでくれ!それでは乾杯!」
「乾杯!」
村の住民は皆グラスを持ちグラスで十字を切り乾杯する。この世界の風習で、乾杯をする際十字を切ることにより死者を弔い、そしてその死者と共に食事を楽しむために行われている。
「──有馬さん達はよく勝てたねえ」
ナツキの隣に座っている村の老婆が、優しい口調で話しかけてきた。
「ナツキさんとペックがやってくれて、僕は…何も」
と晴樹は少し曖昧に答える。
「へえそう…」
老婆は飲み物を一口飲み、
「ナツキちゃんとこの子が、大したものだね」
老婆はナツキとペックを撫で、ナツキはちょっと恥ずかしそうに、ペックはいつものように尻尾を振りながら受け入れた。
「あの、レッドミルって魔王城にいたんですよね?それなのにこの村の人のほとんどが戦ったことがあるってどういうことですか?」
晴樹が興味ありげに尋ねる。
「なあにみんなほとんどが元々騎士団員だったのさ。ヒロナリさんが団長を辞めて隠居する!なんて言うからみんなでついてきちゃったのよ。今はこうして村の農民として生きてるけど、昔は強かったんだからね」
「バカ、おまえはずっと後ろで回復してただけじゃねえか」
晴樹の後ろに座っていた老翁が意地悪そうに絡みにきたが、老婆も負けじと、
「あら、そう言うあんたも逃げ回ってただけじゃないの。対して力もなかったくせによく生きてこられたわ」
としたり顔で反撃する。
「なんだとばばあ?」
「なにさじじい?」
口では罵り合っている彼らだが、その表情にはどこか安心した様子で口元が緩んでいる。
「まあまあその辺にしておけよ」
村の若者が笑いながら制止した。
「ハハハハハ!!」
二人の老人は笑い合った。
「でも本当にありがとうね。私はね本当は、多分ヒロナリさんもだろうけど、騎士団を辞めてこの村に住むって決めた時、すごく心残りがあったのさ。でも、今日、やっと気持ちが晴れた。見て、あのヒロナリさん。すごく笑ってる、よかった……本当に…」
老婆の潤んだ目は輝き、ヒロナリの笑顔には満足感に満ちていた。それを見た晴樹は微かに許されたような気がした。
晴樹とナツキは疲れが溜まっていたため、ペックも連れて一足先に家へ戻ったが、因縁の相手が倒れた喜びはただでは収まらず、宴は夜の遅くまで続いた。
二人はヒロナリの家の二階にある部屋に別々で泊まった。
翌朝家には何やら魚が焼けた美味しそうな香りが漂っている。晴樹はその匂いで目を覚まし、ナツキも同じタイミングで部屋から出てきた。
「あ…有馬さん……おはよう、ございます…」
ナツキが眠い目をこすりながら挨拶を交わした。二人は階段を降りていき、ペックは晴樹の声を聞きつけて、走ってお出迎えをするようにやってきて、尻尾をブンブンと振り回している。
「おお!おはよう二人とも!もう少し待ってくれ、今朝ごはんができるから」
ヒロナリがキッチンに立ち、魚を四尾グリルで焼き、フライパンでは丸いパンを焼いていた。鍋のスープはグツグツといい音をたて、湯気がふわりと天井に舞う。それは日本で暮らしていた時と似ていて、晴樹はその光景に安心感を覚えた。
キッチンはかなり整頓されており、木目調の引き出しに朝日が当たり、より温かみを演出している。卓上にある銀色のスプーンやフォークが、窓から差し込んだ日を反射し輝く。
ヒロナリが魚とパンをお皿に盛り付け、スープをよそい机にテキパキと並べ、ペックの分は低い台に置いた。
「ささ、一緒に食べよう」
晴樹とナツキは隣同士に座り、ヒロナリが晴樹の前の椅子に座った。
「自然の恵みと、生物の命、これらに心から感謝を込めて、いただきます」
ナツキとヒロナリが共に言った。晴樹はちゃんとこの世界の人間も同じ考えをし、同じ行動をするのだと思い、親近感を抱いた。
魚の身は触れるだけでほろりと解けるように柔らかく、絶妙な塩加減で、魚の脂が塩辛さを抑えてくれる。スープには村で採れた新鮮な野菜をふんだんに使い、野菜本来の優しい甘みをたっぷり感じるホッと一息つける一品で、晴樹はその美味しさに衝撃を受けた。
「これすごく美味しいですね!野菜がこんなに甘いなんて」
「ははーだろう?全てこの村で採れた食材よ。自然様様だな」
「ほんと美味しいですね!しかし私、こうやって朝ごはんを食べるの久しぶりですよ」
「ハハハ、ワシもだ。やっぱり、人と一緒に食べる朝ごはんは格別だ。昔は息子たちがいたんだが、みんな働きに出てしまったよ。たまには帰って顔見せろって話なんだがな…」
ヒロナリは眉間に皺を寄せ、ぼやく。話題の転換を図ろうと、
「そうだ、ところでナツキさんは今騎士をやっているのかな?」
思い出したかのように話し出す。
「いえ、私は今騎士団に所属するために、色々な訓練やミナトにある騎士団からチャレンジ依頼を受けているのです」
「ああーあれか、魔物駆除してきてくれとかそういうのだったかな?ワシも昔やったもんだ。どうだろう、レッドミルのお礼として、私から推薦状を書いてあげよう」
「いえいえ!そんな!悪いですよ」
ナツキは手と顔を振る。
「いや、寧ろ書かせてくれ。君の行動はまさに騎士そのものだから」
「どうしてそう思うのですか…?」
ナツキはどこか不安そうにヒロナリを見る。
「昨日有馬君から聞いた話だと、ヌマイノを六体倒し、迷った彼らを案内し、そしてレッドミルと戦いで君は無力な彼らを逃がし、自分が囮になって守ろうとしたそうではないか」
「でも、攻撃は、全く歯が立ちませんでした…」
ヒロナリは褒めてくれたが、ナツキは迷っていた。騎士になるというのは彼女の昔からの目標であり、その為に毎日弛まぬ努力を続けてきたが、彼女はレッドミルとの戦いで自信をなくしていた。それは初めて遭遇した強敵に対する恐怖、自分の技が通じなかったことに対する危惧、そして何よりも人を守れないのではないか、という不安感が彼女の心に生まれていた。
そんな彼女にヒロナリは、
「違う、騎士にとって大事なのは肉体的強さではない。大事なのは、自分が勝てぬ相手と知りながらも、自らの犠牲を厭わず、誰かの為に盾となる意志を貫けることだ。君はもう、騎士としてやっていくには充分な心構えがあるとワシは思う。まあ、それでもいらないと言うのであれば、無理強いはせんよ」
とまっすぐ目を見て言った。普段のおしゃべりと打って変わり、その様子はまさに騎士団団長の風格を醸し出した。
「僕もナツキさんは騎士にピッタリだと思いますよ。『私に任せて逃げろ』って言葉、正直無茶だって思いましたけど、ナツキさんの守るって気持ちをすごく感じたんです。あと単純に人柄がいい!僕はこんな人が騎士だったら頼もしくて安心できます」
晴樹はちょっと照れくさそうに、しかしナツキの背中を後押しするように言葉を続けた。
「ワンワン!」
「ペックもそうだって言ってる」
小さな雫がナツキの頬を伝う。
「皆さん…ありがとうございます…私、自信なかったから……やっと……うん…マールスさん、ぜひ書いてください」
「もちろんだとも。君は近い将来、偉大な騎士となる。元団長が断言する!」
ヒロナリは笑みを浮かべ、ナツキを激励し未来の騎士に想いを馳せた。
朝食が済んだ彼らは騎士団本部のあるミナトという街へ向かうことにし、そこでヒロナリは二人に百イェンデづつ持たせ、ペックの分と言って晴樹にはさらに五十イェンデを持たせた。
この世界にはイェンデ、ビント、ガンタの三種類の通貨があり、イェンデは紙幣で、その他二つが硬貨となっている。
イェンデは一、五、十の三種類で、ビントは一、五の二種類、ガンタは一、十、五十の三種類である。
通貨の価値は一ビント=十分の一イェンデであり、一ガンタ=百分の一ビントである。
日本の読者に分かりやすく解説するならば、一イェンデを千円札、十イェンデを一万円札と考えてほしい。そうすると一ビントは百円硬貨、五ビントは五百円硬貨、のような関係である。同様に一ガンタは一円硬貨、十ガンタは十円硬貨のように考えてもらえれば差し支えない。
ここではヒロナリが彼らに十万円づつ持たせたというような場面である。
「ダメですって!こんなにいただけませんよ!」
「そうですよ!」
ナツキが困りながら受け取りを拒否し、晴樹も遠慮はするものの、その価値を理解していない為その実ことの大きさを理解していないのであった。
「いいんだいいんだ、受け取ってくれ。未来への投資さ。騎士団はもちろん支給品やら家やらある。だがそれだけでは、何か別に必要な道具を購入する時困るだろう。三人の入団祝いみたいなもんだ」
「どうしてそこまで…?」
「老人はな、もうお金があってもやることがないのだよ。だからせめて未来ある若者に使わせてくれ」
ヒロナリは寂しそうに、しかしどこか満足げな顔をしている。
「分かりました…大切に使わせていただきます。何から何まで本当にありがとうございました!」
「本当にありがとうございました。この村でのご厚意は絶対に忘れません」
二人は慇懃に礼を言い、ミナトを目指した。
ミナトはフタバ村から北に歩いて二時間弱の距離にある。ミナトは騎士団本部がある街であり軍人が多くいるため、自ずと商売も繁盛し始め活気にあふれている。
本部ある場所の背後には海があり、しかもその他方向へ交通の便が良く、王都にも近いという理由で、当時の王ジョン・ミネルヴィアが治安維持や専ら魔王軍討伐を目的とし騎士団を設立した。
そうして設立された騎士団はミネルヴィアの誓いと名付けられ、通称として王の騎士団と呼ばれることが多い。王は騎士に土地を与え、騎士はその恩に報いるために働く。
各地の要所には貴族出身の軍事貴族が配置され、騎士の動向を監視している。
「あそこが本部です。さあ行きましょう」
太陽は存分に輝きを放ち、活力に満ちていた。
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